上 下
299 / 352
第十章 扉が閉じて別の扉が開く

298 カルネアデスの板は一枚 ③

しおりを挟む
「尽くす人間が本当に見返りを求めていないと思うのか? あれは一種の支配だよ。相手に自分を忘れさせず、記憶に刻み込むための」
「オスカー・ワイルドが書いたのは、寓話じゃないですか」
「生々しい出来事をソフトに表現するために寓話はあるんだろ。それとも、現実の話をすればいい?」
「現実?」

 仁科さんが僕の目を見て微笑む。爽やかな、けれども、空虚な笑み。

「俺のカワイソウな生い立ちが琴線にふれたらしいオネエサンがいたんだ。やたら尽くしてきて、勝手に疲れ果てて、『終くんに空いた穴は大きすぎて私には満たせない』と言われたよ。大笑いした。目の前で。『誰がそんなことしろって言った? 本当に身勝手な馬鹿だなアンタ』と言ったら、黙って去っていったけど」
「身勝手な馬鹿……」
「身勝手だし馬鹿だし傲慢で支配的で不健康な発想だろう。見返りが欲しいと自覚している方が、よほど健康だ。他者の気持ちと人生を勝手に決めつけて、自由にできると思うなよ」

 僕は思わず眉をひそめた。どうしてこの人は、善意を悪く取って、人を傷つけるような言い方しかできないのだろう。

「新くんの彼女……若葉ちゃんだっけ? ずいぶん可愛らしい女の子だね」
「はい」
「彼女の状況を新くんが伝えなかったことに椿はガチギレしてたけど、俺は新くんの気持ちもわかる気がするよ。動けなかったよね。せっかくお祝いしてくれるっていうのに、水を差すことになるし」
「はい……」

 珍しい。仁科さんが僕を擁護するなんて。

「ミネルバボックスのトートバッグは、重いだろう?」
「……いえ、造りが工夫されているのか、見た目ほどでは……」

 仁科さんの表情をうかがうと、口角は上がっているけれど、蔑むような目つきに変わっていた。ああ、やっぱりいつもの仁科さんだ。

「この話の流れなんだから、そういう意味じゃないってわかるだろ。あれは普通の大学生が買えるものじゃない」
「ご存じなんですか?」
「知らなかったから調べた。あんな高価なものをもらったら、何か返さなければと思ってしまうよな。純粋な愛情が、義務へと変わってしまう」
「それは……」

 それ以上言葉を発せない僕を見ながら、仁科さんは優雅にコーヒーを飲み干した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...