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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

293 沈みかけたテセウスの船 ③

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「あ! 新くん!」

 中華を食べに行く当日、若葉ちゃんは桔梗色のカーディガンと若葉色のスカートを纏っていた。初めてデートした時の服装。髪は編み込んでお団子のようにまとめていて、首には僕が誕生日にプレゼントしたネックレスをつけてくれていた。

 僕は、若葉ちゃんが選んでくれたシャツとスラックスと焦げ茶色のカーディガンに、誕生日プレゼントのトートバッグを合わせた。

「若葉ちゃんが教えてくれた通り、他のものとも組み合わせるけど、やっぱりこの組み合わせが僕にはしっくりくるんだ」

 僕の言葉に若葉ちゃんは微笑んでくれる。

 駅近くのお店だし、お酒も飲むということで、今日は電車で移動する。ピーターラビット号での移動に慣れてしまっているから、なんだか不思議な気分だったけど、たまにはこういうのもデートっぽくていいなと思った。

 待ち合わせ場所で仁科さんと姉と合流したので、若葉ちゃんを紹介し、中華屋さんへと向かった。着いた先は、そこまで大きくない、家庭的な雰囲気のお店だった。おまかせでいいかと問われたので頷くと、仁科さんが慣れた様子で注文をする。

「中華を食べるの、ひさしぶりなので、とっても楽しみです! たまに作るんですけど、なかなか上手にできなくて」
「偉いね。私はもう、中華は食べに行くものと割り切ってる。難しい」
「新くんが作ってくれる炒飯、とってもおいしいんです!」
「新の炒飯は、私が作るよりもおいしいよ」

 まさかの、姉から褒められた。予想外の出来事にびっくりして、目を見開いてしまったと思う。
 姉は僕のトートバッグに目を留め、若葉ちゃんに話し掛けた。

「新から誕生日プレゼントにいただいたと聞いたけど、このトートバッグとても素敵ね」
「よくしていただいているお店で注文しました! 新くんにぴったりだと思って!」
「ミネルバボックスは私も好き。長く使えていいよね」
「ミネルヴァねえ……」

 仁科さんはぼそりとつぶやくと、弄ぶようにご自分のバッグのキーホルダーをいじった。

「フクロウのキーホルダー、今日はきちんとついてますね」
「思い切って金具を全部変えた。丈夫でいい感じだけど、まるでテセウスの船だね。どこまで変えたらニセモノになるんだろう?」

 仁科さんはくすくす笑いながら言う。全ての部品を交換したらそれは同じ船なのか違う船なのかというパラドックス。比喩まで面倒な人だ、なんて思っていると、若葉ちゃんが嬉しそうに声を上げた。

「あっ! ブーボーですね!」
「そう。よく知ってるね」
「はい! 私も兄も古い映画が好きなので!」

 僕以外の三人は納得しているようだけど、よくわからないので、若葉ちゃんにそっと訊ねてみた。

「ブーボーって、あのフクロウのこと?」
「うん! ブーボーは『タイタンの戦い』っていう映画でアテナが飼ってるフクロウの名前! ゼウスからペルセウスに渡せって命令されるんだけど、アテナは大切な相棒のブーボーを手放したくないから、機械仕掛けのニセモノを差し出すの。機械のブーボーは動きがとっても可愛くってね! 大好きだったなあ!」

 金属製だから機械っぽく見えたんじゃなくて、本当に機械仕掛けのフクロウだったのか。ペルセウスということは、ギリシャ神話を題材にした映画なのかな。
 ギリシャ神話の女神アテナは、ローマ神話の女神ミネルヴァ。同じなのに、違う名前。違う名前だけど、同じ。

「ペルセウスの冒険にわくわくしたし、盾の裏を鏡がわりにしてメデューサを倒すところにとってもどきどきしたの! 私、そういうとんちが全然きかないから……」

 なるほど。メデューサを直接見ると石にされてしまうから、鏡像を利用したのか。ペルセウスの冒険は小学生の頃に読んだ気がするけど、鎖でつながれたアンドロメダを助けて結婚したことしか覚えていない。
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