294 / 352
第十章 扉が閉じて別の扉が開く
293 沈みかけたテセウスの船 ③
しおりを挟む
「あ! 新くん!」
中華を食べに行く当日、若葉ちゃんは桔梗色のカーディガンと若葉色のスカートを纏っていた。初めてデートした時の服装。髪は編み込んでお団子のようにまとめていて、首には僕が誕生日にプレゼントしたネックレスをつけてくれていた。
僕は、若葉ちゃんが選んでくれたシャツとスラックスと焦げ茶色のカーディガンに、誕生日プレゼントのトートバッグを合わせた。
「若葉ちゃんが教えてくれた通り、他のものとも組み合わせるけど、やっぱりこの組み合わせが僕にはしっくりくるんだ」
僕の言葉に若葉ちゃんは微笑んでくれる。
駅近くのお店だし、お酒も飲むということで、今日は電車で移動する。ピーターラビット号での移動に慣れてしまっているから、なんだか不思議な気分だったけど、たまにはこういうのもデートっぽくていいなと思った。
待ち合わせ場所で仁科さんと姉と合流したので、若葉ちゃんを紹介し、中華屋さんへと向かった。着いた先は、そこまで大きくない、家庭的な雰囲気のお店だった。おまかせでいいかと問われたので頷くと、仁科さんが慣れた様子で注文をする。
「中華を食べるの、ひさしぶりなので、とっても楽しみです! たまに作るんですけど、なかなか上手にできなくて」
「偉いね。私はもう、中華は食べに行くものと割り切ってる。難しい」
「新くんが作ってくれる炒飯、とってもおいしいんです!」
「新の炒飯は、私が作るよりもおいしいよ」
まさかの、姉から褒められた。予想外の出来事にびっくりして、目を見開いてしまったと思う。
姉は僕のトートバッグに目を留め、若葉ちゃんに話し掛けた。
「新から誕生日プレゼントにいただいたと聞いたけど、このトートバッグとても素敵ね」
「よくしていただいているお店で注文しました! 新くんにぴったりだと思って!」
「ミネルバボックスは私も好き。長く使えていいよね」
「ミネルヴァねえ……」
仁科さんはぼそりとつぶやくと、弄ぶようにご自分のバッグのキーホルダーをいじった。
「フクロウのキーホルダー、今日はきちんとついてますね」
「思い切って金具を全部変えた。丈夫でいい感じだけど、まるでテセウスの船だね。どこまで変えたらニセモノになるんだろう?」
仁科さんはくすくす笑いながら言う。全ての部品を交換したらそれは同じ船なのか違う船なのかというパラドックス。比喩まで面倒な人だ、なんて思っていると、若葉ちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「あっ! ブーボーですね!」
「そう。よく知ってるね」
「はい! 私も兄も古い映画が好きなので!」
僕以外の三人は納得しているようだけど、よくわからないので、若葉ちゃんにそっと訊ねてみた。
「ブーボーって、あのフクロウのこと?」
「うん! ブーボーは『タイタンの戦い』っていう映画でアテナが飼ってるフクロウの名前! ゼウスからペルセウスに渡せって命令されるんだけど、アテナは大切な相棒のブーボーを手放したくないから、機械仕掛けのニセモノを差し出すの。機械のブーボーは動きがとっても可愛くってね! 大好きだったなあ!」
金属製だから機械っぽく見えたんじゃなくて、本当に機械仕掛けのフクロウだったのか。ペルセウスということは、ギリシャ神話を題材にした映画なのかな。
ギリシャ神話の女神アテナは、ローマ神話の女神ミネルヴァ。同じなのに、違う名前。違う名前だけど、同じ。
「ペルセウスの冒険にわくわくしたし、盾の裏を鏡がわりにしてメデューサを倒すところにとってもどきどきしたの! 私、そういうとんちが全然きかないから……」
なるほど。メデューサを直接見ると石にされてしまうから、鏡像を利用したのか。ペルセウスの冒険は小学生の頃に読んだ気がするけど、鎖でつながれたアンドロメダを助けて結婚したことしか覚えていない。
中華を食べに行く当日、若葉ちゃんは桔梗色のカーディガンと若葉色のスカートを纏っていた。初めてデートした時の服装。髪は編み込んでお団子のようにまとめていて、首には僕が誕生日にプレゼントしたネックレスをつけてくれていた。
僕は、若葉ちゃんが選んでくれたシャツとスラックスと焦げ茶色のカーディガンに、誕生日プレゼントのトートバッグを合わせた。
「若葉ちゃんが教えてくれた通り、他のものとも組み合わせるけど、やっぱりこの組み合わせが僕にはしっくりくるんだ」
僕の言葉に若葉ちゃんは微笑んでくれる。
駅近くのお店だし、お酒も飲むということで、今日は電車で移動する。ピーターラビット号での移動に慣れてしまっているから、なんだか不思議な気分だったけど、たまにはこういうのもデートっぽくていいなと思った。
待ち合わせ場所で仁科さんと姉と合流したので、若葉ちゃんを紹介し、中華屋さんへと向かった。着いた先は、そこまで大きくない、家庭的な雰囲気のお店だった。おまかせでいいかと問われたので頷くと、仁科さんが慣れた様子で注文をする。
「中華を食べるの、ひさしぶりなので、とっても楽しみです! たまに作るんですけど、なかなか上手にできなくて」
「偉いね。私はもう、中華は食べに行くものと割り切ってる。難しい」
「新くんが作ってくれる炒飯、とってもおいしいんです!」
「新の炒飯は、私が作るよりもおいしいよ」
まさかの、姉から褒められた。予想外の出来事にびっくりして、目を見開いてしまったと思う。
姉は僕のトートバッグに目を留め、若葉ちゃんに話し掛けた。
「新から誕生日プレゼントにいただいたと聞いたけど、このトートバッグとても素敵ね」
「よくしていただいているお店で注文しました! 新くんにぴったりだと思って!」
「ミネルバボックスは私も好き。長く使えていいよね」
「ミネルヴァねえ……」
仁科さんはぼそりとつぶやくと、弄ぶようにご自分のバッグのキーホルダーをいじった。
「フクロウのキーホルダー、今日はきちんとついてますね」
「思い切って金具を全部変えた。丈夫でいい感じだけど、まるでテセウスの船だね。どこまで変えたらニセモノになるんだろう?」
仁科さんはくすくす笑いながら言う。全ての部品を交換したらそれは同じ船なのか違う船なのかというパラドックス。比喩まで面倒な人だ、なんて思っていると、若葉ちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「あっ! ブーボーですね!」
「そう。よく知ってるね」
「はい! 私も兄も古い映画が好きなので!」
僕以外の三人は納得しているようだけど、よくわからないので、若葉ちゃんにそっと訊ねてみた。
「ブーボーって、あのフクロウのこと?」
「うん! ブーボーは『タイタンの戦い』っていう映画でアテナが飼ってるフクロウの名前! ゼウスからペルセウスに渡せって命令されるんだけど、アテナは大切な相棒のブーボーを手放したくないから、機械仕掛けのニセモノを差し出すの。機械のブーボーは動きがとっても可愛くってね! 大好きだったなあ!」
金属製だから機械っぽく見えたんじゃなくて、本当に機械仕掛けのフクロウだったのか。ペルセウスということは、ギリシャ神話を題材にした映画なのかな。
ギリシャ神話の女神アテナは、ローマ神話の女神ミネルヴァ。同じなのに、違う名前。違う名前だけど、同じ。
「ペルセウスの冒険にわくわくしたし、盾の裏を鏡がわりにしてメデューサを倒すところにとってもどきどきしたの! 私、そういうとんちが全然きかないから……」
なるほど。メデューサを直接見ると石にされてしまうから、鏡像を利用したのか。ペルセウスの冒険は小学生の頃に読んだ気がするけど、鎖でつながれたアンドロメダを助けて結婚したことしか覚えていない。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる