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第十章 扉が閉じて別の扉が開く
289 五月の薔薇を忘れないで ⑤
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部屋に戻ると、なんだかとても気持ちが不安定になる。最近いつもそうだ。一人になると、考えても仕方ないことを考えてしまって、ネガティブなイメージを頭から振り払うことが難しくなる。
例えば、新くんからもらったクリスマスプレゼントは鏡と靴べらだけど、どちらもあまり意味がよくない気がする。鏡には「自分を見つめ直せ」という意味があるし、割れ物だから二人の関係が壊れてしまうことを連想させる。靴を履いて新しい世界に行ってしまうから、靴のプレゼントは別離の象徴だ。
新くんがそんなことを考えた訳がない。私が喜ぶように役立つものを選んでくれたってわかってる。わかってるけど、もしそうなってしまったらどうしようと思ってしまうのだ。
気分転換も兼ねて、ウィリアム・モリスのデザインを検索して楽しむことにした。綺麗なものを見たい。
シェイクスピアのヴィクトリアンシリーズという冠された書籍が目に入る。シックな若葉色の布張りに花の加工がとても綺麗。中扉には「King Lear」の文字。そういえば、片岡くんは「リア王」を研究していたな、と少し懐かしく思い出す。
片岡くんのことを考えても、もう、そんなに胸は痛まない。
どんな話だったっけと思い、お父さんの本棚にあった「リア王」を借り、裏面のあらすじを見る。ああ、そうだ。三人の娘達の愛を試し、上の二人の甘い言葉に騙されて、真実を見誤った王様のお話。末娘は父親を愛しているからこそ率直な意見を述べるけど、リア王は激怒して、追放してしまうんだ。
ベッドに入り、ぱらぱらとめくっているうちに、ある台詞が目に入った。
『これなるは中身は空の鞘豌豆とござい』
リア王を貶している道化の台詞。
まるで私みたいだ。中身がからっぽで、なんにもない。
「若葉? まだ起きているの?」
扉の外からお母さんの声。急に話し掛けられ、びっくりして、思わず本を閉じた。
「う、うん。もう寝るところ」
「そう。無理しないでね」
お母さんの言葉に深い意味はないだろうけれど、なんだか弱音を吐きたくなってしまった。
「あのね……もし就活が全滅だったらどうしようかなって、思ってしまって……」
お母さんから入ってもいいかと問われたので、小さな声でうんと言った。
そっと扉が開き、お母さんが部屋へ入ってくる。
「もし全滅だった時は、家に帰ってきて、少しゆっくりしたら?」
「就職できなくて、ずっといてもいいの?」
「ずっといたいの? 若葉はやりたいことがたくさんあるから、家にずっといることはできないと思うけど」
「やりたいこと……」
好きなことと就職を上手く結びつけられなくて、私は自分のやりたいことが、なんだかもうよくわからない。お母さんは言葉を失った私にそっと近づいて、優しく頭をなでてくれた。身を起こして抱きつくと、そっと抱きしめ返してくれる。
「疲れた時はしっかり休んで、本当にやりたいことに備えたらいいじゃない」
「……甘えてない?」
「ずっと人に頼りっぱなしなのはよくないけど、若葉は自分でいろいろしたいし、できる子でしょう。子供達のやりたいことはできる限り応援しようってお父さんと約束しているから。本当にやりたいことがあったら言って」
「うん。ありがとう……」
何も解決はしていない。でも、お母さんの言葉に少しほっとして、私はすっと眠りに就いた。
例えば、新くんからもらったクリスマスプレゼントは鏡と靴べらだけど、どちらもあまり意味がよくない気がする。鏡には「自分を見つめ直せ」という意味があるし、割れ物だから二人の関係が壊れてしまうことを連想させる。靴を履いて新しい世界に行ってしまうから、靴のプレゼントは別離の象徴だ。
新くんがそんなことを考えた訳がない。私が喜ぶように役立つものを選んでくれたってわかってる。わかってるけど、もしそうなってしまったらどうしようと思ってしまうのだ。
気分転換も兼ねて、ウィリアム・モリスのデザインを検索して楽しむことにした。綺麗なものを見たい。
シェイクスピアのヴィクトリアンシリーズという冠された書籍が目に入る。シックな若葉色の布張りに花の加工がとても綺麗。中扉には「King Lear」の文字。そういえば、片岡くんは「リア王」を研究していたな、と少し懐かしく思い出す。
片岡くんのことを考えても、もう、そんなに胸は痛まない。
どんな話だったっけと思い、お父さんの本棚にあった「リア王」を借り、裏面のあらすじを見る。ああ、そうだ。三人の娘達の愛を試し、上の二人の甘い言葉に騙されて、真実を見誤った王様のお話。末娘は父親を愛しているからこそ率直な意見を述べるけど、リア王は激怒して、追放してしまうんだ。
ベッドに入り、ぱらぱらとめくっているうちに、ある台詞が目に入った。
『これなるは中身は空の鞘豌豆とござい』
リア王を貶している道化の台詞。
まるで私みたいだ。中身がからっぽで、なんにもない。
「若葉? まだ起きているの?」
扉の外からお母さんの声。急に話し掛けられ、びっくりして、思わず本を閉じた。
「う、うん。もう寝るところ」
「そう。無理しないでね」
お母さんの言葉に深い意味はないだろうけれど、なんだか弱音を吐きたくなってしまった。
「あのね……もし就活が全滅だったらどうしようかなって、思ってしまって……」
お母さんから入ってもいいかと問われたので、小さな声でうんと言った。
そっと扉が開き、お母さんが部屋へ入ってくる。
「もし全滅だった時は、家に帰ってきて、少しゆっくりしたら?」
「就職できなくて、ずっといてもいいの?」
「ずっといたいの? 若葉はやりたいことがたくさんあるから、家にずっといることはできないと思うけど」
「やりたいこと……」
好きなことと就職を上手く結びつけられなくて、私は自分のやりたいことが、なんだかもうよくわからない。お母さんは言葉を失った私にそっと近づいて、優しく頭をなでてくれた。身を起こして抱きつくと、そっと抱きしめ返してくれる。
「疲れた時はしっかり休んで、本当にやりたいことに備えたらいいじゃない」
「……甘えてない?」
「ずっと人に頼りっぱなしなのはよくないけど、若葉は自分でいろいろしたいし、できる子でしょう。子供達のやりたいことはできる限り応援しようってお父さんと約束しているから。本当にやりたいことがあったら言って」
「うん。ありがとう……」
何も解決はしていない。でも、お母さんの言葉に少しほっとして、私はすっと眠りに就いた。
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