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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

281 人生は選択の連続である ③

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 ようやく三浦先生にアポイントを取った僕は、「鏡の世界」を手に研究室の前に立っている。
 お言葉に甘えて、ずいぶん長いことお借りしてしまった。他の資料と格闘していたのもあるけれど、なんとなく、三浦先生とお会いするのが気まずかったのだ。

「結局、ただの娯楽として楽しく読んでしまいました」
「楽しいことが一番です」

 三浦先生の今日の笑顔はすっきりしていて、何の含みもない。

「『鏡の歴史』、望遠鏡の隣というので、『天文対話』からの流れがようやくしっくりきました」
「それだけではなかったですね」

 三浦先生の言葉で、却ってわからなくなった。他に何か意味があったのだろうか。
 机上のメモ用紙を切り取ると、三浦先生は万年筆を走らせ、僕に見せる。灰色がかった渋い青インクで書かれていたのは「♀」というただ一つの記号。

「金星を表す惑星記号です」

 ♀は女性を表す記号でもあるな、と思う。男性を表す♂は、火星だっけ。

「この記号は美の女神アプロディーテーの手鏡を図案化したものだという説があります。丸い部分が鏡で、下の十字の部分が持ち手なのだそうですよ。『鏡の世界』の表紙がベラスケスの『鏡を見るヴィーナス』なのは、その説にもちなんでいるのだと思います」

 ギリシャ神話のアプロディーテーは、ローマ神話ではウェヌスと呼ばれる。英語のヴィーナス。金星。
 明けの明星、宵の明星。同じ金星なのに、呼び名が違う。
 人の持っている顔は一つではない。見る人によって人物像が変わることはよくあるし、その時の心情によって見える面も変わる。本人側にしろ、見る側にしろ。
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