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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

269 過ぎ去りし禍いを歎くは ⑤

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 お昼は三浦先生が奢ってくださるということで、大学近くのファミレスに行くことになった。

「大学の規模がそこまで大きくないからでしょう、以前近所のコンビニにお昼を買いに行ったら売り切れていたことがあって」

 三浦先生はそんな風に笑いながらおっしゃる。

「三浦先生は緑川先生とお知り合いなんですか?」

 質疑応答でわざわざ名前を挙げていたので、気になって訊ねてみた。

「ええ。恩師の同級生で、僕もいろいろお世話になりました」
「日本史の先生なんですか?」
「いいえ? ギリシャ哲学がご専門です。なるべく知られていない人を取り上げたいけれど、プラトンはやはり無視できないと笑っておられました」
「日本の倹約令に絡めてご質問してくださったので、てっきりご専門のお話だったのかと……」

 さらりとつないでくださったのは、専門分野だったからではなくて、知識の豊富さと関連づけの上手さの表れ。そういう幅広さがないと、きっと通史は難しいんだ。

「スマートな受け答えができなくて、申し訳ありませんでした」
「スマートな受け答え?」
「ほら、あの『今回はその点に関しては検討していませんでした。今後の課題とさせていただきます』っていう……。あれ、決まり文句なんですよね?」

 三浦先生は私の目を見て、笑顔を浮かべながら、淡々とおっしゃる。

「それは違いますよ。全然回答になっていないじゃないですか。ただの敗北宣言です」

 内容も相まって、笑顔なのに少し醒めた目に感じられて、なんだかどきりとする。

「北村さんの質疑応答、僕はよかったと思いますよ」
「三浦先生は西洋の城郭のお話をされたのに、日本との違いをきちんと説明しておられましたよね」
「当時の日本がどうだったのかを訊ねられるのは想定できたので」
「想定……」

 なぜ想定できたのか疑問に思ったのが伝わったのだろう。三浦先生は優しく続けてくださる。

「人はどうも自分と関連づけたくなるみたいで、日本と比較してどうかという質問は割とある気がします。人物を取り上げた場合は、性差と身分差あたり。質疑応答に明確な正解はないと思いますが、北村さんは質問をきちんと受け止めて、誠実に答えていました。発展させたこともそこまで無理はなくつなげていたと思います。質問をほとんど無視して、自分の得意分野に無理矢理持っていく人もいますから」

 三浦先生の言葉に少し慰められるけど。
 私が学会で発表することは、もうないかもしれない。でも、内容が散漫で照準を絞れていないという点は、確実に卒論とも共通している。
 三浦先生のおっしゃっていた通り、採り上げるものを絞らないといけなかったんだ。落ち込むのではなくて、この失敗を卒論で取り返さないといけない。
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