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第十章 扉が閉じて別の扉が開く
268 過ぎ去りし禍いを歎くは ④
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緑川先生のご質問は予想外のことばかりだ。でも、私の言葉をきちんと拾ってくださるし、多少的外れになってもフォローを入れてくださるから、答えやすいなあと思う。
「その論を出した方は不勉強で存じ上げないのですが、服は布を身体に巻きつけるところから始まったので、最初は男女差がなかったと思います。イギリスのキルトも男性の正装ですよね。男性は狩りや戦いで俊敏さを求められることが多いために、動きやすいものになっていったのだと思います」
こう答えながら、私は少し違うことを考えていた。映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、子供たちが動きやすい服を持っていないから、カーテンを利用して服を作ったエピソード。カーテンを身体に巻きつけた時に閃くところが、ただのものに魔法がかけられたように感じて、なんだか嬉しくなっちゃったんだ。
「キルトといえば、チェックの柄で部族を表していたりするんですよね?」
「はい。世界初の防水布のゴム引きコートをマッキントッシュという人が開発したんですけど、彼は自分の家に伝わるチェック柄を裏地に用いたそうです。現在もコートの裏地にチェック柄を用いることが多いのは、彼に敬意を表してだと言われています」
正直、少し話がそれちゃった気がするけど、にこにこ笑って聞いてくださっているから、まあいいかなあ、と思う。
緑川先生は私の頭上をちらりとご覧になり、もう一度口を開いた。
「服は面白いですよねえ。生活必需品なのに嗜好品でもあって。北村さんの大学の三浦教授みたいに、いいスーツをパリッと着こなすのも素敵ですし、私の服はまあ安物ですけども、気に入ったものを探すのは楽しいです。素材と色を、ある程度自分の好きなように選べる時代で本当によかった。興味深い発表をありがとうございました」
緑川先生は会場のみなさんに他に質問はありませんかと形式的に問い、次の発表に移ると告げられたので、私は壇上を降り、自席に着いた。
後は他の人の発表を見て、今後の参考にしよう。そう思いながら、興味深く拝見する。
みなさんたくさん練習したんだろうなあ。内容は専門外だからよくわからないことも多いけれど、するすると淀みなく喋っていて、とても上手だなと感じる。
質疑応答も、普通は一問一答で、みなさん簡潔に行っていた。私はほとんど世間話のような半端な回答になっていたと気づく。無意識だったけれど、つい、緑川先生の返しを期待してしまったのだ。一対一ではなく、全体に公開しているのに。
ある発表者は、難しい質問をされたようで、こう答えていた。
「ご質問ありがとうございます。その点に関して、今回は検討していませんでした。今後の課題とさせていただきます」
その後の発表者も、何人か同様に答えていた。きっと、決まり文句なんだろう。ああ、私もこういう風にスマートに流すべきだったんだ。
私はどこにいても、作法や常識みたいなものを、全然わかっていない。
「その論を出した方は不勉強で存じ上げないのですが、服は布を身体に巻きつけるところから始まったので、最初は男女差がなかったと思います。イギリスのキルトも男性の正装ですよね。男性は狩りや戦いで俊敏さを求められることが多いために、動きやすいものになっていったのだと思います」
こう答えながら、私は少し違うことを考えていた。映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、子供たちが動きやすい服を持っていないから、カーテンを利用して服を作ったエピソード。カーテンを身体に巻きつけた時に閃くところが、ただのものに魔法がかけられたように感じて、なんだか嬉しくなっちゃったんだ。
「キルトといえば、チェックの柄で部族を表していたりするんですよね?」
「はい。世界初の防水布のゴム引きコートをマッキントッシュという人が開発したんですけど、彼は自分の家に伝わるチェック柄を裏地に用いたそうです。現在もコートの裏地にチェック柄を用いることが多いのは、彼に敬意を表してだと言われています」
正直、少し話がそれちゃった気がするけど、にこにこ笑って聞いてくださっているから、まあいいかなあ、と思う。
緑川先生は私の頭上をちらりとご覧になり、もう一度口を開いた。
「服は面白いですよねえ。生活必需品なのに嗜好品でもあって。北村さんの大学の三浦教授みたいに、いいスーツをパリッと着こなすのも素敵ですし、私の服はまあ安物ですけども、気に入ったものを探すのは楽しいです。素材と色を、ある程度自分の好きなように選べる時代で本当によかった。興味深い発表をありがとうございました」
緑川先生は会場のみなさんに他に質問はありませんかと形式的に問い、次の発表に移ると告げられたので、私は壇上を降り、自席に着いた。
後は他の人の発表を見て、今後の参考にしよう。そう思いながら、興味深く拝見する。
みなさんたくさん練習したんだろうなあ。内容は専門外だからよくわからないことも多いけれど、するすると淀みなく喋っていて、とても上手だなと感じる。
質疑応答も、普通は一問一答で、みなさん簡潔に行っていた。私はほとんど世間話のような半端な回答になっていたと気づく。無意識だったけれど、つい、緑川先生の返しを期待してしまったのだ。一対一ではなく、全体に公開しているのに。
ある発表者は、難しい質問をされたようで、こう答えていた。
「ご質問ありがとうございます。その点に関して、今回は検討していませんでした。今後の課題とさせていただきます」
その後の発表者も、何人か同様に答えていた。きっと、決まり文句なんだろう。ああ、私もこういう風にスマートに流すべきだったんだ。
私はどこにいても、作法や常識みたいなものを、全然わかっていない。
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