267 / 352
第十章 扉が閉じて別の扉が開く
266 過ぎ去りし禍いを歎くは ②
しおりを挟む
「就職、ですか」
「はい。せっかく留学をおすすめしてくださったのに、申し訳ありません」
「わかりました。北村さんの選択を応援します」
「ありがとうございます」
「とにかくこれからしばらくは、学会発表に向けてがんばりましょう」
十二月二十五日。学会発表の日程は、なかなか厳しいものがあった。
「エントリー、ぎりぎりだったんだ……」
学会は三か月ほど前にエントリーしないと発表することができないのだと、後から知った。最低それくらいの期間は準備すべき、ということなのだと思う。
就職活動も三年の秋には本格的に動き出す。エントリー開始だ。
念の為、イギリス留学のことも少しだけ調べてみた。とても驚いたのだけれど、試験はないそう。きちんと研究計画書が書けていれば、あとは先着順。
何を選択したとしてもエントリーが必要で、時間との勝負からは逃れられない。
三浦先生が留学の話を切り出してくださったのは、私がどの方向に進むことにしても最善の結果を出せる、ぎりぎりのラインだったのだろう。
だから、せめてきちんとお断りの返事をして、学会発表はがんばらなければいけないと思った。
発表テーマは「西洋の服飾」にした。三浦先生はどこか一つの時代かトピックに絞り込みませんかとおっしゃったけれど、絞り込めるほど研究が進んでいないから概略を述べる方向がいいです、とお伝えした。絞り込んだ部分をきっちり説明できる自信がなかったのだ。
「当日ですが、会場まで車で送ります。遠いですし、交通機関の利便が悪いので」
「いいんですか?」
「交通費支出の関係で、大学に来ていただいて、帰りも大学までという形になりますが」
学会会場は一箇所だった。大きな学会の場合、会場も複数に分かれるそうなので、三浦先生と一緒なのは本当に心強い。
基本的に発表者の学年と職位順でプログラムを組んでいるようで、私は最初の発表者だった。お手本がない形で発表するのは正直つらい。でも、逆に言えば比較対象がないから、気楽にできる。
壇上から眺めると、意外と普段着の方も多いなと思う。さすがに学生はみんなスーツだけれど、ある程度年齢のいった先生方はお召し物が自由だ。
服飾についてなんだから、ヴィジュアルは重要。そう考えてスライドを作り込んだ。視覚で伝えられることが多い分、多少つたない話し方でもなんとかなる。そう思ったのがよかったのだろう。自分でも驚くほどすらすら話すことができた。安心感と自信。
質疑応答の時間になった。けれど、誰も手を挙げない。会場は水を打ったよう。すらすら話せたばかりに、きっちり時間内に収まってしまって、この時間が無性に長く感じる。
鋭い質問は確かに怖い。でも、質問が出ないのはもっとつらい。それは、相手にされなかったということだから。
「はい。せっかく留学をおすすめしてくださったのに、申し訳ありません」
「わかりました。北村さんの選択を応援します」
「ありがとうございます」
「とにかくこれからしばらくは、学会発表に向けてがんばりましょう」
十二月二十五日。学会発表の日程は、なかなか厳しいものがあった。
「エントリー、ぎりぎりだったんだ……」
学会は三か月ほど前にエントリーしないと発表することができないのだと、後から知った。最低それくらいの期間は準備すべき、ということなのだと思う。
就職活動も三年の秋には本格的に動き出す。エントリー開始だ。
念の為、イギリス留学のことも少しだけ調べてみた。とても驚いたのだけれど、試験はないそう。きちんと研究計画書が書けていれば、あとは先着順。
何を選択したとしてもエントリーが必要で、時間との勝負からは逃れられない。
三浦先生が留学の話を切り出してくださったのは、私がどの方向に進むことにしても最善の結果を出せる、ぎりぎりのラインだったのだろう。
だから、せめてきちんとお断りの返事をして、学会発表はがんばらなければいけないと思った。
発表テーマは「西洋の服飾」にした。三浦先生はどこか一つの時代かトピックに絞り込みませんかとおっしゃったけれど、絞り込めるほど研究が進んでいないから概略を述べる方向がいいです、とお伝えした。絞り込んだ部分をきっちり説明できる自信がなかったのだ。
「当日ですが、会場まで車で送ります。遠いですし、交通機関の利便が悪いので」
「いいんですか?」
「交通費支出の関係で、大学に来ていただいて、帰りも大学までという形になりますが」
学会会場は一箇所だった。大きな学会の場合、会場も複数に分かれるそうなので、三浦先生と一緒なのは本当に心強い。
基本的に発表者の学年と職位順でプログラムを組んでいるようで、私は最初の発表者だった。お手本がない形で発表するのは正直つらい。でも、逆に言えば比較対象がないから、気楽にできる。
壇上から眺めると、意外と普段着の方も多いなと思う。さすがに学生はみんなスーツだけれど、ある程度年齢のいった先生方はお召し物が自由だ。
服飾についてなんだから、ヴィジュアルは重要。そう考えてスライドを作り込んだ。視覚で伝えられることが多い分、多少つたない話し方でもなんとかなる。そう思ったのがよかったのだろう。自分でも驚くほどすらすら話すことができた。安心感と自信。
質疑応答の時間になった。けれど、誰も手を挙げない。会場は水を打ったよう。すらすら話せたばかりに、きっちり時間内に収まってしまって、この時間が無性に長く感じる。
鋭い質問は確かに怖い。でも、質問が出ないのはもっとつらい。それは、相手にされなかったということだから。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる