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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

261 ミネルヴァの梟は黄昏に ①

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 クリスマスも間近なある日、僕は仁科さんから呼び出された。
 最初にお会いした喫茶店で静かに仁科さんを待つ。時間つぶしがてら「ハムレット」を読むことにした。

 本を開いてしばらくすると、店内のBGMが切り替わる。サックス、かな? 昔のミュージカル映画で流れていた曲のような気がする。なんだっけ、子沢山の家庭に修道院から女性が派遣される話。以前、若葉ちゃんと僕の部屋で見た映画だ。若葉ちゃんは昔の映画が好きで、たまに一緒に見る。
 少し考えたけど思い出せない。まあいいやと諦め、本に戻る。

 しかし「ハムレット」ってあらすじだけ追うとひどいな。

 先王の父親が暗殺されたことを知ったハムレットは、現在の王である犯人の叔父に復讐心を、叔父と再婚した母親に嫌悪感を抱く。ハムレットは母親との会話を叔父に盗み聞きされていると思って刺すが、それは勘違いで、殺したのは恋人オフィーリアの父親だった。

 父親の死を知ったオフィーリアは気がふれて、自殺だか事故だかわからない感じに溺れて亡くなる。憤ったオフィーリアの兄とハムレットは決闘することになるけれど、オフィーリアの兄は叔父にそそのかされて毒を塗った剣にうっかり自分で触れてしまって死ぬし、母親も叔父が保険で用意していた毒入りの酒を運悪く飲んでしまって死ぬし、最後の力を振り絞って叔父を殺したハムレットも力尽きて死ぬ。

 とりあえず困ったら登場人物を殺して解決している節がある、というのはあんまりな見方だろうか。確かに死んだら全て終わりだ。仁科さんの「『終』には『死ぬ』って意味もあんのに」という言葉を思い出し、なんだか憂鬱な気分になる。

「ひさしぶり」

 当の本人があまりにもぴったりのタイミングで現れ、思わずびくりと身体が震える。仁科さんはそんな僕を見て大笑いし、自分用にセレベスカロシを、脅かしたお詫びと言って僕のためにシフォンケーキを頼んだ。

「何を読んでたの?」
「シェイクスピアの『ハムレット』です」
「へえ。BGM、ぴったりだね」
「はい?」
「ジョン・コルトレーン。ノースカロライナ州ハムレット生まれ」
「はあ」

 どう返したらいいのかわからない話の振られ方をして困ってしまう。僕は音楽が嫌いな訳ではないけど、そこまで興味もないのだ。

「ハムレットねえ。俺はあいつが嫌いだよ」
「『嫌い』じゃなくて『好き』でものごとを語りましょうよ」
「時に『好き』よりも『嫌い』の方が如実にその人を表すことはある。俺はコーヒーとシフォンケーキが好きだし、紅茶とマカロンが嫌いだ」
「……BGM、ぴったりですね」

 仁科さんの言葉で、流れている曲のタイトルを思い出した。「マイ・フェイヴァリット・シングス(私のお気に入り)」。
 仁科さんは僕の目を見ると、声を上げて大笑いした。

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「ごめんごめん」

 この人、絶対悪いなんて思ってない。なんだろう、この会話の成立してなさ。



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ニコニコ大百科の「ハムレット」の項が本当にひどくて(褒め言葉)、大変おすすめです!
https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88
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