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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

260 クーポン返せ、案を送れ ⑥

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「僕は、教科書会社に就職したいんだ」
「え?」
「将来どうしたいか、若葉ちゃんにきちんと話してなかったなと思って」
「そう、だね」

 若葉ちゃんもどうしたいのか言ってくれるかと思ったけれど、そのまま黙られてしまったので、違う切り口から訊ねることにする。

「若葉ちゃん、最近藤田さんとよく一緒にいるんだね」
「うん。いろいろ相談に乗ってもらっているの」
「相談?」
「うん。就職活動のノウハウを教えてもらったり」
「就職活動のノウハウ」
「うん。ほら、貴重な新卒カード、捨てちゃうのもったいないし。私はどうも一般常識に欠けるところがあるから、きちんとした理奈ちゃんにいろいろ教えてもらえるのがとても助かるの」

 やっぱり若葉ちゃんは普通に就職しようとしているじゃないか。
 ただ、いつも明快な三浦先生の歯切れの悪さがどうしても気になったので、僕が思いついた選択肢をそっと差し挟んでみる。

「土屋さんみたいに、院に行くことは考えないの?」
「……学会発表だけでも荷が重いのに、目的もなく院に行くなんて、考えられないよ」
「そっか」

 単なる思い過ごし。僕は自分が将来について少し悩んだから、つい、若葉ちゃんも同じように迷っているのかもと思ってしまった。若葉ちゃんは問題解決へ向けて適切に判断し、行動しているじゃないか。
 そんな風に思った時、若葉ちゃんがさらりと付け足した。

「ましてや、イギリス留学なんて、ありえないよね」
「留学……?」

 完全に予想外の話で、僕はそれ以上言葉が出ない。

「三浦先生にご提案いただいたんだけど、もちろん断ったよ。あまりにも現実的じゃないし、就職活動しないといけないから」
「……そうだよね」
「そうだよ! あ! そういえば、新くんが卒論に選んだ『草枕』、三浦先生の好きなピアニストの愛読書だったんだって! この前、先生がおっしゃってた」
「そうなんだ」

 本を借りた時、三浦先生の研究室で流れていた音楽かもしれない。
 若葉ちゃんはいつもの笑顔に戻っている。
 なんだか、話をはぐらかされた気がする。けれど、若葉ちゃんが言いたくないのなら、これ以上無理に言わせるのはよくないなと思い、そのままにした。
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