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第九章 青天にいかずちが落ちる
248 世界人類ネコと和解せよ ④
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「平服でお越しくださいって、すっごくヤな言葉だよねー」
まさかの本人が核心を。思わず頷く。あ、しまった。まずいかな。
「新くんは素直だね。育ちがいい」
にこにこしている笑顔がなんだか怖くなってきた。
「もし俺がスーツだったら新くんの格好は失礼なんだろうし、俺がこの格好で新くんがスーツでもちょっと気まずいし。こういう相手次第で解釈がブレる言葉、俺、大っ嫌いなんだよね」
どうしよう、僕はもう帰りたくなってる。
そこに注文したコーヒーが届けられた。少しほっとして受け取る。どうぞ、と促されたので口にする。とても風味がよく、深みがある味で、おいしい。
「俺の名前の終って、珍しいでしょう」
「……はい」
音はそう珍しくないけど、確かに、シュウといったら、「秀」や「修」を使うのが一般的ではないだろうか、とは思った。
「俺、四人目の子供なんだけど、『子供はこれで終わり』って意味でつけたんだってさ。昔の名前の『トメ』とか『スエ』とか『シメ』とか、そういうのと一緒。でもさあ、俺には弟がいるんだよ。ウケるよね」
この、身のやり場のなさを、誰かなんとかしてほしい。コーヒーの味が、もう、全然わからない。
「『終』には『死ぬ』って意味もあんのに。それくらい調べればいいのにね」
仁科さんはやっぱりにこにこ笑う。誰か、誰か、この笑顔の悪魔を止めてくれ。
「親の言うことはその日の気分で変わる。昨日褒められたことが、今日は気に入らなくて殴られる蹴られる。親は神様なんだから絶対に正しい。従え。敬え。金は全て差し出せ。そんな終わってる環境で朽ち果てるなんて、俺はまっぴらだと思った」
僕が言葉を失ってしまったからだろう。仁科さんはお冷やを口にした。
「そんな環境にいる人間が生き延びるには、親が放棄したものに縋るしかない。つまり、勉強だ。親ガチャは大ハズレだったけど、俺の頭は悪くなかったし、親身になってくれる他人もそこそこいた。ただ、塾に行こうにも、進学しようにも、金がない。そんな人間が頼りにできたもの。それが教科書だったんだ。義務教育様様だよ」
仁科さんは僕の返事を待つ気がもうないみたいで、淡々と話し続ける。
「東西書籍から内定をもらった時に俺は思った。こういう負の連鎖は俺の代で終わらせる。俺は自分の名前の意味をそう決めた。今では気に入ってるよ」
東西書籍…………?
「え! 仁科さん、東西書籍にお勤めなんですか?」
「そうだから椿が紹介したんだろ」
「いえ、理由は全く聞いてなく……」
仁科さんはあきれたようにため息を吐いた。
「君らは話してなさすぎだし、すれ違いすぎだよね」
「はあ……」
「別に、家族だからなかよくしろなんて、全く、微塵も、金輪際思わないし、俺は親を永遠に許さないし、きょうだいも捨てたけど。でも、わざわざいがみ合うこともないんじゃない?」
仁科さんの今度の笑顔は、意地の悪さを隠さないものだったけれど、きちんと僕の目を見ていた。
「ちなみに、『平服』は普段着を想定して送ったから、今日の新くんの格好は正解。おめでとう」
こんなに当たっても嬉しくないクイズは初めてです。
まさかの本人が核心を。思わず頷く。あ、しまった。まずいかな。
「新くんは素直だね。育ちがいい」
にこにこしている笑顔がなんだか怖くなってきた。
「もし俺がスーツだったら新くんの格好は失礼なんだろうし、俺がこの格好で新くんがスーツでもちょっと気まずいし。こういう相手次第で解釈がブレる言葉、俺、大っ嫌いなんだよね」
どうしよう、僕はもう帰りたくなってる。
そこに注文したコーヒーが届けられた。少しほっとして受け取る。どうぞ、と促されたので口にする。とても風味がよく、深みがある味で、おいしい。
「俺の名前の終って、珍しいでしょう」
「……はい」
音はそう珍しくないけど、確かに、シュウといったら、「秀」や「修」を使うのが一般的ではないだろうか、とは思った。
「俺、四人目の子供なんだけど、『子供はこれで終わり』って意味でつけたんだってさ。昔の名前の『トメ』とか『スエ』とか『シメ』とか、そういうのと一緒。でもさあ、俺には弟がいるんだよ。ウケるよね」
この、身のやり場のなさを、誰かなんとかしてほしい。コーヒーの味が、もう、全然わからない。
「『終』には『死ぬ』って意味もあんのに。それくらい調べればいいのにね」
仁科さんはやっぱりにこにこ笑う。誰か、誰か、この笑顔の悪魔を止めてくれ。
「親の言うことはその日の気分で変わる。昨日褒められたことが、今日は気に入らなくて殴られる蹴られる。親は神様なんだから絶対に正しい。従え。敬え。金は全て差し出せ。そんな終わってる環境で朽ち果てるなんて、俺はまっぴらだと思った」
僕が言葉を失ってしまったからだろう。仁科さんはお冷やを口にした。
「そんな環境にいる人間が生き延びるには、親が放棄したものに縋るしかない。つまり、勉強だ。親ガチャは大ハズレだったけど、俺の頭は悪くなかったし、親身になってくれる他人もそこそこいた。ただ、塾に行こうにも、進学しようにも、金がない。そんな人間が頼りにできたもの。それが教科書だったんだ。義務教育様様だよ」
仁科さんは僕の返事を待つ気がもうないみたいで、淡々と話し続ける。
「東西書籍から内定をもらった時に俺は思った。こういう負の連鎖は俺の代で終わらせる。俺は自分の名前の意味をそう決めた。今では気に入ってるよ」
東西書籍…………?
「え! 仁科さん、東西書籍にお勤めなんですか?」
「そうだから椿が紹介したんだろ」
「いえ、理由は全く聞いてなく……」
仁科さんはあきれたようにため息を吐いた。
「君らは話してなさすぎだし、すれ違いすぎだよね」
「はあ……」
「別に、家族だからなかよくしろなんて、全く、微塵も、金輪際思わないし、俺は親を永遠に許さないし、きょうだいも捨てたけど。でも、わざわざいがみ合うこともないんじゃない?」
仁科さんの今度の笑顔は、意地の悪さを隠さないものだったけれど、きちんと僕の目を見ていた。
「ちなみに、『平服』は普段着を想定して送ったから、今日の新くんの格好は正解。おめでとう」
こんなに当たっても嬉しくないクイズは初めてです。
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