上 下
225 / 352
第九章 青天にいかずちが落ちる

224 卒業後はタブラ・ラーサ ⑤

しおりを挟む
 一限終了後、私は三浦先生の研究室へと急いだ。授業が少し早く終わって、つい、みんなと話を楽しんでしまい、時間ぎりぎりになってしまったのだ。
 息を整えてドアをノックすると、どうぞという声が聞こえたので、中に入る。聞き覚えのあるフレーズが流れた。勢いのある流麗な音色のオーケストラ。弦楽器と金管楽器の音の洪水を、木管楽器と打楽器が支えているような。
 三浦先生の研究室では、今までもたまに音楽が流れていることはあった。でもピアノ曲が多かったので、オーケストラは珍しいなと思う。なんだっけ、この曲。
 そんなことを考えていると、三浦先生はおもむろに音楽を止め、本を閉じた。

「ごめんなさい。ちょうど好きな箇所だったので、つい、消しそびれてしまいました」

 音楽が消えると、三浦先生の手元の本に目がいく。年季の入った洋書。

「何を読んでおられたのですか?」
「ジョン・ロックの『人間知性論』です。タブラ・ラーサについて確認したくて、ひさしぶりに読み返しています」
「タブラ・ラーサ……」

 一般教養の哲学の授業で聞いた覚えがある言葉。白紙、だったっけ?
 そんなことに思いを巡らせていると、三浦先生は私の目を見て言った。

「今日の講読を始めましょうか」

 訳文を三浦先生からブラッシュアップしていただくのが、最近楽しみになってきた。次にどう訳せばいいかも、論の構造も、体感できるようになってきていたから。
 まっさらだった世界に、たくさんの書き込みがなされ、どんどん広がっていくのがわかる。知識が私の中で着実につながっていっていて、達成感がとてもある。
 世界が広がっていくのは、とても楽しく、嬉しい。

「……今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございます」
「ずいぶん慣れてきましたね、和訳」
「はい! 新しい世界が広がっていくのが、とても楽しくて、興味深くて、もっと知りたいなって感じます!」

 私の言葉に三浦先生はしばらく黙っていた。沈黙が重くて少し不安になってきた頃、三浦先生は私の目を見て、再び口を開く。

「北村さん、少しお時間ありますか?」
「はい。大丈夫ですけど、何か……?」
「よければお茶を」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...