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第九章 青天にいかずちが落ちる

224 卒業後はタブラ・ラーサ ⑤

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 一限終了後、私は三浦先生の研究室へと急いだ。授業が少し早く終わって、つい、みんなと話を楽しんでしまい、時間ぎりぎりになってしまったのだ。
 息を整えてドアをノックすると、どうぞという声が聞こえたので、中に入る。聞き覚えのあるフレーズが流れた。勢いのある流麗な音色のオーケストラ。弦楽器と金管楽器の音の洪水を、木管楽器と打楽器が支えているような。
 三浦先生の研究室では、今までもたまに音楽が流れていることはあった。でもピアノ曲が多かったので、オーケストラは珍しいなと思う。なんだっけ、この曲。
 そんなことを考えていると、三浦先生はおもむろに音楽を止め、本を閉じた。

「ごめんなさい。ちょうど好きな箇所だったので、つい、消しそびれてしまいました」

 音楽が消えると、三浦先生の手元の本に目がいく。年季の入った洋書。

「何を読んでおられたのですか?」
「ジョン・ロックの『人間知性論』です。タブラ・ラーサについて確認したくて、ひさしぶりに読み返しています」
「タブラ・ラーサ……」

 一般教養の哲学の授業で聞いた覚えがある言葉。白紙、だったっけ?
 そんなことに思いを巡らせていると、三浦先生は私の目を見て言った。

「今日の講読を始めましょうか」

 訳文を三浦先生からブラッシュアップしていただくのが、最近楽しみになってきた。次にどう訳せばいいかも、論の構造も、体感できるようになってきていたから。
 まっさらだった世界に、たくさんの書き込みがなされ、どんどん広がっていくのがわかる。知識が私の中で着実につながっていっていて、達成感がとてもある。
 世界が広がっていくのは、とても楽しく、嬉しい。

「……今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございます」
「ずいぶん慣れてきましたね、和訳」
「はい! 新しい世界が広がっていくのが、とても楽しくて、興味深くて、もっと知りたいなって感じます!」

 私の言葉に三浦先生はしばらく黙っていた。沈黙が重くて少し不安になってきた頃、三浦先生は私の目を見て、再び口を開く。

「北村さん、少しお時間ありますか?」
「はい。大丈夫ですけど、何か……?」
「よければお茶を」
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