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第九章 青天にいかずちが落ちる

221 卒業後はタブラ・ラーサ ②

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「実を言うと、玲美ちゃんのおかげなの。ありがとう!」
「ふぁ? どういうこと?」

 玲美ちゃんが不思議そうな表情を浮かべている。あ、説明してなかった。私はどうも自分の脳内でつながっていることをそのまま言ってしまって、相手を困らせることがある。

「私、自分のやり方で行き詰った時は、上手な人を参考にすることにしているんだけど。今回の発表、玲美ちゃんを参考にしたの!」
「え……。私、発表、全然上手くない……」

 玲美ちゃん本人が発表を不得手に思っていることは私も知っている。淡々と進む玲美ちゃんの発表は、いわゆるプレゼン上手という印象は残さないかもしれない。でも、調べた内容を過不足なく丁寧に話してくれるから、記憶に残るのだ。配布資料も、重要な箇所は目立つように線を引かれているし、専門用語は詳細説明を載せていて、受け手への配慮がある。
 的確なプレゼンテーションとは、小手先の喋りの上手さではなく、題材と受け手に対する誠意を形にするものなのではないか。私はそう結論づけ、玲美ちゃんの発表を最も参考にした。

「玲美ちゃん自身が思っているよりも、玲美ちゃんの発表はすごいよ!」
「よく、わからないけど」

 目をそらしガツガツとごはんをかき込み始めた玲美ちゃんが、なんだか可愛らしいなと思った。玲美ちゃんは地道にがんばる照れ屋さんだ。
 お互いお昼を食べ終え、ゆっくりお茶を飲んでいると、玲美ちゃんから再来週の土曜は暇かと訊ねられた。

「ピアノのコンクール?」
「そう。弟から本選に進出したって連絡があって。よかったら一緒に見に行ってくれない?」
「うん! ぜひ!」
「それで……」

 玲美ちゃんは言いづらそうに口ごもる。ここまで躊躇するのは珍しい気がする。

「なあに?」
「渋沢くんも来られるか、訊ねてもらえると助かるんだけど……」
「もちろん! どうかした?」

 やっぱり玲美ちゃんの歯切れが悪いので、思わず顔を覗き込む。

「……若葉とボーダーコリーと四人で食事したいって言われて……」
「お兄ちゃん!」

 私はバッグからスマホを取り出して、新くんに電話を掛けた。

「もしもし? 新くん、今大丈夫? ……うん。再来週の土曜日なんだけど、時間取れるかな? ……玲美ちゃんの弟さんのピアノのコンクールを一緒に見に行きたいなと思って! ……うん! やったあ! 詳しくはまた連絡するね! ありがとう!」

 電話を終え、玲美ちゃんを見ると、なんだか苦笑している。

「ほんと、そっくり」
「そっくり?」
「北村兄妹」
「顔が似てるとは結構言われるけど……」
「そういうんじゃなくて」
「性格? 私はあそこまでゴーイング・マイ・ウェイじゃないと思うけどなあ」
「うん。それはそうだと思うけど」

 やっぱり玲美ちゃんの言う意味はよくわからないけれど。お兄ちゃんは大好きだし、家族だし、似ているというのはなんだか嬉しい。玲美ちゃんに微笑みかけると、優しい笑みが返されて、なんだか温かい気持ちになった。
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