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第八章 人の数だけ気持ちがある

219 さらばセンメルヴェイス ⑩

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 検査結果が出た日、医師からこう言われた。

「片岡さんは、がんばり屋さんなんですね」
「はい?」
「これだけ抱えていたら、結構、体、きつかったんじゃないかなと思います」

 見せてもらった結果の紙は、アレルギー反応の山だった。
 花粉症は、シラカバ、スギ、ヒノキ、カモガヤ、ブタクサ。ハウスダストもあった。要はダニとホコリだ。食べ物は、鶏卵、大豆、魚類と甲殻類。検査結果を見ると思っていたよりも症状は重いようだし、チェックの入った項目数も多い気がする。どれもそこまで自覚はなかったから、予想さえしていなかった。

「花粉症があると、交差反応といって、似た構造の成分を持つ果物にも、喉がかゆくなったりする症状が出ます。例えば、シラカバ花粉症だったら林檎や桃などバラ科のもの、カモガヤ花粉症ならすいかやメロンなどウリ科のものです」

 あまり好きではない果物ばかりで、思わず苦笑してしまう。食べると確かに喉がヒリヒリするような気がして息苦しいし、吐き気も催していたけれど、好きじゃないから気が重いのだろうと思い込んでいた。

 病院を出て、なんだかすっきりした。食べたくないものが、単純な好き嫌いではなく、体質的に受け付けないものなのだとわかったから。今までは努力不足だと思っていて、苦しかった。
 いずれにせよ、このまま放置していたらよくなかったことは確かだ。

 弟に検査結果を話すと、納得した風な表情と声でやっぱりと言われた。
 気になるので訊ねてみる。

「どうして、そう思ったんだ」
「だって、兄さんものすごく努力家なのに、それでも克服できないのは、なんだかおかしいと思って」

 いつも怯えている弟が自分のことをよく見ていてくれたこと、そして怯えつつも好意的な感情を抱き続けてくれていたことに、今更気づく。

「ほら、僕の持っている蕎麦アレルギーは有名だし、生死に関わるから、注意深く見てもらえる。でも、珍しかったり症状が軽いものは、見過ごされがちかもしれないと思って」

 今の弟にいつものびくびくした雰囲気はない。

「ありがとう。とても助かった。お前は俺の命の恩人だ」

 俺がそう言った瞬間、弟の顔がぱああと明るくなった。もう、何年も見た記憶のない、曇りのない笑み。



 通説にそぐわない新事実を拒絶する傾向のことを、あの悲劇の人にちなんで「センメルヴェイス反射」と呼ぶのだと、後から知った。
 俺は自分が拒絶される側だと思い込んでいた。でも、俺も無意識のうちに、弟の意見を拒絶していたのかもしれない。兄である俺が、面倒を見る側だと信じ込んで。助けることはあっても、助けられることはないと。
 おそらくこの傾向は、弟に対してだけではなかったのだろう。

 今気づくことができて、本当によかったと思う。あれから弟は少しのびのびと生活するようになった気がするし、成績も徐々に伸びている。
 大学での人間関係も、以前よりスムーズになった気がする。こちらは気のせいかもしれないが。

 過去は変わらない。失った人も戻ってこない。でも、未来は変えられる。俺はそう信じたい。



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So many men,so many minds.
たくさんの人がいれば、それだけたくさんの心がある。十人十色。



コンセンサスゲームは以下のサイトを参考にしました。
コンセンサスゲーム(砂漠で遭難したら?)問題編
https://elwoodblues.hatenablog.com/entry/20071119/1195461704
コンセンサスゲーム(砂漠で遭難したら?)解答編
https://elwoodblues.hatenablog.com/entry/20071119/1195463176
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