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第八章 人の数だけ気持ちがある

215 さらばセンメルヴェイス ⑥

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「少し休憩しよう」
「……ああ」

 気まずい。そう思っていると、渋沢から話を振られた。

「弟さんと、年が離れてるんだね」
「ああ……」

 俺は三人兄弟だった。今は二人だ。
 俺が高校二年生の時、すぐ下の弟が死んだ。雨の日の夜、車に撥ねられて。防げた事故。雨じゃなければ、夜じゃなければ、明るい色の傘を差していれば、運転手が過労で倒れる寸前じゃなければ。でも、全てIFだ。過去は変わらない。

 両親はそれまで以上に仕事に励むようになり、家族のことから目を背けるようになってしまった。「自主性に任せる」という言葉でごまかして、俺と弟を放任している。さすがに弟はまだ中学生だから全く構わない訳じゃないが、俺が中学生だった頃と比べると、関心が低く見えて仕方ない。

 俺は、それは違うと思ってる。つらくても事実は受け止めなければならない。
 そして、最悪の事態を避ける想定を、常に続けなければならない。
 だから、命が関わることや、取り返しのつかない傷が残ってしまいそうなことは、つい、言葉が強くなってしまう。

 たぶん嫌な顔をしてしまったのだと思う。俺は表情に不機嫌さが出やすい。それから渋沢は何も話し掛けてこなかった。



 休憩後は淡々とこなしたので、なんとか夕方までに指示された作業を終えることができた。
 バイト料支出の書類を記入し、三浦先生の研究室を出る。今度は渋沢と一緒に。お互い車だったため、なかなか離れるきっかけをつかめない。学生用の駐車場は一つしかない。

「……渋沢」
「何か?」
「渋沢と一緒にいる、わ……北村さんは、幸せそうに見える。とても」

 本当に悔しいが、事実だ。俺にできなかったことを、渋沢は簡単に叶えた。
 渋沢はしばらく黙っていた。もうすぐ車のところに着く。そのまま別れの挨拶をしようとした時、渋沢が口を開いた。
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