上 下
213 / 352
第八章 人の数だけ気持ちがある

212 さらばセンメルヴェイス ③

しおりを挟む
 夏休み中ということもあり、食堂は人がまばらだ。なるべく廃棄を避けたいのだろう。メニューも少なめ。
 定食はサイコロステーキ定食とサバの味噌煮定食と日替わりがチキンピカタ。丼物は親子丼。麺類はきつねうどんとエビ天蕎麦。
 迷わずサイコロステーキ定食を選ぶ。残りは全て苦手なものだったから。
 食券を渡す際、付け足した。

「味噌汁は、いらないです」
「セットメニューなのに」
「値段はこのままでいいので」

 今日の味噌汁の具は、豆腐とわかめだった。残すとわかっているものを頼みたくない。

「はい、どうぞ」

 サイコロステーキに付け合わせのキャベツとトマトが乗せられた皿と、白米の入った茶碗を渡される。

「ありがとうございます」
「デザートもどうぞ」

 四角く切られたゼリーの入った小皿とスプーンも差し出される。

「これ、何のゼリーですか?」
「桃」
「……申し訳ないですけど、いらないです」

 二度目の拒否に、食堂のおばさんが少し苦笑した。
 嫌いなものを避けられるのが、大人のいいところだと思う。栄養は別のものかサプリで摂ればいいんだ。

 窓際の席で黙々と食べる。そもそも俺は食にそこまで興味がない。体力を維持できればそれでいい。
 食べ終えて少しぼんやりしていると、窓から風が吹き込んできた。外の緑の匂いが、鼻を刺激する。

 不衛生を香りでごまかすなんて、絶対に駄目だろ。もっと抜本的な解決を図れ。
 なんだかむしゃくしゃするのは、小学生の頃に読んだ学習漫画のエピソードを思い出したからだ。今でこそ好きにさせてもらっているが、その頃俺の両親は大変厳しく、学習漫画は俺に許された数少ない娯楽のうちの一つだった。貪るように読んでいたと思う。

 ある病院の第一産科と第二産科で産婦の死亡率が違うことに着目した男がいた。第一産科は三倍も死亡率が高い。二つの産科に技術的には大きな差異はない。違ったのは働いている人間。第一産科は医学生、第二産科は助産婦が勤務していた。
 同僚が死体解剖中に怪我をし、産褥熱と似た症状で死去したことをきっかけに、彼は「手についた微粒子」が解剖室から患者に移されたのではないかと考えるようになる。
 つまり、解決法は清潔さを保つこと。彼は手を洗うことで死亡率を低下させられる科学的な証拠を示したが、当時の医学界からは受け入れられず、くだらないと馬鹿にされ、嘲笑された。報われなかった彼はやがて心を病み、精神病院に入れられる。脱走しようとした彼は衛兵に暴行され、おそらくその時受けた傷が壊疽し、死亡した。

 彼は正しいことを言っているのに、どうして聞いてもらえないんだ。彼の言うことに耳を傾けていれば、助かった命があるのに。どうして。どうして。どうして。本当にやりきれない。

 やりきれない、と思うと、つい、若葉のことを思い出してしまう。
 優しい花の香りがする女の子。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...