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第八章 人の数だけ気持ちがある

207 狭き門にあるマシュマロ ⑧

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 俺の言葉を聞いて、片岡はしばらく黙っていた。彼の言う「自制心」というものが、どれだけ「恵まれた環境による余裕」に裏打ちされたものなのかを考えたのだろう。考えてほしい。待てなかった人間が、それまでどんな風に扱われてきたのかを。
 狭き門。環境に恵まれない者が救いに至る道は、恵まれた者のそれよりも、はるかに困難を伴う。

「……マタイ効果か」
「俺は、そうだと思ってる」

 新約聖書の「マタイによる福音書」に「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」という聖句がある。それにちなんで「条件に恵まれている者が更に条件に恵まれていき、恵まれていない者はますます恵まれなくなっていくこと」を表した言葉がマタイ効果だ。身の丈という言葉とともに、聞くたびに反吐が出そうになる。この悪循環を断ち切るのが俺のライフワークだ。

「そもそも、マシュマロで自制心を測ること自体、俺はどうかと思ってるんだ」
「我慢すればより多く手に入るって話だから、別に矛盾はないだろう」
「別にマシュマロを食べないことが苦にならない人間だっている。現に、俺はマシュマロが嫌いだ」

 好きなものを食べないのは我慢だが、嫌いなものだったらただの無視だ。まあ、マシュマロは代表例で、実験にはプレッツェルやクッキーも使われたことはあったらしいが。
 あるいは、嫌いではなかったとしても、食べ慣れていて特別感がなければ、我慢するという感覚にはならなかったかもしれない。なんとなく、これが一番現実に近い気がする。

 実験後にいらないからと、お菓子を誰かにあげた子もいたのではないだろうか。もらった側には優しさに映ったとしても、実際はそうではないことなんて山ほどある。でも、そういうおこぼれのようなものによって、人は救われることもあって。とかくに人の世は難しい。

 なんとなく気まずくなったところで、片岡のスマホが鳴った。自宅からで、帰らなければならないという。おばあさんからだろうか。早く帰るといい、と言って別れた。
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