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第八章 人の数だけ気持ちがある

194 神を愛したい者の回旋曲 ⑦

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 そうだ、とつぶやいて、響は話を続ける。

「俺の小学校からの親友にヤスって奴がいるんだ。すごくどんくさい奴で。一年生の時の担任がまだ慣れてない先生で、『響くん面倒見てあげて』なんて言われたから、俺、なんでもできる方だったし、若葉の面倒見るのに慣れてたし、なんとかしてやらないとって、単純に思った」

 いつも響の話は唐突に切り替わる。この転換に私はもう慣れつつある。

「目のことがわかった時、ヤスには絶対知られたくないと思った。単なる見栄だ。自分があいつより劣ってると思いたくなかった。できないことがあるって、そんなんじゃないのに。でも、言う前からヤスは気づいてた。あいつ、色彩感覚に優れててさ。絵も上手くて。そっとフォローしてくれてた。俺に悟られないように。それもまた癪で」

 ヤスさんという人のことを、私は全然知らない。今初めて聞いた。でも、大切な友達なんだなということはわかる。響があたりまえに話すから。

「ネットで調べたんだ。見え方の不便さと引き換えに何かいい部分はないのかと思って。そしたら、どこかの島で俺と同じような見え方をする漁師がいて、夜目が利くから夜の漁に強いって話が載ってて。試してみたら俺もそうだったから、『やった!』と思った。ヤスに話したら『すごいね!』って言ってくれて。面目を保てたような気になったんだけど」

 そこで響はゆっくりお茶を飲んだ。とてもおいしそうに。

「旨いね。これ」
「うん。若葉のおすすめ」
「若葉、そういうの詳しいもんなあ」

 響はそう言うと、またお茶を飲む。とてものんびりと。

「けど、何があったの?」
「ん?」
「何かあったんじゃないの?」

 響はお茶を飲み干した。この話が終わったら、おかわりを注いでやろう。

「何もない。ヤスは『でも、僕は響くんがすごいから好きなんじゃないんだよ。響くんがいるだけで嬉しいよ』って言ってくれた。特出した部分がなくてもいいんだって、素直に思えて。逆説的だけど、その時からあいつは俺のヒーローだ」

 響の話は、最後まで聞かないと、本当に言いたいことがわからない。遠い、遠いところから、不思議な場所に到着する。たまにオチとは言えないような時もある。

 私は感受性が鈍いんだろう。
 たぶんもっと前に、わかりやすい泣きどころはあった。空が「タランテラ」を弾いた時でも、音高に落ちた時でも、相良さんの画廊で絵を見た時でも、「アマデウス」を見て音楽の神に愛されない絶望を再確認した時でも。
 でも、なぜだかわからないけど、今、涙が止まらなくなってしまって。
 そんな私を響は泣き止むまで抱きしめてくれた。
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