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第八章 人の数だけ気持ちがある

189 神を愛したい者の回旋曲 ②

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「音高、目指してたんだけど」
「温厚?」

 これは絶対違う漢字を思い浮かべてる表情だ。そう思ったから言い直す。

「音楽高校」
「目指してた?」
「落ちちゃった。師事した先生の門下生で初めて。両親は一年浪人して受け直していいって言ってくれたけど、やめることにした」

 音楽を続けてきて、良し悪しはある程度わかるからこそ、自分に才能がないこともうすうす知っていた。認めたくなかっただけで。

「でも、好きだろう」
「何が」
「音楽」
「だから私は音楽の才能がないから諦め」
「才能なんかなくても、好きでいていいだろう? 好きなんだろう? 音楽」

 響が何を言ってるのか、全然わからない。今までの話、聞いてなかったの?

「『アマデウス』見てる時、玲美、ずっと指が動いてた。ぼんやりしてる時よくそうするから、なんだろうって思ってた。あれ、ピアノの運指だったんだな」

 自分にそんな癖があるなんて全然知らなくて。思わず手を見てしまう。

「つらそうな顔してても、ドレミちゃんって呼ぶと少し表情がやわらかくなるから、つい呼びたくなった。そんなにこの呼び名、嫌じゃないんだなって思って」

 自分の顔は、見えない。

「どうして若葉に言いたくないの?」

 響の話はいつも突然切り替わる。でも、今日はなんとなくわかった。私がこれまでの悩みを打ち明けたから、もう一つの悩みも聞きたいのだろう。

「大事なお兄ちゃんの彼女は、もっと素敵な人がいいかもしれないし……」
「若葉は相手が誰かじゃなくて、俺が幸せかどうかを見るだろ」

 確かにそう。私も同じことを言われた。

「もし響と別れたら……」
「どうして別れるのが前提?」
「大学生の恋愛なんて、そんなものでしょ」
「大学から付き合い始めて結婚するカップルなんてたくさんいるだろう」

 それはそうなんだろうけど。響が何もない私を好きでい続けてくれる自信なんかない。

「そもそも、どうして好きになられたのか、全然わかんない」
「好きなのに理由なんかいる?」
「そうだけど……」
「あえて言うなら、新歓で見かけていいなと思ったし、若葉から話を聞いていい子だなと思ったし、一緒に飯食いに行って確信を深めた感じ?」

 そんなことはどうでもいいさと言わんばかりの口調だ。
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