【R18】人の好みは説明できない

第八章 人の数だけ気持ちがある

186 神が愛すべき者の前奏曲 ⑥

　大学三年になり、若葉と過ごす機会が少し増えた。若葉が私の所属する相良ゼミに参加するようになったからだ。

　若葉にはセンスがある。同じ単語から読み取ることが私とは違う。訳し方にひらめきを感じ、はっとさせられることが多い。そして、若葉のひらめきは、なんだか本質を突いているような気がした。
　相良先生も当然見抜いておられて、他の学生が訳す時よりも目線が鋭い。でも同時に楽しんでおられる気持ちも伝わってきて……。正直、ちょっと悔しい。もっと勉強しなければと思う。

　楽譜が読めて弾けるのに、人の心を揺さぶれない。英語を訳せても、細かいニュアンスを読み取れない。それはどこか近いものがあった。

　語学はとにかく量をこなすことが大事だから、課外にTOEIC対策講座を入れた。今日も夕方からある。だから、急に会えるかなんて訊ねられても困るんだ。もっと前もってスケジュール調整しろ。
　そんな風に思っていたのに、なぜ、今、この男は私の目の前にいるのだろう。響があらわれるのはいつも突然だ。

　何を話していいかわからないので、食に逃げることにする。
　ピーマンの肉詰め、かけてあるの、ただのケチャップだ。悪くないけどよくもない。家で作る時は、ケチャップをトマト缶に変えて、ウスターソースとオイスターソースを少し加えたものにしよう。酸味が入った方が肉の瑞々しさが引き立ちそう。
　レシピを現実逃避で考えてしまう。料理は化学だ。きっちりやれば結果が出る。裏切らない。素晴らしい。

　夕方、メッセージが届いた。

《今日会えてよかった。若葉からゼミの後そのまま一緒にお昼食べるって聞いてたから、もしかしたらと思った。》

　これを読み、若葉が私のゼミに参加するようになった話を全くしていなかったことに気づく。

　二人は本当に仲のよい兄妹だ。私は空と連絡なんか取らない。向こうからごくたまに送られてくるメッセージに応えるくらいだ。
　ただ、私は空が苦手だけど、縁は一生続くものだと思っている。気持ちは関係なく、血縁はそう簡単に切れるものではない。