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第八章 人の数だけ気持ちがある

176 神に愛されぬ者の遁走曲 ②

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 空虚な穴が埋まらなくて、何もかもどうでもよくなって、ある日学校をさぼった。
 鞄に私服を入れ、トイレで着替え、高校と逆方向の電車に乗る。終点の繁華街の駅で降りた。
 どこに行くかなんて、全然決めてないけど。私はどこにも行けない。

「玲美ちゃん?」

 改札を出てすぐに声を掛けられ、びくりと震える。
 おそるおそる声の方を見ると、壮年の男性だ。

「覚えてないかな? 二年前のクリスマスに会ったんだけど。弟さん、『タランテラ』上手かったねえ!」

 記憶がつながる。まさかこんなところで、空に「タランテラ」をリクエストした人間と遭遇するとは。

「今日、学校休み?」
「……はい」
「本当に?」

 思わず男性を見る。口元は穏やかな笑みを浮かべていて、優しげな顔立ちのはずなのに、視線が鋭い。直感した。駄目だ、この人は騙せない。観念して小さく首を振ると、「じゃあ、行こうか」と手招きされた。



 遠縁の男性は相良さがらさんといい、自らが経営する画廊へと連れて行ってくれた。

 奥の部屋に通され、紅茶とフルーツタルトを振る舞われる。茶器とお皿はお揃いの優美なデザインだったし、フルーツタルトもスーパーやコンビニで売っているような安っぽさはない。きっと高級店で購入したのだろう、照りが美しく、配置も計算されつくした、とてもおいしそうなもの。

 丁寧にもてなされると、なんだかものすごく罪悪感が湧いてきた。私にそんな価値はない。現在、唯一価値を生み出しそうな勉強すら、あっけなくさぼった。

「どうぞ。遠慮なく食べてね」
「私にそんな価値、ないですし……」
「ええ? 可愛い女の子がおいしそうに食べてくれたら、もうそれだけで価値があるよ!」

 イタリア人みたいなノリだな。偏見か。

「可愛く、ないですし」
「可愛いっていうのは別に造作の話では……。いや、玲美ちゃんは、顔立ちもとても可愛らしいけどね!」

 フランス人かもしれないな。これも偏見か。

 言わんとするところはわからないでもない。造りの問題ではなく、明るくて、無邪気で、人好きし、悪意はなく、妬んだり嫉んだりもせず、いつも光の中にいる。そういうことだろう。
 反射的に弟の空が浮かぶ。あいつはそういう奴だ。
 ああ、私は可愛くない。
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