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第五章 今が一番よいタイミング

125 簡単に無視できない存在 ①

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 今日はそれぞれ実家に一泊し、明日は僕が若葉ちゃんの最寄駅で一旦降り、ホームで合流して同じ電車で帰る、という手筈になった。
 響さんに送ってもらって、実家に戻ったけれど。僕はなかなか門をくぐることができない。

 大らかな父さんに、のんびりした母さん。なのに、安らげないのは。
 玄関でふーっと息を吐き、覚悟を決めて鍵を回す。

「新? おかえり」

 まさかいきなり遭遇するとは思っていなかったので、すごくどきっとする。
 渋沢しぶさわ椿つばき。長く真っ直ぐな漆黒の髪に、高めの身長。スタイルもいいんだろう、たぶん。よく美人だと言われているけど、切れ長で目力がやたら強いきつい顔立ちだし、いいようにヤラレた過去がちらついて、僕にはどうしても美人に見えない。あの温厚で平和な両親から、どうしてこの人が生まれたのか、僕には全くわからない。

「ただいま……」

 姉は僕の全身を値踏みするように眺める。いくら身内とはいえ、そういう風な目で見るのは、ちょっと失礼じゃないだろうか。
 ふと、姉の目が若葉ちゃんからもらった鞄で止まった。

「ふうん。新にしてはずいぶんいいトートバッグじゃない。どうしたの?」
「……彼女からもらった。誕生日プレゼントに」
「え!」

 おかしい。どうも姉の顔色が変わった気がする。まあ、表情はよく変わる人ではあるが。

「それ、いくらくらいするのか……あんた知ってるの?」
「知らない。プレゼントだし」
「メーカーとか、革の名前とか、説明書ついてなかった?」

 箱を開けた時、説明書を見て「若葉ちゃんみたいな女神の名前だな」と思った記憶を辿る。
 知と工芸の女神、ミネルヴァ。

「たしか、ミネルヴァ……」
「ミネルバリスシオ? いや、シボ革だから、ミネルバボックスか」

 姉が食いつき気味に言ってくるので、思わず一歩後ずさってしまう。

「ああ、たしかそれ。ミネルバボックスって有名なんだ?」

 僕の言葉に、姉は少しあきれたように、小さくため息を吐いた。

「悪いことは言わない。新、あんた、得意のネット検索で、ミネルバボックスのトートバッグの相場を調べなさい」
「それ、失礼じゃない?」

 もらったプレゼントの価格を調べるなんて、普通しないだろう。何が普通かと言われると、少し迷うものはあるけど。

「知らない方が! よっぽど失礼だから! 言ってんだ! よ!」

 相変わらずキレやすい人だ。

 自室に荷物を置いて、「夕飯よ」と母から呼ばれたから家族で食べたけど、あんまり味を覚えていない。食べ終えて、即自室に戻り、「お風呂が沸いたわよ」と母から声を掛けられたから入り、また自室に戻った。実家ではいつもそんな生活を送っている。自室はバリケード。

 眠りかけて、ふと、姉の言葉を思い出した。

「ミネルバボックスのトートバッグの相場だっけ……」

 調べなかったら、きっと面倒なことになる。そう思いながら、スマホで検索した。

「え……」

 弾き出された結果を見て、僕はしばらく眠ることができなかった。
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