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第五章 今が一番よいタイミング

124 大和くんはご機嫌ナナメ ③

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 大和くんの部屋の扉を叩く。こんこんと。

「大和くん」
「……何?」
「ちょっといい?」

 扉がガチャリと音を立てて開いた。

「何?」
「うん。お付き合いしてる人のことなんだけどね」
「……入って」

 大和くんが部屋に入れてくれたので、床のラグの上に座った。相変わらず物が少ない部屋。

「隠してた訳じゃないんだよ。ほんとに」
「うん」
「お兄ちゃんより先に、気づいてたんだって? 元彼とのお付き合い」
「……一昨年の夏に、彼氏ができたんだなって気づいた。なんか俺が話しかけてもふわふわした感じだったし、夜、楽しそうに電話してること、多かったから」

 初めてのお付き合いで、私はきっと浮かれまくっていたに違いない。恥ずかしくなってしまう。

 ふと、思い出した。
 元彼との電話を終えて、喉がかわいたなあと思って台所に行ったら、大和くんがいた。

『大和くん、ずいぶん遅くまで起きてるんだね?』
『俺の学校、夏休み明けたらすぐテストだし、今、勉強しとかないと』

 その時は、ふうんと思っただけだったけど。大和くんが「俺」って言い始めた時期って、このあたりだったかもしれない。

「きょうだいにそういう話をするのは、恥ずかしいだろうし、言ってくれるのを待とうと思った」
「恥ずかしいとかじゃなくって、タイミングがなかっただけなんだよ」

 大和くんは私を見ようとせず、本棚のあたりに目線をさまよわせている。大和くんは恥ずかしいと思っている時、絶対に相手の目を見ない。

「今年は正月に出ていったから、きっと会ってるんだと思って。気になって仕方なかったから、兄さんに訊ねたら、兄さんには話してて、会わせてもいて。俺は信用されてなかったんだなあと思って。……勝手にむかついてただけ」

 大和くんはしっかりしているけど、やっぱりまだ高校生で。私はお姉ちゃんなのに、その大人びた判断と態度に、すっかり甘えてしまっていた気がする。
 ゼミで三浦先生に「失敗したかどうかよりも、その後どうするかの方が大事です」と言われたことを思い出した。

「大和くん」
「何?」
「ごめんね。大和くんに寂しい思いさせちゃったね。仲間外れにした訳じゃないんだよ」
「仲間外れとかそういう……」
「新くんは優しい人だから、きっと大和くんもなかよくなれると思うよ」
「だからそういうんじゃ……」
「今度ゆっくり会う時間作るから。その時いっぱい話してほしい」

 私がそう言うと、大和くんは「あー」と言いながら頭をかきむしり、ラグに転がった。

「なんか、もう、俺、ほんと馬鹿みたい」
「大和くん、頭いいじゃない。すごい進学校に通ってるし」
「だからそういうことじゃ……」

 しばらく床でごろんごろんしていた大和くんが、よくわからないけど、そのまま笑い出したので、よしとする。
 ひとしきり笑い終え、ふうっと息を吐いた大和くんは、私の目を見て言った。

「うん。こっちに長く帰ってくる時か、俺がそっちに行く時に、会わせて」
「もちろん!」

 お正月からこっち、なんだかずっとすっきりしない表情だった大和くん。ようやく本当の大和くんに戻った気がして、すごく安心したし、とても嬉しくなった。
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