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第四章 走る前に歩くことを学べ

102 新世界とダイバーシティ ①

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 この展開を想像していなかった僕がうかつだったんだろうか。

 僕は今、向井に紹介された学習塾で、生徒相手に教えている。
 向井は「採点だけでもいい」とか言ってたその口で、「新なら全然問題ない!」なんてしゃあしゃあと抜かして、指導も任せてきた。最初からそのつもりだったに違いない。
 中学三年は受験直前だから免除されたけど、僕ではなく受験生本人に負担を掛けないためのように感じる。

 きちんとした講義をするのではなく、訊ねられた箇所に答える形だし、担当している人数も少ないからなんとかなっているけど、小学五年から中学二年まで全科目教えるのは、結構大変だ。いろんな生徒に対応するのは、指導法を学習するだけじゃ、全然無理だ。教職向いてない。やめてよかった。

「……あの」

 声を掛けられた。それまで黙々と数学の問題を解いていた、中学二年の眼鏡男子から。真面目で口数も少ない彼が、珍しいなと思う。地頭がいいのだろう、いつもは特に説明しなくてもそつなく課題をこなしているから。

「どうかした?」
「この問題、一度説明してほしいんですけど」

 わからないとは言わないところに、見栄を感じる。
 プリントを見てみると、以前ミスしたところと似た系統の問題。もしかすると、この子は、僕の認識よりも根本的な理解が足りていないのではないか? そんな気がした。ミスをすることが少ないから、印象に残っていたのだ。
 少し考えて、切り出してみる。

「僕、まだ教えるのに慣れてないから、協力してもらえるとありがたいんだけど」
「協力?」
「そう、協力。応用問題だから、いきなりここだけ解説するの、ちょっと難しくて。時間がかかって申し訳ないんだけど、もっと基本から説明させてもらいたいんだ。練習に付き合ってもらってもいい?」
「……いいですけど」

 僕は彼の反応を見ながら説明を始める。どこで躓いているのかを探るために。彼の目が泳いだ時は遠慮なく「ごめん、言い忘れてたことがあった」と戻るので、説明そのものの要領は正直悪い。でも、最後まで説明した時には、彼の躓いている箇所がおおよそ把握できた。「繰り返しになって悪いけど」と前置きをした上で、もう一度押さえるべきポイントを踏まえ、今度はなるべく要領よく説明する。頷きや眉の動きといったちょっとしたしぐさに、手ごたえを感じた。

「ごめんね。長々と付き合わせちゃって。でも説明の要領をつかむことができて、とても助かったよ」
「……いいえ。こちらこそ、ありがとうございます」

 きちんと理解したなと感じ、ほっとする。
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