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第一章 人の好みは説明できない

016 私の彼氏は優しくて素敵 ①

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 電車で最寄駅まで戻り、新くんの家へと向かう。バスに乗ろうかと訊ねられたけど、歩いて十分程度ということだったから、そのまま歩いて向かうことにした。私は普段から割と歩く方だから全然苦じゃないし、せっかくの恋人つなぎを、少しでも長く堪能したくて。

 不意に、新くんの指に力が入った。引き寄せられるように感じたので、思わず立ち止まって新くんの顔を見る。笑顔が優しくて、すごくどきどきする。

「な、なあに?」

 訊ねた瞬間、自転車がすっと横を通り過ぎた。結構、至近距離でびっくりする。

「あ……」

 新くん、私が自転車とぶつからないように、助けてくれたんだ。

「ありがとう……。ごめん、全然気づいてなかった……」

 たぶん、明るくても気づけなかったと思う。元彼とデートしている時もよく「歩き方が危なっかしい」と叱られていた。

「無灯火、危ないよね。ベルも鳴らさなかったし」
「ううん……。私、注意力が散漫だから……」

 私はそそっかしくて。何もないところで躓きそうになったり、ヒールを側溝で削ってしまったりしがちだ。元彼から「ほんと、しようがないな」と言われるたびに、私は駄目な人間だなあと思ってしまって。失敗しないようにと意識すると、力が入ってしまうのか、余計、ミスがひどくなってしまっていた。
 過去を思い出してちょっとしょんぼりしていると、もう一度新くんは指に力を込める。きゅっと。

「大丈夫。若葉ちゃんが気づいてない時は、僕が知らせるから」

 適切に手を差し延べてもらえるのは、本当にありがたくて。危ないって漠然と言われるのではなく、具体的な指示出しをしてもらえるのは、とても助かる。

「優しいね」
「何が?」

 新くんは心底不思議そうな表情を浮かべたけれど、私は無言で笑顔だけ返す。恩着せがましくなく、自然に助けてくれるのは、すごく優しいよ。



 コンビニの前を通りかかると、新くんが指をといた。

「ごめんね。僕の部屋、今、何もないから。飲み物とか買ってくる」
「え、そんなのいいのに」
「せっかく来てもらうんだし。僕から誘ったのに、おもてなしできないのはよくない」

 ちょっと待っててね、と言って新くんはコンビニに入り、数分後、2リットルのペットボトルとお菓子の入った袋を持って出てきた。

「ごめんね。お待たせ」
「ううん」

 新くんが左手を差し出すので、もう一度指を絡めると、きゅっと握られた。

 彼女になって、手をつないで、お部屋を訪ねることまでできるなんて。今日、お昼に会った時には、想像すらしてなかった展開。
 今朝の私にこの幸せを教えてあげたい! でも、突然だったから喜びもひとしおな気もするし、これでよかったかもしれない。

「どうかした?」
「えっ!」
「すっごくにこにこしてるから」
「だって……嬉しいもん……」
「僕も」

 こんな、むしろ内容のない会話が、すごく嬉しくて。意味や目的なしに、話をしてもいいんだ。好きな人と両想いっていいなあ。そんなことを思いながら、一緒に歩いた。
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