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第一章 人の好みは説明できない

013 私の彼氏は穏やかで素敵 ⑬

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 お店に着いてからはたと気づく。このお店は確かにおいしい。おいしいけれど、味の好みくらいは訊ねるべきだったのでは。味噌か塩か豚骨か。ただでさえ、私の意見でラーメン屋さんになった訳だし。
 入口で少し戸惑っていると、新くんから声を掛けられた。

「どうしたの?」
「あ……渋沢くん、その、このお店、醤油ラーメンだけど、他の味がよかった?」
「特にこれがいいってものはないから、どこでもいいよ」
「その、もし他の味がよかったなら、別のお店も知ってたから……」
「じゃあ、今度その別のおすすめのお店に行こうよ。僕、あんまりお店知らないから、教えてもらえるの助かるなあ」

 今度! 次のデートに誘う機会までくれるなんて! 神かな!

 カウンターがいっぱいだったから、店員さんはテーブル席に案内してくれる。カウンターだと顔が見えないなあ、と思っていたから、ひそかにガッツポーズを取る。
 混んでいるし、奥の方の席だったから、行くまでに少し時間がかかる。歩いて向かう途中、新くんから声を掛けられた。

「北村さん、何を頼むか決めてる?」
 メニューを見るまでもなく、私はいつものシンプルなラーメン固麺煮卵付き一択だったので、うんと頷く。

「じゃあ、僕も同じものにする」

 席に着くと、店員さんが「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と定番の台詞を言って去ろうとするので、あわてて「ラーメン固麺煮卵付き二つ!」と頼んだ。店員さんはさらさらと伝票を書き、厨房へ戻っていく。
 ふうと息をつくと、新くんがにこにこ笑っていた。

「あ、勝手に頼んじゃった……」

 以前、デートで似たような状況になったことがあって。元彼から「メニューを見たら気が変わることくらいあるだろ」と言われて、再確認しない気の利かなさを暗に指摘されたことを思い出した。

「ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「メニューを見たら、気が変わることも、あるかなって……」
「先に伝えておいた通り、北村さんと同じものにしようと思ってたし、ここからもう一度店員さん呼ぶの大変そうだし、むしろ助かったよ。ありがとう」

 新くんは最初、心底不思議そうな顔で首をかしげていたけれど、最後には笑顔になってくれたのでほっとする。

「それならよかった」
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