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第一章 人の好みは説明できない

007 私の彼氏は穏やかで素敵 ⑦

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 うそ。

 初めて見た彼の素顔に、私はその言葉しか浮かばなかった。
 彼の眼鏡は、少し古い型で、レンズが大きめの、生物の先生が掛けていそうな(偏見)、銀のメタルフレーム。度もそれなりに強いんだろう。レンズに厚みがある気がする。
 眼鏡を掛けてる時と全然印象が違う! こんなに綺麗な形の目をしてるなんて知らなかったし、穏やかでありつつも凛々しい雰囲気。端整な顔立ち。
 声が好みだったのに合点がいった。声は骨格が影響するところも大きい。

 彼に対する意識が、名前通り新たになった瞬間。
 心の中での呼び名も新くんになってしまった私は、ものすごく現金だ。

 これは、服がもう少し違ったら、特に眼鏡が変わったら、新くん、結構背も高いし、ものすごくいいんじゃ……。
 そう思いかけて、やめる。そんなの本人の自由だし、私だって自分の選んだ服をどうこう言われるのは嫌だ。

 なるべく手早く拭いた気だったけど、シャツにお茶の色が少しだけ残った。ああ、本当に申し訳ない。

「ごめんなさい。やっぱりこれ、染みになるかも……。買ってお返しするから……」
「そんなのいいよ。洗濯すれば落ちると思うし、染みが残っても安物だから、気にしないで」
「でも、それじゃ申し訳なさすぎるから」

 新くんはしばらく上を見て思案していた様子だったけど、おもむろに口を開いた。

「北村さん」
「は、はい」

 すごく丁寧に呼ばれた気がして、なんだか焦る。

「僕、服に思い入れないから、何を着たらいいのか全然わからないんだ。だから」

 そこで新くんが言葉を切るので、どきどきしながら続きを待つ。

「北村さんみたいにおしゃれな人に見立ててもらえたら、嬉しい」
「いいの?!」

 めちゃくちゃ即答してしまった私を見て、新くんはくすくす笑う。

「むしろ僕の方がお願いしたい。ちょうど、眼鏡もフレームの具合があんまりよくなくて買い換えたいと思ってたところだったから、選んでもらえると嬉しいし、とても助かるんだけど」

 なんて素晴らしい利害の一致。私は勢いよく何度も頷いた。

 結局、その日私は新くんの隣でどきどきしながら授業を受けた。授業終了後、個人的な連絡先を交換してなかったことにようやく気づいて交換し、買い物に行くことが本当に決まった。
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