【R18】きっかけはどうでも

テキイチ

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番外編・個人授業!!

52 僕のサモトラケのニケ ④

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 律さんは表情を作るのが下手だ。正直者。
 最初に話した喫茶店でも、がんばって笑顔を作ろうとしているのがわかって、気になってしまった。本当の笑顔が見てみたい。
 裏はないのに、底が見えない。

 律さんの本当の笑顔は、意外と早く見ることができた。
 新しい仕事をお願いすると、彼女はしばらく手をつけずに斜め上を見る。サボっているのではない。どうすれば効率がいいかを考えているのだ。ひらめいた時ににっこり笑った。
 無邪気で、自然な笑顔。この笑顔を正面から見たい。

 休憩と称してお茶を出す。最初の喫茶店で甘いものが好きなのは確認済だ。
 基本的に無言だしあまり表情に出さずに食べるタイプ。おいしいかおいしくないかわからないってよく言われます、と困った顔で申告されたけど、そんなことはない。本当に好みの味の時は、やっぱり少しおいしそうな顔に変わる。そんな微妙な差異を見分けるのが、毎日とても楽しみだった。

 純粋な好意と下心の境目はどこにあるのだろう。
 同じ行為でも嬉しく感じるものと面倒に感じるものの違いは。
 結局、相手に対する興味と好感度の差、という残酷な結論になってしまう気がする。
 律さんの側は居心地がいい。僕にとっては、この上なく。

 二度食事に誘ったけれど、意識してもらえてはいない気がする。そろそろ思い切ってきちんとデートに誘おう。そんなことを考えていたら、律さんの方から「お話があるんですけど」と切り出された。

 泣きながらバイトを辞めると言われた時、どきりとした。心の内を表現するのが苦手な、律さんの感情が溢れている。
 重要なことを言われているのに。もう会えないかもしれないのに。それよりも、この瞬間を見逃したくないと思ってしまった僕は、ひどい男かもしれない。



「おかえりなさい」

 僕達は可能な限り超速で結婚した。僕はそこまで若くはないから、時間を無駄にしたくなかったのだ。出迎えてくれる時の、律さんのはにかんだような笑顔が、僕はとても好きだ。

 愛を交わす時、律さんはいろんな表情を見せてくれる。とても可愛いし、楽しいし、嬉しい。

「尚さん、好き……」

 律さんから大切に想われていることは充分伝わってきていた。それでももっと言葉にしようとしてくれる、そこが愛おしい。

 僕は掘り下げていくことが好きだ。
 律さんの全ては、絶対一生把握できない。そのことに僕はとてもわくわくする。
 彼女と一緒に過ごすようになってから、なんだかいろんなことがよい方向に転じ始めていると感じていて。

 律さんはきっと、僕だけのサモトラケのニケ。
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