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本編・きっかけはどうでも
27 Track Down ③
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「どうすればよかったのかなあって、よく考えるんです」
隣に座っている先生を見る。目が合うといつものように優しい笑みを浮かべてくださるから、つい、余計なことを話したくなってしまう。
「別れた彼は、私より4つ年下で。同じ職場の後輩で、4年近く付き合ったんですけど、明確な将来の話は出なくて。結局訊ねてしまいました。自分の誕生日に。これからどうしようと思っているのって」
ああ、お酒は駄目だ。
先生にどう思われるかよりも、話して楽になりたい気持ちが勝ってしまった。制御がまるで利かない。
先生は少し困った顔をしている気がする。でも、もういいや。
「私よりも上の立場になったらプロポーズしようと思ってたって言われて、つい、『それはいつ?』と返してしまいました」
あの時の彼の表情が忘れられない。眉を寄せて、唇を噛んで、少し震えてた。お互い何も言わないまま、時間だけが流れて。苦しくなって、「ごめん、もう帰っていいよ」と言ったら、彼は無言で出て行った。最悪な誕生日。
「そこから決定的に気まずくなって、結局別れたんですけど、どうするのが正解だったんだろうって」
二人で重苦しい沈黙に耐えるより、がらんとした部屋の方がずっとほっとしてしまったから、別れてよかったんだろうけど。
彼の肩書きなんて私はどうでもよかった。待つことそのものよりも、いつまでかわからないことがつらくて。せめて期限がわかれば我慢できると思ったのに。
「それって、1年後? 3年後? 5年後? 10年後? 仮に、10年後にプロポーズされたとして、子供がほしいって言われても、可能性はずいぶん低くなってしまう。私は二人で過ごせればそれでよかったけど、彼がどう思ってるかはわからない。彼の中で私との未来は、具体的に描かれていないんだなと感じてしまって」
本当は、彼だけが悪いんじゃないってわかってる。将来について具体的に話すことができなかったのは、私もだ。言わなければ伝わらない、それはそう。でも、言えなかった。重すぎて。そこは向こうから切り出してほしくて。気づいてほしくて。女性らしく扱われるのが苦手だったのに、重い女になりたくなかったのに、いざとなったら察してほしいとか、最悪。
「別れてから、ひたすら仕事に打ち込みました。それこそ寝食も忘れて。結果、過労で入院することになって。病院の中って、見るもの全部白いですよね。ベッドで横になって天井を眺めていたら、なにもかもどうでもよくなってしまって。そのまま仕事辞めました。彼との未来を考えた時に、仕事を辞める選択肢なんかなかった。キャリアを捨てるなんて、あり得なかった。なのに、彼と別れて、オーバーワークで倒れたら、あっさり辞めようと思ってしまって」
今までの人生で一番無謀な選択。精神状態が悪い時に重大な選択をしない、それはよく言われることだ。正しいんだろう。でも、その時の私に、正しさなんて何の意味もなかった。
隣に座っている先生を見る。目が合うといつものように優しい笑みを浮かべてくださるから、つい、余計なことを話したくなってしまう。
「別れた彼は、私より4つ年下で。同じ職場の後輩で、4年近く付き合ったんですけど、明確な将来の話は出なくて。結局訊ねてしまいました。自分の誕生日に。これからどうしようと思っているのって」
ああ、お酒は駄目だ。
先生にどう思われるかよりも、話して楽になりたい気持ちが勝ってしまった。制御がまるで利かない。
先生は少し困った顔をしている気がする。でも、もういいや。
「私よりも上の立場になったらプロポーズしようと思ってたって言われて、つい、『それはいつ?』と返してしまいました」
あの時の彼の表情が忘れられない。眉を寄せて、唇を噛んで、少し震えてた。お互い何も言わないまま、時間だけが流れて。苦しくなって、「ごめん、もう帰っていいよ」と言ったら、彼は無言で出て行った。最悪な誕生日。
「そこから決定的に気まずくなって、結局別れたんですけど、どうするのが正解だったんだろうって」
二人で重苦しい沈黙に耐えるより、がらんとした部屋の方がずっとほっとしてしまったから、別れてよかったんだろうけど。
彼の肩書きなんて私はどうでもよかった。待つことそのものよりも、いつまでかわからないことがつらくて。せめて期限がわかれば我慢できると思ったのに。
「それって、1年後? 3年後? 5年後? 10年後? 仮に、10年後にプロポーズされたとして、子供がほしいって言われても、可能性はずいぶん低くなってしまう。私は二人で過ごせればそれでよかったけど、彼がどう思ってるかはわからない。彼の中で私との未来は、具体的に描かれていないんだなと感じてしまって」
本当は、彼だけが悪いんじゃないってわかってる。将来について具体的に話すことができなかったのは、私もだ。言わなければ伝わらない、それはそう。でも、言えなかった。重すぎて。そこは向こうから切り出してほしくて。気づいてほしくて。女性らしく扱われるのが苦手だったのに、重い女になりたくなかったのに、いざとなったら察してほしいとか、最悪。
「別れてから、ひたすら仕事に打ち込みました。それこそ寝食も忘れて。結果、過労で入院することになって。病院の中って、見るもの全部白いですよね。ベッドで横になって天井を眺めていたら、なにもかもどうでもよくなってしまって。そのまま仕事辞めました。彼との未来を考えた時に、仕事を辞める選択肢なんかなかった。キャリアを捨てるなんて、あり得なかった。なのに、彼と別れて、オーバーワークで倒れたら、あっさり辞めようと思ってしまって」
今までの人生で一番無謀な選択。精神状態が悪い時に重大な選択をしない、それはよく言われることだ。正しいんだろう。でも、その時の私に、正しさなんて何の意味もなかった。
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