【R18】きっかけはどうでも

テキイチ

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本編・きっかけはどうでも

24 Program ⑤

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 ここで店内のBGMが変わった。聞いたことのない曲。

「イギリス組曲の2番だ」

 先生がそうつぶやくけれど、私は曲名さえ初めて聞いた。

「諸説ありますけど、バッハも生前はそこまで認められてなかったと聞いたことがあります。少なくとも、今のように『音楽の父』として扱われるようになるには、メンデルスゾーンが指揮をした『マタイ受難曲』の再評価を待たなければならなかった」

 私はクラシックのことなんか全然知らないから、よくわからない。とりあえず「今ほど有名ではない可能性もあった」ということだろうか。

「先程、僕の研究についてお訊ねくださったでしょう」
「ええ」
「それでバッハのことを思い出しました」

 やっぱりつながりがよくわからない。先生は私の顔を見て、説明を変えた。

「その時に評価されなければ意味がないという訳ではないです。僕の仕事もいつか重要視されたら嬉しいなと思います。たとえそれが、僕の死後であっても」
「でも、人から評価されないことをずっと続けるのは、つらくないですか?」
「一人なら、きっとつらいでしょうね。でも、僕は一人ではないから」

 やっぱりよくわからない。「研究は自分との戦いだ」なんて、よく耳にするではないか。

「研究って、お一人でするものですよね?」

 先生は人差し指を眉間に当て、しばらく考えている様子だった。指を示すように前方へ動かすと、言葉を発した。

「一人で0から考えようとするなんて傲慢だ」

 少し強い物言いに、思わずびくりとしてしまう。先生は私と目が合うと、いつもの優しい笑みを浮かべて続ける。

「昔、師匠に叱られました。『研究を自分との戦いだとしか考えない人間は見逃すものがある』と。当時はピンとこなかったのですけど、なんとなくわかる気がしてきました。『車輪の再発明は独りよがりに過ぎない』ということなのでしょう。研究は先人の学説を踏まえた上で進めるので、先行研究の調査が第一の仕事です。アカデミックの世界は、人とのつながりがものを言うことも多いです。他分野の方とも情報を共有したり共同で研究することはあります。そして、史学は遺物を介して過去の人々と対話し未来へとつないでいく学問だと僕は考えています。ですから、一人で作業している時も、決して一人ではないんです」

 先生がなさったのは研究のお話のはずなのに、なんだかひっかかって仕方がなかった。
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