25 / 58
本編・きっかけはどうでも
24 Program ⑤
しおりを挟む
ここで店内のBGMが変わった。聞いたことのない曲。
「イギリス組曲の2番だ」
先生がそうつぶやくけれど、私は曲名さえ初めて聞いた。
「諸説ありますけど、バッハも生前はそこまで認められてなかったと聞いたことがあります。少なくとも、今のように『音楽の父』として扱われるようになるには、メンデルスゾーンが指揮をした『マタイ受難曲』の再評価を待たなければならなかった」
私はクラシックのことなんか全然知らないから、よくわからない。とりあえず「今ほど有名ではない可能性もあった」ということだろうか。
「先程、僕の研究についてお訊ねくださったでしょう」
「ええ」
「それでバッハのことを思い出しました」
やっぱりつながりがよくわからない。先生は私の顔を見て、説明を変えた。
「その時に評価されなければ意味がないという訳ではないです。僕の仕事もいつか重要視されたら嬉しいなと思います。たとえそれが、僕の死後であっても」
「でも、人から評価されないことをずっと続けるのは、つらくないですか?」
「一人なら、きっとつらいでしょうね。でも、僕は一人ではないから」
やっぱりよくわからない。「研究は自分との戦いだ」なんて、よく耳にするではないか。
「研究って、お一人でするものですよね?」
先生は人差し指を眉間に当て、しばらく考えている様子だった。指を示すように前方へ動かすと、言葉を発した。
「一人で0から考えようとするなんて傲慢だ」
少し強い物言いに、思わずびくりとしてしまう。先生は私と目が合うと、いつもの優しい笑みを浮かべて続ける。
「昔、師匠に叱られました。『研究を自分との戦いだとしか考えない人間は見逃すものがある』と。当時はピンとこなかったのですけど、なんとなくわかる気がしてきました。『車輪の再発明は独りよがりに過ぎない』ということなのでしょう。研究は先人の学説を踏まえた上で進めるので、先行研究の調査が第一の仕事です。アカデミックの世界は、人とのつながりがものを言うことも多いです。他分野の方とも情報を共有したり共同で研究することはあります。そして、史学は遺物を介して過去の人々と対話し未来へとつないでいく学問だと僕は考えています。ですから、一人で作業している時も、決して一人ではないんです」
先生がなさったのは研究のお話のはずなのに、なんだかひっかかって仕方がなかった。
「イギリス組曲の2番だ」
先生がそうつぶやくけれど、私は曲名さえ初めて聞いた。
「諸説ありますけど、バッハも生前はそこまで認められてなかったと聞いたことがあります。少なくとも、今のように『音楽の父』として扱われるようになるには、メンデルスゾーンが指揮をした『マタイ受難曲』の再評価を待たなければならなかった」
私はクラシックのことなんか全然知らないから、よくわからない。とりあえず「今ほど有名ではない可能性もあった」ということだろうか。
「先程、僕の研究についてお訊ねくださったでしょう」
「ええ」
「それでバッハのことを思い出しました」
やっぱりつながりがよくわからない。先生は私の顔を見て、説明を変えた。
「その時に評価されなければ意味がないという訳ではないです。僕の仕事もいつか重要視されたら嬉しいなと思います。たとえそれが、僕の死後であっても」
「でも、人から評価されないことをずっと続けるのは、つらくないですか?」
「一人なら、きっとつらいでしょうね。でも、僕は一人ではないから」
やっぱりよくわからない。「研究は自分との戦いだ」なんて、よく耳にするではないか。
「研究って、お一人でするものですよね?」
先生は人差し指を眉間に当て、しばらく考えている様子だった。指を示すように前方へ動かすと、言葉を発した。
「一人で0から考えようとするなんて傲慢だ」
少し強い物言いに、思わずびくりとしてしまう。先生は私と目が合うと、いつもの優しい笑みを浮かべて続ける。
「昔、師匠に叱られました。『研究を自分との戦いだとしか考えない人間は見逃すものがある』と。当時はピンとこなかったのですけど、なんとなくわかる気がしてきました。『車輪の再発明は独りよがりに過ぎない』ということなのでしょう。研究は先人の学説を踏まえた上で進めるので、先行研究の調査が第一の仕事です。アカデミックの世界は、人とのつながりがものを言うことも多いです。他分野の方とも情報を共有したり共同で研究することはあります。そして、史学は遺物を介して過去の人々と対話し未来へとつないでいく学問だと僕は考えています。ですから、一人で作業している時も、決して一人ではないんです」
先生がなさったのは研究のお話のはずなのに、なんだかひっかかって仕方がなかった。
10
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる