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本編・きっかけはどうでも
17 Shuffle ①
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断る理由は、ない。嫌な訳でも、ない。
けれど、彩ちゃんに変に煽られたものだから、なんだか三浦先生のことを妙に意識してしまう。
「申し訳ないです。急に言われても、困りますよね」
おそらく私はずいぶん長く黙ってしまったのだろう。三浦先生は苦笑しながら、そうおっしゃった。
「いえ、困っている訳では……」
「じゃあ、ぜひ。お付き合いいただけると嬉しいです」
考えてばかりで失敗してきたんだから、いいやもう。何も考えなくて。
「よろしくお願いします」
「よかった! じゃあ、ロシア料理の店でいいですか?」
「ロシア料理?」
「いろいろ食べたいのに、種類も量も多すぎて、一人だと食べきれない店があるんです」
「ぜひそこで」
私が返事をすると、すぐに先生は電話をかけた。件のロシア料理店なんだろう。二名で予約可能か訊ねている。
「じゃあ、行きましょう。少し遠いので、今から出てちょうどいいくらいです」
三浦先生と私は、研究室を出て、構内の駐車場に向かった。一台の車の前で先生は止まる。先生の車は結構古いタイプの庶民的な国産車だった。高級な外車に乗っていそうなイメージだったから、正直意外だ。でも、実家の車が似た感じなので、なんだか親近感がわく。
「あんまり古くてびっくりしました? そろそろ買い替え時なんですけど、なかなか気に入るのが見つからなくて」
ついじっと眺めてしまったのだろう。先生は先手を打ってそうおっしゃる。
「走ればいいと思いますし、丁寧に扱っておられますよね」
「一目惚れで。初めて自分で稼いだお金で買った車なので、愛着があって」
「一目惚れ?」
「ええ。シンプルで無駄のないデザインが好きなんです」
先生は助手席側を開錠し、ドアを開ける。
「どうぞ」
こんな風に丁寧に扱われたことがなかったので、少し立ちすくんでしまった。
「ああ、今時キーレスエントリーじゃないの、ちょっとびっくりしますよね」
「あ、いえ、実家の車もこのタイプなので、そこは」
失礼しますと言って私が助手席に座ると、先生も運転席側を開錠して乗り込んだ。
どこを見ていいのかわからない。
前を見ていると、フロントガラスやミラーに映る先生の顔がどうしても目に入ってしまうので、早々にやめた。これまで意識していなかったから忘れていたけれど、先生は端整な顔立ちをしているのだ。横を向いても、意外と睫毛が長いことに気づいたり、痩せて見えるけど首筋は結構がっしりしてるなあなんて思ってしまうし、ずっと足元を眺めているのもあんまりだろう。
行きついたのは手だった。
左手のギアチェンジがなんだか優雅で、見とれてしまう。そして、手そのものも。先生の手は、指が長く、とても綺麗な形をしている。爪もきちんと切りそろえられ、磨かれて、清潔な感じ。四十代半ばというのが信じられないほど肌理も細かく、私の手よりもよほどしっとりしていそうだ。でも、少しだけ筋張っていて、大きくて、やっぱり男の人の手だなと思う。
「珍しいですか? マニュアル」
「え」
「じっと見ておられるから」
「……マニュアルの操作、懐かしいなと思って」
先生の手に見とれていたことをごまかせたかどうかはわからない。けれど、不自然ではなかったと思う。たぶん。
けれど、彩ちゃんに変に煽られたものだから、なんだか三浦先生のことを妙に意識してしまう。
「申し訳ないです。急に言われても、困りますよね」
おそらく私はずいぶん長く黙ってしまったのだろう。三浦先生は苦笑しながら、そうおっしゃった。
「いえ、困っている訳では……」
「じゃあ、ぜひ。お付き合いいただけると嬉しいです」
考えてばかりで失敗してきたんだから、いいやもう。何も考えなくて。
「よろしくお願いします」
「よかった! じゃあ、ロシア料理の店でいいですか?」
「ロシア料理?」
「いろいろ食べたいのに、種類も量も多すぎて、一人だと食べきれない店があるんです」
「ぜひそこで」
私が返事をすると、すぐに先生は電話をかけた。件のロシア料理店なんだろう。二名で予約可能か訊ねている。
「じゃあ、行きましょう。少し遠いので、今から出てちょうどいいくらいです」
三浦先生と私は、研究室を出て、構内の駐車場に向かった。一台の車の前で先生は止まる。先生の車は結構古いタイプの庶民的な国産車だった。高級な外車に乗っていそうなイメージだったから、正直意外だ。でも、実家の車が似た感じなので、なんだか親近感がわく。
「あんまり古くてびっくりしました? そろそろ買い替え時なんですけど、なかなか気に入るのが見つからなくて」
ついじっと眺めてしまったのだろう。先生は先手を打ってそうおっしゃる。
「走ればいいと思いますし、丁寧に扱っておられますよね」
「一目惚れで。初めて自分で稼いだお金で買った車なので、愛着があって」
「一目惚れ?」
「ええ。シンプルで無駄のないデザインが好きなんです」
先生は助手席側を開錠し、ドアを開ける。
「どうぞ」
こんな風に丁寧に扱われたことがなかったので、少し立ちすくんでしまった。
「ああ、今時キーレスエントリーじゃないの、ちょっとびっくりしますよね」
「あ、いえ、実家の車もこのタイプなので、そこは」
失礼しますと言って私が助手席に座ると、先生も運転席側を開錠して乗り込んだ。
どこを見ていいのかわからない。
前を見ていると、フロントガラスやミラーに映る先生の顔がどうしても目に入ってしまうので、早々にやめた。これまで意識していなかったから忘れていたけれど、先生は端整な顔立ちをしているのだ。横を向いても、意外と睫毛が長いことに気づいたり、痩せて見えるけど首筋は結構がっしりしてるなあなんて思ってしまうし、ずっと足元を眺めているのもあんまりだろう。
行きついたのは手だった。
左手のギアチェンジがなんだか優雅で、見とれてしまう。そして、手そのものも。先生の手は、指が長く、とても綺麗な形をしている。爪もきちんと切りそろえられ、磨かれて、清潔な感じ。四十代半ばというのが信じられないほど肌理も細かく、私の手よりもよほどしっとりしていそうだ。でも、少しだけ筋張っていて、大きくて、やっぱり男の人の手だなと思う。
「珍しいですか? マニュアル」
「え」
「じっと見ておられるから」
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先生の手に見とれていたことをごまかせたかどうかはわからない。けれど、不自然ではなかったと思う。たぶん。
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