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本編・きっかけはどうでも
08 Track Up ②
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「今回目立った意見は『土日に開催してほしい』『夜に開催してほしい』というものでした」
水曜の午後に開催するなんて、常識的に考えておかしい。まあ、私はそれなら知り合いとは会わないだろうと踏んで行った訳だけど。そして今、こうしてバイトに雇われているのだから、人生わからない。
「大体予測はついていたんですけど、前回『みんなが土日休みな訳ではないので平日がいいです』というご意見があったので、今回は水曜に開催しました。おそらくもう実施しないと思いますけど。やるなら夜ですかねえ」
「予測できていたのに、わざわざ水曜に開催したんですか?」
「予測はあくまで予測で裏切られることもありますし、実績があれば実施しない理由もご説明しやすいので」
「企業の催し物みたい」
「そうです。生き残りをかけているので」
大学は、学校で、勉強を教えてくれるところ。
確かに、少子化の影響で新設の大学が潰れているという記事は、新聞で何度か見たことがある。でも、この大学は昔からあるから、生き残りなんて考えなくてもいいと思っていた。
「『国際』が頭につく学部学科は、おそらくどこもシビアに考えていると思いますよ。生き残り」
私の考えていることを見透かしたかのように、先生は言った。
「公開講座は地域との連携の一環としても行っています。実際、見に来てくださった方の所属する地元企業と学生で商品開発が決まったこともありました」
「偶然?」
「こちらからお話を持っていくこともありますけど、その時のケースは偶然ですね」
「セレンディピティ、みたいな?」
私の言葉に先生は一瞬目を見開いた。
「そうです! 面白い偶然もあったものですよね。覚えていてくださってたんですね、セレンディピティ」
嬉しそうに笑顔を浮かべられ、少し困る。単に新聞で読んだことがあったから、覚えていただけだ。
「先生のお話が、わかりやすかったので」
正直に答えるよりは角が立たないだろう、そう思って言葉を選んだ。コミュニケーション能力が低いなりに、三十年以上も生きていれば、それくらいはわかる。
「ああ、セレンディピティの話は以前の公開講座でも話したことがあるので」
「え? 先生の専門は、楔形文字ですよね?」
「はい」
「全然違うじゃないですか」
「でも、わかりやすいでしょう?」
先生があまりにもあっさり返してくるから、専門に対するプライドってものがないのかなと、失礼ながら思ってしまう。
「何回か担当してみて実感するんですけど、限られた時間で人を惹きつけるように話すには、やっぱりキャッチーな要素とわかりやすさが大切なんですよね」
「でも、専門とは違う……」
「専門と違う話をする機会は多いです。公開講座だけじゃなくて、授業やゼミでも。実際、今、僕の本当の専門分野を研究しているゼミ生はいないですし」
「そんなものなんですか?」
「ええ。みなさん『自分と関わりがあって』『役に立つ』『わかりやすい』ものがお好きなようなので、なるべく沿うようにしています」
先生は笑顔でそうおっしゃるけれど、私は言葉に何か含みを感じてしまった。
「でも私は、先生の本当の専門分野のお話を詳しく聞きたかったです。ネット検索すればわかるようなやつじゃなくて」
水曜の午後に開催するなんて、常識的に考えておかしい。まあ、私はそれなら知り合いとは会わないだろうと踏んで行った訳だけど。そして今、こうしてバイトに雇われているのだから、人生わからない。
「大体予測はついていたんですけど、前回『みんなが土日休みな訳ではないので平日がいいです』というご意見があったので、今回は水曜に開催しました。おそらくもう実施しないと思いますけど。やるなら夜ですかねえ」
「予測できていたのに、わざわざ水曜に開催したんですか?」
「予測はあくまで予測で裏切られることもありますし、実績があれば実施しない理由もご説明しやすいので」
「企業の催し物みたい」
「そうです。生き残りをかけているので」
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確かに、少子化の影響で新設の大学が潰れているという記事は、新聞で何度か見たことがある。でも、この大学は昔からあるから、生き残りなんて考えなくてもいいと思っていた。
「『国際』が頭につく学部学科は、おそらくどこもシビアに考えていると思いますよ。生き残り」
私の考えていることを見透かしたかのように、先生は言った。
「公開講座は地域との連携の一環としても行っています。実際、見に来てくださった方の所属する地元企業と学生で商品開発が決まったこともありました」
「偶然?」
「こちらからお話を持っていくこともありますけど、その時のケースは偶然ですね」
「セレンディピティ、みたいな?」
私の言葉に先生は一瞬目を見開いた。
「そうです! 面白い偶然もあったものですよね。覚えていてくださってたんですね、セレンディピティ」
嬉しそうに笑顔を浮かべられ、少し困る。単に新聞で読んだことがあったから、覚えていただけだ。
「先生のお話が、わかりやすかったので」
正直に答えるよりは角が立たないだろう、そう思って言葉を選んだ。コミュニケーション能力が低いなりに、三十年以上も生きていれば、それくらいはわかる。
「ああ、セレンディピティの話は以前の公開講座でも話したことがあるので」
「え? 先生の専門は、楔形文字ですよね?」
「はい」
「全然違うじゃないですか」
「でも、わかりやすいでしょう?」
先生があまりにもあっさり返してくるから、専門に対するプライドってものがないのかなと、失礼ながら思ってしまう。
「何回か担当してみて実感するんですけど、限られた時間で人を惹きつけるように話すには、やっぱりキャッチーな要素とわかりやすさが大切なんですよね」
「でも、専門とは違う……」
「専門と違う話をする機会は多いです。公開講座だけじゃなくて、授業やゼミでも。実際、今、僕の本当の専門分野を研究しているゼミ生はいないですし」
「そんなものなんですか?」
「ええ。みなさん『自分と関わりがあって』『役に立つ』『わかりやすい』ものがお好きなようなので、なるべく沿うようにしています」
先生は笑顔でそうおっしゃるけれど、私は言葉に何か含みを感じてしまった。
「でも私は、先生の本当の専門分野のお話を詳しく聞きたかったです。ネット検索すればわかるようなやつじゃなくて」
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