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本編・きっかけはどうでも
05 Pause ⑤
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「あの、バイトって、なんでしょうか」
肝心な話が始まらないので、こちらから問うてみる。私は無駄が嫌いだ。
「ああ、バイトのお話でしたね。高橋さん、事務処理はお得意ですか?」
「まあ、日常生活に困らない程度には」
「それはいいですね。お暇な日にお好きな時間でかまいませんから、書類整理やデータ入力のバイトをしてくださいませんか?」
なんだろう、その都合のいい話は。
「今、僕は全然手が回っていないんですけど、学生や院生には任せにくい処理もあって。学外には伝手がなくて困っていました」
「でも、私のこと、全然ご存じないですよね」
今日初めて会った人間を雇おうとするなんて、性善説も度が過ぎるだろう。こう言ってはなんだけど、大丈夫なのかな、この先生。
「高橋さんの従姉妹ということで身元は証明されていますし、先程のアンケートできっちりお仕事なさる方だと思いましたので。後はあなたがお引き受けくださるかどうかだけです」
そんな簡単に決めてしまっていいの? 悪徳業者に壺や印鑑を買わされたりしないだろうか。つい、そんなことを心配してしまう。
「私、先生の研究分野のこと、全く知らないですけど」
「僕の研究分野の知識はなくてかまわないですし、効率よく事務作業を行っていただければ問題ないです。お引き受けいただいた際のデメリットは、時給が安いということですね。うちの大学は規定がゆるくて、簡単な事務作業なら教員の裁量で誰を雇ってもいいのですけど、市の最低賃金を気持ち上回る金額しか出せないことになっているので」
きちんとデメリットも伝えるところに、私は好感を持った。まあ、そうそううまい話がある訳ない。
そんな話をしている間に、カバーをかけられたポットとケーキが運ばれてきた。
「砂時計?」
「砂が落ち切るまでお待ちください」
店員さんがそう言う。できあがった紅茶が運ばれてくるんじゃなくて、できあがる瞬間を待つのか。なんだか贅沢な感じ。
「先生は、何を頼まれたんですか?」
「僕はヌワラエリアを頼みました」
「ヌワ……?」
「ヌワラエリアはセイロンティーの一種です。僕はセイロンティーが好きなんですよね。ストレートで飲んでもいいし、濃くなったらミルクを入れると優しい味になりますし」
「はあ」
さっぱりわからない。コーヒー派だし。コーヒーも眠気覚ましに飲むだけだから、特に思い入れはないし。インスタントで済ますし。
砂時計が落ち切ったので、ポットのカバーを外し、カップに紅茶を注ぐ。湯気と一緒に果物を思わせる爽やかな香りがふっと立ちのぼってきた。
そのかぐわしさに、思わず動きを止めてしまう。よい香りを感じたのがひさしぶりだったのだと、後から気づいた。
いただきますと言って、カップをそっと口に運ぶ。
肝心な話が始まらないので、こちらから問うてみる。私は無駄が嫌いだ。
「ああ、バイトのお話でしたね。高橋さん、事務処理はお得意ですか?」
「まあ、日常生活に困らない程度には」
「それはいいですね。お暇な日にお好きな時間でかまいませんから、書類整理やデータ入力のバイトをしてくださいませんか?」
なんだろう、その都合のいい話は。
「今、僕は全然手が回っていないんですけど、学生や院生には任せにくい処理もあって。学外には伝手がなくて困っていました」
「でも、私のこと、全然ご存じないですよね」
今日初めて会った人間を雇おうとするなんて、性善説も度が過ぎるだろう。こう言ってはなんだけど、大丈夫なのかな、この先生。
「高橋さんの従姉妹ということで身元は証明されていますし、先程のアンケートできっちりお仕事なさる方だと思いましたので。後はあなたがお引き受けくださるかどうかだけです」
そんな簡単に決めてしまっていいの? 悪徳業者に壺や印鑑を買わされたりしないだろうか。つい、そんなことを心配してしまう。
「私、先生の研究分野のこと、全く知らないですけど」
「僕の研究分野の知識はなくてかまわないですし、効率よく事務作業を行っていただければ問題ないです。お引き受けいただいた際のデメリットは、時給が安いということですね。うちの大学は規定がゆるくて、簡単な事務作業なら教員の裁量で誰を雇ってもいいのですけど、市の最低賃金を気持ち上回る金額しか出せないことになっているので」
きちんとデメリットも伝えるところに、私は好感を持った。まあ、そうそううまい話がある訳ない。
そんな話をしている間に、カバーをかけられたポットとケーキが運ばれてきた。
「砂時計?」
「砂が落ち切るまでお待ちください」
店員さんがそう言う。できあがった紅茶が運ばれてくるんじゃなくて、できあがる瞬間を待つのか。なんだか贅沢な感じ。
「先生は、何を頼まれたんですか?」
「僕はヌワラエリアを頼みました」
「ヌワ……?」
「ヌワラエリアはセイロンティーの一種です。僕はセイロンティーが好きなんですよね。ストレートで飲んでもいいし、濃くなったらミルクを入れると優しい味になりますし」
「はあ」
さっぱりわからない。コーヒー派だし。コーヒーも眠気覚ましに飲むだけだから、特に思い入れはないし。インスタントで済ますし。
砂時計が落ち切ったので、ポットのカバーを外し、カップに紅茶を注ぐ。湯気と一緒に果物を思わせる爽やかな香りがふっと立ちのぼってきた。
そのかぐわしさに、思わず動きを止めてしまう。よい香りを感じたのがひさしぶりだったのだと、後から気づいた。
いただきますと言って、カップをそっと口に運ぶ。
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