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本編・きっかけはどうでも
01 Pause ①
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暇であることの苦痛を実感したのは、無職になってすぐのことだった。働いていた頃はあんなに暇が欲しいと熱望していたのに。
「楔形文字……?」
思わず声に出してしまう。
毎朝、私は新聞を読む。これは社会人になった時からの習慣だ。視野を広く持ちたいし、時事問題にも関心を持たなければならないと思っていたから。
新聞取るの、もう、やめちゃおうかなあ。お金も馬鹿にならないし。
無職になってから、何度そうつぶやいただろう。でも、ここで購読を止めてしまうと社会復帰できないような気がして、行動には移せずにいた。
淡い、でも確実な、社会とのつながり。
紙に印刷されているからだろうか。テレビやネットとは違う、何かがある気がして。
社会面を見終わった後、ふと目についた広告があった。
「楔形文字で書かれた世界で二番目に古い法典」というタイトル。どこのラノベかと思ってしまった。
「公開講座かあ」
近所の私立大学で開催されるらしい。事前申し込みや入場資格は特になし。平日の午後だけど、現在無職の私には問題ない。しかも徒歩圏内で無料。行ける条件が揃っていた。
私にとって、どうでもいいもの。
それはひそかな判断基準だった。実生活とはおよそ関係ないという点がよかった。下手に有益だったり、元々の興味関心が高いものだと、現実を思い出してしまうから。
気晴らしに、今まで縁のなかった分野にふれてみるのも、悪くないかもしれない。暇だし。それが足を運んだきっかけだった。
「律ちゃん?」
人から声を掛けられるとは思ってもなかったので、つい、眉をひそめてしまう。平日だから誰にも会わないと、高を括っていた。
「やっぱり律ちゃんだ!」
しぶしぶ声の方を見ると、従姉妹の彩ちゃんだった。そういえば、この大学に通っていると、聞いたような気がする。
「……ひさしぶり」
「今日、お仕事は? お休み?」
「辞めた。今、無職」
「そうなの?」
親戚には両親が告げたかと思っていたのに。普段、従姉妹と連絡なんか取っていないから、私の現状を知っているかどうかなんてわからない。言わなきゃよかったかな。
「うん。暇だったから来た」
「律ちゃん、なんか、ものすごく忙しそうだったもんね。少しゆっくりしたらいいよね!」
彩ちゃんは微笑む。一回りも年下の子に、気を遣わせてしまった。
「今日の公開講座、私のゼミの先生が担当なんだ。優しくて素敵な先生なんだよ!」
「へえ……」
大学の先生なんだから、きちんと教えてくれさえすれば、あとはどうでもいいよ。そんな身も蓋もないことを考えているうちに、チャイムが鳴った。壁の時計を見ると、14時55分。講座の開始時刻だ。
「楔形文字……?」
思わず声に出してしまう。
毎朝、私は新聞を読む。これは社会人になった時からの習慣だ。視野を広く持ちたいし、時事問題にも関心を持たなければならないと思っていたから。
新聞取るの、もう、やめちゃおうかなあ。お金も馬鹿にならないし。
無職になってから、何度そうつぶやいただろう。でも、ここで購読を止めてしまうと社会復帰できないような気がして、行動には移せずにいた。
淡い、でも確実な、社会とのつながり。
紙に印刷されているからだろうか。テレビやネットとは違う、何かがある気がして。
社会面を見終わった後、ふと目についた広告があった。
「楔形文字で書かれた世界で二番目に古い法典」というタイトル。どこのラノベかと思ってしまった。
「公開講座かあ」
近所の私立大学で開催されるらしい。事前申し込みや入場資格は特になし。平日の午後だけど、現在無職の私には問題ない。しかも徒歩圏内で無料。行ける条件が揃っていた。
私にとって、どうでもいいもの。
それはひそかな判断基準だった。実生活とはおよそ関係ないという点がよかった。下手に有益だったり、元々の興味関心が高いものだと、現実を思い出してしまうから。
気晴らしに、今まで縁のなかった分野にふれてみるのも、悪くないかもしれない。暇だし。それが足を運んだきっかけだった。
「律ちゃん?」
人から声を掛けられるとは思ってもなかったので、つい、眉をひそめてしまう。平日だから誰にも会わないと、高を括っていた。
「やっぱり律ちゃんだ!」
しぶしぶ声の方を見ると、従姉妹の彩ちゃんだった。そういえば、この大学に通っていると、聞いたような気がする。
「……ひさしぶり」
「今日、お仕事は? お休み?」
「辞めた。今、無職」
「そうなの?」
親戚には両親が告げたかと思っていたのに。普段、従姉妹と連絡なんか取っていないから、私の現状を知っているかどうかなんてわからない。言わなきゃよかったかな。
「うん。暇だったから来た」
「律ちゃん、なんか、ものすごく忙しそうだったもんね。少しゆっくりしたらいいよね!」
彩ちゃんは微笑む。一回りも年下の子に、気を遣わせてしまった。
「今日の公開講座、私のゼミの先生が担当なんだ。優しくて素敵な先生なんだよ!」
「へえ……」
大学の先生なんだから、きちんと教えてくれさえすれば、あとはどうでもいいよ。そんな身も蓋もないことを考えているうちに、チャイムが鳴った。壁の時計を見ると、14時55分。講座の開始時刻だ。
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