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本編・取り違えと運命の人
094 リカルド日記(抜粋) ②
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○月×日
夕飯の時に父ちゃんが「明後日母ちゃんが帰ってくる」と言った。
母ちゃんは入院していて、日に日に弱っていくように見えていた。気のせいでよくなってたんだ! と退院できることを喜ぶと、父ちゃんは首を振った。
「あと三か月くらいしかもたないんだそうだ」。お医者さんからそう聞いて、父ちゃんと母ちゃんはできる限り家で一緒に過ごすことを決めたんだって。
目の前が真っ暗になった気がした。
「わかった。母ちゃんが少しでも楽しく幸せに過ごせるように、俺、がんばるから」
男にはがんばらなければならない時があると父ちゃんはよく言う。今がその時のような気がして、決意を込めてそう答えた。
父ちゃんは黙ってうなずいてくれた。
○月×日
寝床の母ちゃんから呼ばれた。
「リカルドにこれをあげます」
差し出された小さな箱を開けてみると、宝石の付いた綺麗な指輪が入っていた。
「お父さんの家に、代々受け継がれている指輪なんですって。結婚して一年経った時にもらったの」
「結婚した時じゃなくて? なんで一年?」
「一年一緒に過ごして大丈夫なら渡すように、と言い伝えられているそうよ。お父さん、私にこれをくれる時、『俺は会ったその日に渡したかったんだからな!』って言ってくれて、笑っちゃったわ」
母ちゃんが一生を共にする相手だって一目でわかったんだろうけど、きちんとしきたりは守ったんだ。父ちゃんらしい。
「お父さんは神託の相手が私に決まった時にもらったそうだけど、私がこれを持てる時間はあとわずかだから、リカルドに託しておきます。いつか出会う、大切な人にあげなさい」
「母ちゃん……」
そんなこと言わないで。
「リカルド、そんなに泣き虫じゃないでしょ?」
母ちゃんは笑顔で俺をなでて、いつまでも抱きしめてくれていた。
○月×日
バタバタしていてそれどころではなかったのもあるけれど、なかなか日記を書く勇気が出なかった。認めたくなかったんだと思う。かなり気落ちしていた父ちゃんも、ようやく現場に復帰して、がんばってる。「お前がやりたいことを精一杯応援するって、母ちゃんと約束したからな」と父ちゃんは笑う。無理して笑わなくていいのに。先生にやっぱり勉強を見てもらいたいとお願いすると「もちろんだ。一緒にがんばろう」と言ってくれた。
○月×日
先生と放課後に勉強を始めて三年ほど経ち、内容はとても興味深いけれど、ちょっと疑問がわいてきた。上級学校に首尾よく受かったとして、卒業までに最低でも四年かかる。奨学金とか免除制度も先生はいろいろ教えてくれたけど、どうしてもある程度金がかかるし、学校に通っている間に稼げる金もたかが知れている。
幸い俺のやりたいことは技術と資格が勝負なので、上級学校に通っても通わなくても、その先にそこまで影響はないはずだ。俺が進学を考えたのは、技術を身につけたり資格を取って、より現場で役立ちたかったからというだけなのだ。
「進学をやめて、働きながら資格を取りたい?」
「父を見ていると、実際働きながらでは、大変だとわかるんですけど。俺、なるべく早く働き始めて、父に楽をさせてやりたいんです」
父ちゃんはずっと働きづめで、自分の楽しみなんか一つもなかったと思う。
「ずっと放課後つぶして見ていただいていたのに、申し訳ありません」
そのことだけがとても悪く思えて、先生に謝った。
「それはいいんだ。私は生徒の希望する道が閉ざされないように協力したかっただけだし、リカルドはとても教えがいのある生徒だったよ」。
その日、先生は初めてご自身の思い出を少しだけ話してくれた。
先生よりも頭のよかった同級生が、親の借金のせいで進学できず、職も転々とせざるを得なかったこと。先生ご自身も経済的に恵まれなくて、働きながら夜学で教員の資格を取ったこと。
「リカルドの未来が幸せであるように、願っているからね」
先生の言葉に、目頭が熱くなった。
夕飯の時に父ちゃんが「明後日母ちゃんが帰ってくる」と言った。
母ちゃんは入院していて、日に日に弱っていくように見えていた。気のせいでよくなってたんだ! と退院できることを喜ぶと、父ちゃんは首を振った。
「あと三か月くらいしかもたないんだそうだ」。お医者さんからそう聞いて、父ちゃんと母ちゃんはできる限り家で一緒に過ごすことを決めたんだって。
目の前が真っ暗になった気がした。
「わかった。母ちゃんが少しでも楽しく幸せに過ごせるように、俺、がんばるから」
男にはがんばらなければならない時があると父ちゃんはよく言う。今がその時のような気がして、決意を込めてそう答えた。
父ちゃんは黙ってうなずいてくれた。
○月×日
寝床の母ちゃんから呼ばれた。
「リカルドにこれをあげます」
差し出された小さな箱を開けてみると、宝石の付いた綺麗な指輪が入っていた。
「お父さんの家に、代々受け継がれている指輪なんですって。結婚して一年経った時にもらったの」
「結婚した時じゃなくて? なんで一年?」
「一年一緒に過ごして大丈夫なら渡すように、と言い伝えられているそうよ。お父さん、私にこれをくれる時、『俺は会ったその日に渡したかったんだからな!』って言ってくれて、笑っちゃったわ」
母ちゃんが一生を共にする相手だって一目でわかったんだろうけど、きちんとしきたりは守ったんだ。父ちゃんらしい。
「お父さんは神託の相手が私に決まった時にもらったそうだけど、私がこれを持てる時間はあとわずかだから、リカルドに託しておきます。いつか出会う、大切な人にあげなさい」
「母ちゃん……」
そんなこと言わないで。
「リカルド、そんなに泣き虫じゃないでしょ?」
母ちゃんは笑顔で俺をなでて、いつまでも抱きしめてくれていた。
○月×日
バタバタしていてそれどころではなかったのもあるけれど、なかなか日記を書く勇気が出なかった。認めたくなかったんだと思う。かなり気落ちしていた父ちゃんも、ようやく現場に復帰して、がんばってる。「お前がやりたいことを精一杯応援するって、母ちゃんと約束したからな」と父ちゃんは笑う。無理して笑わなくていいのに。先生にやっぱり勉強を見てもらいたいとお願いすると「もちろんだ。一緒にがんばろう」と言ってくれた。
○月×日
先生と放課後に勉強を始めて三年ほど経ち、内容はとても興味深いけれど、ちょっと疑問がわいてきた。上級学校に首尾よく受かったとして、卒業までに最低でも四年かかる。奨学金とか免除制度も先生はいろいろ教えてくれたけど、どうしてもある程度金がかかるし、学校に通っている間に稼げる金もたかが知れている。
幸い俺のやりたいことは技術と資格が勝負なので、上級学校に通っても通わなくても、その先にそこまで影響はないはずだ。俺が進学を考えたのは、技術を身につけたり資格を取って、より現場で役立ちたかったからというだけなのだ。
「進学をやめて、働きながら資格を取りたい?」
「父を見ていると、実際働きながらでは、大変だとわかるんですけど。俺、なるべく早く働き始めて、父に楽をさせてやりたいんです」
父ちゃんはずっと働きづめで、自分の楽しみなんか一つもなかったと思う。
「ずっと放課後つぶして見ていただいていたのに、申し訳ありません」
そのことだけがとても悪く思えて、先生に謝った。
「それはいいんだ。私は生徒の希望する道が閉ざされないように協力したかっただけだし、リカルドはとても教えがいのある生徒だったよ」。
その日、先生は初めてご自身の思い出を少しだけ話してくれた。
先生よりも頭のよかった同級生が、親の借金のせいで進学できず、職も転々とせざるを得なかったこと。先生ご自身も経済的に恵まれなくて、働きながら夜学で教員の資格を取ったこと。
「リカルドの未来が幸せであるように、願っているからね」
先生の言葉に、目頭が熱くなった。
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