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quinque

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 写真部の部室を訪ねると、石田は気怠そうに煙草を吸っていた。

「どうした」
「彼と別れた」
「そうか」
「彼と一緒にいたら間違いないのに」
「そうだろうな」

 石田はしばらく黙って煙草の火を見つめ、灰皿に押しつけ、消した。

「石田と一緒にいると、ずっと隠そうとしていた部分を、剥き出しにされる」
「そうか」
「嫌なところばかり出てくる」
「そうか」
「いつも笑顔で、感じのいい人でいたいのに」

 私の言葉に、石田はやっぱり淡々と返す。

「俺は、人間がいつも笑顔でいられるとは、思わない。一人では抱えきれない感情だって、あるだろう」

 誰だって感じのいい人が好きだ。感情をぶつけられたって困るだけだ。自分の機嫌は自分で取らなきゃ。
 私のそんながんばりを、石田は無意味にしてしまう。今までは私を否定されているように感じていた。

「あんたなんか嫌い」
「そうか」
「嫌い、大嫌い」

 石田は眉をひそめている。それはそうだろう。私は石田に抱きつきながらそう言った。

「でも、笑ってる私に『あなたは泣いてもいい』って言ってくれたのは、石田だけなの……」

 がんばりは無意味だ。だって、泣いてもいい。いつも笑っていなければならない訳じゃない。

 石田は私の顎を少し上げ、唇を奪った。
 一度もしようとしなかったくちづけ。石田の唇は乾いていて、ほんの少し冷たい。

「あの夜は、しなかったくせに」
「遊女は身体を許しても唇は許さないっていうし」
「なにそれ」

 石田の言葉はやっぱり意味がわからない。

「倉橋が俺に本気になったら、しようと思った」
「そんなことを思いながら、セックスはしたんだ」
「機会を逃したくなかった。手段を選んでいる間に機会を逃すのが、一番駄目だ」

 不意に抱きしめられた。煙草の香りになんだか安心する。
 私は溢れる感情を抑えることができない。もう、抑える必要もない。

 石田の部屋に行き、交わった。やっぱり石田はそんなに上手くはなくて、達することはなかったけれど、熟睡できた。



 ◎



 石田と一緒にいるようになってから、私の周囲の人間はがらりと入れ替わった。
 風通しがよくなった、というのは失礼な言い方かもしれない。でも、「品行方正ないい子」を求めている人は去り、馬鹿でわがままで臆病な私と遊んでくれる人だけが残った。

 ひどいことをした人間は、ひどい目に合わなければならない。ずっとそう思っていた。
 私はひどい目には合っていない。まだ。でも、はっきり目に見える罰が下されたら、きっと、もっと楽だったろうとも思う。

 全てが許される訳ではない。やってはいけないことはある。でも、追い詰められると理屈では割り切れないことをしかねない。私は、やってはいけないことをしないと、そのことに気づけなかった。本当に、ひどい話だ。
 でも、今、なぜか、人から寛容だと言われることが増えている。以前の方が全てを許容していたはずなのに。

「人の恋愛にどうこう言えないよ。恋は理不尽なものだし」

 恋人を捨てた私に、友達が言う。

「最近の髪型と服、すごく似合ってていきいきして見える。私は今の百合香が好きだよ」

 今の私。長かった髪をショートにし、明るめの茶色に染めた。くっきりしたラインのカラフルなメイク。品のいい清楚な服をやめて、ジーンズにビビッドな色使いのカジュアルなトップスを合わせている。外見を変えてから、毎日が楽しい。以前は服の選択が楽しいなんて思ったことはなかった。

「あとは写真かな」
「写真?」
「石田くんが撮る百合香、すごく表情がいいんだよね。あれは単に技術の問題だけじゃない気がした。よく言うじゃん、好きな人が撮る時、モデルは一番いい顔するって」

 思い当たる節があり、なんだか恥ずかしくなる。



「撮る側も、なんでも上手く撮れる訳じゃない」

 石田はぼそりと言う。

「得意不得意はあるだろうけど、そういうのを減らさないと、プロにはなれないんじゃないの?」

 石田はぐぬぬとでも言いたげな表情になった。意外と表情動く。

 石田の部屋には結構いろいろな雑誌が置かれている。本人の趣味ではなくリサーチ用らしいので、男性誌も女性誌もある。ネット記事じゃ駄目らしい。本当に面倒な男だ。

 男性誌を読んでみる。セックスのハウツー記事に、かつての恋人が攻めてきていた箇所と言葉攻めがそのまま載っていて、笑ってしまった。定番だったのか。彼は彼で、私を喜ばせようと、必死だったのかもしれない。

 エロマンガ雑誌もある。こっちは石田の趣味だと思う。雰囲気よりも俗な男だ。パラパラ眺める。直截的なのにドリーム満載だ。絶対にありえないから、一周回って面白い。
 石田の背中に向かって語りかける。

「これ、言ったげようか。『おちんぽみるくちょうだーい』って」
「……いや、いい。実物に言われたら、たぶん萎える」

 間があった。今度言ってみよう。ハートマークがついていそうな甘い声で。フェラも、そういうのはいいって言っていたのに、不意打ちでやったら、気に入られたし。面倒な男だ。ある意味チョロいけど。

「石田」

 石田が振り向いたので、んーっと言いながらキスをする。色気も何もない。でも、心地いい。

「したくなっちゃった。しよ」



 あわただしく服を脱ぎ、ベッドで身体を重ねる。放り投げた服は、ぐちゃぐちゃで無秩序。でもそんなことはどうだっていい。大事なのは私と石田の身体だけ。

「あ……石田、気持ちいい」
「そりゃ、ユリカと何回も、したし」

 上手くなかったのも道理で。石田は私が初めてだった。最初は夢中すぎて、反応見るどころじゃなかったと言われた。

 石田は少しずつ少しずつ私を探っていった。金脈を掘り進める鉱夫のように。私の顔を見て、息使いを聞いて、思わず震わせる身体を感じて。
 行為の最中、石田はたくさんキスを落としてくる。あの日、全然しなかったのが嘘みたいに、何度も、何度も。唇だけじゃなく、身体中に。

 私は石田とのセックスがとても好きだ。決定的な快感を得たことはないけれど、身体が解けていくようで、他のものでは得られない充足感を味わえて、いつも熟睡してしまう。

 今日は石田がすごく気持ちよさそうで、嬉しくて、もっと私の中に受け入れたいと思った。膣が蠕動して石田のペニスを奥まで引き入れてしまう。

「もっと奥まで……きて」

 つい、言葉が漏れた。ありきたりな台詞。夢中になっている時、難しいことなんか言えない。
 石田のものが私の最奥をいつもより強く突いて。

「あっ……!」

 思わず声が出た。電流が走ったような、衝撃的な快感。頭が真っ白になって、飛ばされるような感覚。名残を惜しむように、膣がきゅんきゅんと石田のペニスを締めつけている。
 きっと私は今、とてもだらしない顔をしていると思う。だって、オーガズムを得たのがひさしぶりで、不意打ちで、ものすごく気持ちよくて、なによりも相手が石田で。

 別にそんなのもういいと思っていたのに、いざ快感を得てしまったら、嬉しくて、なんだか無性に恥ずかしくて、石田の顔を見られない。
 胸に顔をうずめると、石田は何かぼそりとつぶやき、私をぎゅうっと抱きしめてきた。

「苦しいって……」

 あまりにも強く抱きしめられるので、顔を上げる。そっと、触れるだけのキスをされた。唇が離れると、石田は今まで見たことのない、私を愛おしむような優しい目をしていて。
 なぜかこぼれてしまった涙を、私はしばらく止めることができなかった。
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