【R18】あなたは泣いてもいい

テキイチ

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 男が求める女は、昼は淑女で夜は娼婦。そんな言葉を聞いたのはどこでだっただろう。

 恋人はいつも私の身体を蕩かしてくれる。
 鎖骨にキスを落とし、乳輪をゆっくり指でなぞり、乳首をそっとしゃぶり、クリトリスを舌で丁寧に攻める。指をそっと差し入れられただけで、愛液がおしりまで垂れた。私の中はもうぐずぐずだ。でも恋人は、簡単には挿れてくれない。

「ねえ……」
「ん? 何?」

 わかっているくせに。恋人は必ず聞き返してくる。

「ほら、約束したよね? ちゃんと言うって」

 私はもう中に欲しくてたまらなくなっているので、おねだりすることにする。最初はすごく抵抗があったけど、慣れた。

「おねがぁい……おちんちん、おまんこにいれてぇ……」
「よくできました」

 恋人はにっこり笑むと、ようやく私の中に剛直を突き立ててくれる。圧倒的な質量に、あぁ、と思わず声が漏れる。

「ごほうび、だよ」

「あっ! あぁん! そこはだめぇ……!」
「駄目って言うところは、いいって知ってるよ、百合香ゆりかちゃん」

 その通り。恋人が見つけてくれた。

「あーっ! だ、だめなのぉ……!」
「いいんだよ。本能なんだから」
「あっ! あぁっ! イキたい……イキたいの……っ! お願い、イカせて……奥、突いてぇ……!」

 恋人はくすくす笑いながら軽く抜き差しする。でも、肝心の奥は突かないように。

「すっかり覚えちゃって。俺と出会うまでは処女だったのにね?」
「や、やだぁ……」
「何も知らなかった百合香ちゃんを、俺が、女にした」

 恋人は唇の端を上げ、今度こそ容赦なく最奥を突き上げる。求めていた刺激に、思わず身体が反る。

「イクぅ……!」

 イク時はちゃんと言おうね、と教え込まれたから、きちんと声に出して申告する。その間に身体は快楽の坩堝るつぼへと堕とされていて、私の中はひくひくと蠢いている。

「上手にイケたね」

 事後、愛おしそうに頭を撫でてくれる恋人に対して、私は恥じらいを滲ませた笑みを浮かべることができているだろうか。
 できているのだろう。恋人は嬉しそうな顔をしている。

 彼は私の初めての恋人で、キスもセックスもオーガズムも、全て教えられた。何度も、丁寧に、上手くできたら褒められて。
 恋人は私の弱いところを覚えてくれたから、いつもきっちり攻めてくれる。

 裕福な家庭に育って、整った顔立ちをしていて、安定した企業に内定していて、優しく誠実で、私だけを愛している。完璧な恋人。

 あまりにも完璧すぎて、たまに、窒息しそうになる。



 ◎



 淡い色調の女の子らしい上品な服装。髪は艶やかな黒のストレートロング。ナチュラルで透明感のあるメイク。
 私はそういう格好をする。ウケがいいから。モテるか否かではない。老若男女問わず好感度の高い格好を追求したら、自然とこうなった。
 好感度は高い方が、人生が容易だ。他者から嫌われ、面倒な状況に陥っている人間を目にするたびに、用心深く行動しなければいけないと思った。私はそんな風にはならない。絶対に。

 人の言葉は、笑顔で肯定的に流す。下手なことは言わない。出る杭は打たれる。誰に対しても深入りしないようにする。
 否定的な目で見られないようにして、敵を作らなければ、大抵の人には受け入れられる。全員に好かれることはありえないからそれでいい。私の戦略は、概ね成功していた。
 でも、たまに、その戦略が無意味な人間もいる。

 石田いしだとは入学時に振り分けられたゼミで一年間一緒だった。
 初回の自己紹介で名前を言った時、真正面に座っていた石田の口が動いた気がした。ユリカ、と。なぜかそれが妙に印象に残って。
 ゼミが終わり、次の教室に向かっている途中、ペンケースを忘れたことに気づいた。急いで戻ると、石田がまだ部屋にいたのだ。
 目が合ったので、気になったことを訊ねた。

『石田くん、私の名前、どうかした?』

 石田はしばらく黙っていた。面倒なことを訊ねるんじゃなかった。こちらから問いかけた手前、動けない。次の講義の時間が迫っているのに。

『ユリカって、エネルギッシュな名前だなと思って』

 少し平坦な発音。今まで上品で優雅な雰囲気の名前だと言われることが多かったから、なんだか妙な気分になった。

『エネルギッシュ?』
『アルキメデスだろ。Eureka』

 Eureka! Eureka! ――わかったぞ!
 たしか、アルキメデスが計算方法を思いついた時に叫んだ言葉だ。お風呂で思いついて、そのまま裸で走り出すなんて、馬鹿げている。

『知的な連想をしてもらえて、光栄』

 私はそう言ってにっこり微笑んだ。はずだ。そうすれば、一番早くその場を去れると思ったから。石田はなんだか眉をひそめていたような気がするけれど。

 石田は別に攻撃的な訳ではない。言葉数も多くはない。ただ、鋭い目つきがなんだか少し怖かった。全てを見透かされているような気がして。

 その日の飲み会も、一年時のゼミのメンバーとだった。三年になって就職活動をどうしているか、そんな話をした。
 実家の近くで就職したいという人もいれば、公務員を目指してダブルスクールで専門学校にも通っているという人もいれば、大学院に行って資格を取りつつ時間稼ぎをするという人もいた。

 私は金融関係を第一志望にしていると伝えた。倉橋くらはしさんはきちんとしているから合ってる、とほとんどの人に言われた。
 自分の専攻で専門家になれるとは思っていない。才能がないし、貴重な新卒カードは有効に使わなければならない。

 九時過ぎに一次会が終わり、二次会に行く人と帰る人に分かれた。
 私は明日予定があるからと言って帰ることにする。一次会は人間関係を保つために参加するけど、二次会まで気を配ってはいられない。

 セーブした気でいたけど、少し飲み過ぎたようだ。足元がふらつく。ヒールの高い靴なんか、履いてくるんじゃなかった。少し靴擦れもしていて、両足の小指とアキレス腱のあたりが痛い。

「あ!」

 痛みに気を取られたせいで、足を滑らせた。少し暗いところでよかった。誰にも見られていない。
 立ち上がろうとして、右足に激痛が走る。まずい。バス停まで辿り着けないかもしれない。恋人に連絡を取ろうとバッグから電話を出そうとして、自室に忘れてきたことに気づいた。
 忘れ物をし始めたら末期。

 私はなぜ電話を忘れてきてしまったのだろう。電話さえ持っていたら、恋人に連絡して迎えに来てもらえたのに。
 その時はそう思ったけれど、今になってみると、自信がない。当時、恋人は忙しそうだったから、迷惑をかけてはいけないと考えた気もする。

「どうした、倉橋」

 地獄に仏、なのかもしれないが、あまり聞きたくなかった声だ。

「足、痛めたのか?」

 石田は、唯一、私の志望に頷かなかった。そして、今日の飲み会で、一番現実味のないことを言った。
 俺はカメラマンになりたいから、バイトして金を貯めてる。

「少し足捻っちゃって。でも大丈夫」

 そう言って笑顔を浮かべると、石田は渋い顔をした。

「笑いたくないなら、笑わなくていい」

 人が気を遣って笑顔を浮かべてあげているのに。
 笑顔をいる? 普段出てこない思考が脳裏をかすめて、焦る。

「そっちの方がいい。自然で」

 むっとしたのが顔に出たのだろうか。思わず頬に手を当てる。
 石田といると、なんだか調子が狂う。

「俺ん家、すぐそこだから」
「え?」
「来るか?」

 言質を取るためだろう、石田はそう訊ねた。だから、無理矢理連れ込まれたのではない。
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