チャラ男がマジ恋した結果

白水廉

文字の大きさ
上 下
3 / 9

第3話 久々に覚えた恋心

しおりを挟む
 翌日。

 仕事を終え、会社から出た雫はスマホを確認した。
 するとLIMEの通知が一件。

『わりい、仕事バタついてるから今日は辞めとくわ。また明日な』

 拓也からだ。

(そうかぁ。仕方ない、今日は一人で行くか)

 雫は仕事終わりにクラブへ行くことが習慣になっていた。あの爆音を聞かないと落ち着かない身体になってしまったのだ。
 ゆえに何か用事がない限り、平日はほとんどクラブに足を運んでいる。ソロで行くことも珍しくはない。

『わかった、仕事頑張ってな。じゃまた明日』

 そうチャットを送ってから、雫は電車に乗って繁華街へと移動した。

 そうしていつものコンビニに向かう道中、雫は隣にある居酒屋の前で足を止めた。

(そういえばあの娘、居るかな……)

 昨日、家に帰った後もタヌキ顔の女性店員のことが頭から離れなかった。
 なぜかはわからないが、無性に気になる。

 その思いが居酒屋を見た瞬間、さらに大きく膨れ上がった。

 一人の時、食事は普段コンビニのおにぎりやサンドイッチで済ませる。
 だが、今日は居酒屋で食べることにした。

「いらっしゃいませ! お一人様でよろしいですか?」
「あ、はい。一人です」

 出迎えてくれたのは、昨日とはまた違う男性の店員だった。
 答えつつ、店内を見渡してみるも、あの女性店員は見当たらない。

「では、こちらへどうぞ!」

 案内されたカウンター席に腰を下ろし、雫は注文を伝えた。

「はぁ……」

 大きな溜め息がこぼれる。

 こんなにも、ガッカリとした気持ちを味わったのはいつ以来だろうか。ナンパした女性とヤれそうでヤれなかった時ですら、ここまで落胆らくたんしたことはないというのに。

「お待たせしました! 先に生ビールとお通しをお持ちしました」
「ありがとうございます……」

 雫は溜め息をもう一つ吐いてから、ビールを喉へと流し込む。
 心なしか、いつもよりも飲みっぷりがいい。

(まあいいや。さっさと飯食ってクラブ行こ)

 後から運ばれてきた、天ぷらとだし巻き卵を腹に入れた雫は席を立つ。
 それから会計を済ませるため、入口のレジに向かって歩いていると、

「――きゃっ!」

 横から強い衝撃と水で濡れたような感覚を覚えた。

 瞬間、先ほどまで自身が飲んでいた液体と同じ香りが漂う。ビールをぶっかけられてしまったことは一瞬でわかった。

(……最悪だ)

「あっ……ああっ! も、申し訳ございませんっ! あ、あの……」

 今にも泣き出しそうな女性の声が耳に届く。

 当たり前ではあるが、わざとではなさそうだ。誰にでも失敗はある。
 
 その考えから雫に責める気はなかった。
 見た目だけではなく心もイケメン、それが有村零という男である。

「ああ、別に大丈夫で――」

 言いながら女性のほうを向いた雫は、途中で言葉を失う。
 ぶつかってきたのは、昨日見たタヌキ顔の女性店員だった。

「す、すぐにタオルをお持てぃ、お持ちします!」

 その女性は慌てて厨房の中に入っていく。その様を雫は呆然としながら目で追っていた。

 ひと呼吸おき、厨房から出てきた彼女を見て、胸がドキッと跳ねる。
 走って近づいてくる度、胸の鼓動が激しくなる。

「す、すみません! 申し訳ございません! 本当にごめんなさい……」

 女性は動揺した様子でそう言いながら、持ってきたタオルで雫の衣服を一生懸命に拭いた。
 それを見ていた雫の心臓はもはや爆発しそうなほど、強く脈打っていた。

「お、お客様っ! 本当に、本当に申し訳ございませんっ!」

 不意に聞こえてきた男性の声に反応し、雫は視線を上げる。
 そこに居たのは中年の男性。こちらに向かって何度も頭を下げてきていた。

 それを見て、雫はハッと我に返る。

「……あ、あの。だ、大丈夫です。気にしてないです、から」

 無理やりひねり出すようにして、雫は言葉を紡いだ。

「本当に申し訳ございません! 本日のご飲食代はもちろん頂きません。クリーニング代もお渡ししますので、どうかっ!」
「も、申し訳ございませんっ!」

 しかし、焦りからか、雫の言葉は二人の耳に届いていない様子。

 雫は一度大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと口を動かした。

「あの、本当に大丈夫なので気にしないでください。服も安物ですし」
「し、しかし……」

 本人が大丈夫だと言っているのに、中年の男性は引こうとしない。

(このままだとかえって気を遣わせそうだな……)

「じゃあ、今日の代金だけ甘えさせてください。クリーニング代は結構なので!」
「は、はい! もちろんですっ! いくらでも飲んで食べていってください!!」
「いや、もうお腹いっぱいなので帰ります……。それじゃあ、また来ますね!」
「「本当に申し訳ございませんでしたっ!」」

 雫は二人からの謝罪の言葉を浴びながら、店から出た。
 そこで緊張の糸がほぐれたように、ふーっと大きく息を吐く。

 その頃には、自身の気持ちを言葉で表せるようになっていた。

(人を好きになるのは久しぶりだな。しかも一目惚れで、か)

 本気で人を好きになったのは高校生の時が最後だったか。
 女性とのまぐわり方を覚えてからというもの、雫は恋心なんてものはすっかり忘れていた。

「どうすりゃいいんだろ……」

 ポツリと言葉が漏れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江
恋愛
束縛系の親から逃れるため、大学を目指す俺は、その一歩として、家から遠い予備校へ入学した。すでに色々失敗している気もするが、雌伏一年ということで。 念願の一人暮らしを満喫しようと思ったら、目付け役を送りまれた。そいつも親の無茶振りに閉口していて、離反させるのは訳なかった。 予備校で勉強に励むつもりはあったが、仲間と出かけた先で美人姉妹にナンパされ、至福の瞬間を味わった。もっと欲しいとナンパに励んだら、一癖ある女ばかり寄ってきた。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ある日の出来事

仙 岳美
恋愛
ニートの俺に起きた奇跡

処理中です...