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いつまで夢を見ればいいのでしょう④

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 店の戸締まりをして部屋に上がると、出雲くんはシャワー浴びたてのまだ湿った髪の毛のままベッドに寝転んでいた。
 髪が痛むとか寝癖がだとか言っていつもきっちり乾かしているのにタオルドライしかしてないのだろうか珍しい。
 今日は控えてもいいのよと言ったのにラストに注文を受けるお酒もしっかり飲んでいたので、閉店後すぐにいったん部屋まで送って(二階に上がるだけなのに過保護だのなんだのからかわれちゃったわ)、いつもより少ない人数で片付けをしていたら時間がかかってしまった。閉店時間はその日で多少前後するが今日はきっかり十二時に閉められたのにもう一時を過ぎている。
「ただいま」
 あのあと結局あげたチケットを眺めていた目をこちらに向け、控えめに口角を上げて微笑みをくれる。
「おかえりなさい。お疲れさまです」
「気分はどう?」
「シャワーを浴びたらだいぶ落ち着きました……締めの作業、手伝えなくてごめんなさい」
「いいのよ」
 ローテーブルの傍らに座って煙草を咥えて出雲くんの方へ向ければ、少し怠そうに身体を起こしテーブルにあったライターでサッと火を点けてくれた。ニコチンを深ーく肺に落とし込むと、やっと一息つけた。
 時間が遅くなったのは構わないけれど、今日は気疲れしてしまった。
 出雲くんのお友達への小さな嫉妬、椎名ちゃんから得た気になる昔話、早々に酔っ払った出雲くん。いっそ少し下で飲んでくればよかったわ。
「出雲くん、悪いけどウイスキーが飲みたいわ。うちにあるのでいいから、適当に何か入れてくれない?」
 はい、と気持ちの良い返事のあとすぐに台所へ入り、グラスにロックアイスとフォアローゼズを入れてすぐに持ってきてくれた。そのキビキビとした動きから本当に酔いが冷めてしまったのがわかる。今日はなんにもできないじゃない……面白くない。
「なにか飲みなさいよ。度数の低いチューハイあったんじゃない? ジュースみたいなやつ」
「珍しいですね。ご一緒してほしいのですか? 構いませんけど、酔ったら介抱してくださいね」
「酔っていいわよ。介抱するのが僕の楽しみだから」
 グラスを受け取りながらそんな風に答えたら出雲くんは怪訝そうに顔をしかめながら口だけで笑って、冷蔵庫からラムネの味のかわいいチューハイを取りだしテーブルについた。ファッションリングが外され随分と素直な姿になった指が缶のプルタブを開けるのを眺めながら、ジュンヤくんに託されたものがあったのを思い出した。
 お酒を飲む前後やらによく飲まれているウコン系飲料の黄色い小さなボトル缶を、ロングスカートのポケットから出してテーブルに置いた。それにしてもロングスカートを履いているとあぐらをかいていても下品にならなくて楽だし最高だわ。
「これ、ジュンヤくんから。お詫びですって」
「ああ……意外と気にしますよね、あの人」
 飲んどきますか、とキャップを開けてクイッと一気に呷る。細い首に浮かぶ喉仏が上下するのにそそられる。
「もうジュンヤスペシャルは飲みません」
「何よソレ。どんなカクテルだったの?」
 お酒好きなキャストの中にはメニューにないものを自作する子も多い。でもあの子は自分がお酒に強いからって無茶苦茶なものをよく作っている。それをお客様に出して飲めなかったらお客様の代わりに飲んで、追加で注文をさせているけれど……そういう手口なのか天然なのか敢えて聞いてはいない。そんなあの子が作ったカクテルを出雲くんがまぁ飲めるわけがない。
 出雲くんは缶の飲み口あたりに視線を落としながら、ううん、と首を捻った。
「何だったんでしょう……パインやアプリコットの味がして……ラムベースだったと思うのですが、ブランデーも入っていたかもしれません」
「そりゃだめね」
「はい、駄目です。一口でノックアウトされてしまいました」
 くすくすと二人で静かに笑い合って、お酒を舐めるようにちびちびと飲む。
 うちで働き出した頃の出雲くんはお酒の味なんか何もわからなかったのに、少しずつ飲んでいるうちにカクテルに何が入ってるかくらいはわかるようになってきた。元々料理が得意な子だから舌は肥えているのだろう。
 椎名ちゃんの話を思い出す。確かにあの頃の出雲くんは今よりずっと表情が暗いというか、張り詰めた雰囲気を持っていた。今も寂しそうによく瞳を揺らしてはいるけれど、危うさまでは感じられない。
「ねぇ。椎名ちゃんとはどこで知り合ったの?」
「え? 椎名さんのお店で……」
「違うでしょ?」
 今にも「前に言いませんでしたか」と言い出しそうなすっとぼけた態度をしてきたので、お酒に潤んできた瞳をじっと見据えて静かに低く、改めて問いかけた。
 あ、と小さく開いた口をきゅっと結んで、苦しそうな微笑みが返ってくる。そんな顔をされると胸がチクリと痛むが、そんな素振りは見せずに目を離さないよう努めた。
「さっき……お二人で俺の話をしていたんでしょう? 本人がいないところでいけませんよ、うわさ話なんて」
「うわさじゃないでしょ」
「そんなに気になりますか? エッチなんですね、路彦さん」
 床に手をついて、ずいっと顔を近づけてくる。微笑みはそのままだが、眉も目尻も力が抜けていて下がっている。しかし力は抜けているように見えるのに、不思議な眼力に負けそうになって目線を外したくなった。
 それを堪えて見つめ合えば、出雲くんは僕の耳元で内緒話をするように甘ったるい息を吐きながらこんな風に囁いた。
「個室サウナって言えば、なんだかわかりますよね?」
 全く想像してなかったが、納得できてしまう答えに動揺して出雲くんの顔を見直した。別に気まずそうでもなんでもない、さっきまでと変わらぬ表情をしている。
 確かに、ただの客と店員として知り合って、いきなり従業員割引で施術をしてもらうのも、あまり大っぴらにする人が少ない互いの性的指向を知っているのも、不自然な話だった。
 ゲイ同士で性欲を手軽に解消するような場所で先に知り合っていたのなら全ての辻褄が合う。
「引きました?」
 性的少数派の人間が普段の生活から相手を見つけるのは難しく、そういう場を利用する人も多いのだろうとは思う。そう理解はできていても、天使みたいと思っているこの子が所謂ハッテン場を利用しているショックは隠しきれなかった。
 こんなに若くて可愛い男の子がそんな場所に行ったら、飢えた男どもが群がって大変なことになるんじゃないかしらと……心配しながらも、上も下も複数に犯されている姿を想像してしまい、喉が鳴る。
「路彦さん?」
「大丈夫……引いてないわ」
 呼びかけにハッとしてやっとそれだけ返すと、出雲くんはもう一度、エッチですね路彦さんと言った。
「どんな想像されてたんですか?」
「してないわ、少し意外だっただけ。よく利用してるの?」
「ふふ、どうでしょう」
 いつもみたいに抱きつかれ、今はやめてちょうだいと引き剥がそうとしたが、嫌ですと余計にきつく抱かれてしまった。背中に回された手のぬくもりを感じながら、渋々僕も腰に手を回す。
 変な考えばかりが頭を巡って、脳みそも心臓も下半身もすべてが落ち着かないから今はくっつかれたくなかった。
「俺が欲求不満なのご存知なんでしょう? 利用していたところでどうしてそんなに驚かれるんです? さっきも慰めてくださいましたもんね」
 こんな風に、と出雲くんの手が布越しに僕の身体を撫でる。背中に回していた手がゆっくりと、脇の下を通って胸元を滑っていく。
「ふふ……でもね、俺、思うんです。俺よりも、もーっと欲求不満なのは……路彦さんなんじゃないですか?」
 その手が下に向かっているのに気がついて手首を掴むが、駄目ですよ、と囁かれた。そのまま耳たぶを唇で挟まれ、何度も耳の縁や耳の下あたりにキスをされる。
 こんな展開を望んでいなかったといえばそれは当然嘘になるが、あまりに唐突すぎるので止めさせたい……けれど何か自分が行動を起こそうとしたら、止めさせるとは間逆なことをしてしまいそうだった。
 手首を捕まえているにも関わらず自由に這い回っている華奢な手が、布越しに起立したものに触れる。しかもさっきまで人の体を手のひらから指先まで全部を使って弄んでいたくせに、焦らすように人指し指の先でつんと軽く触れて、そのままツー……と指先を根本までゆっくり下ろしていく。
「いけませんよ路彦さん。女性がお好きなのに。俺なんかに欲情して」
「ええ、ええ、そうね。どうかしてる。だからもうやめてちょうだい」
「駄目ですよ、発散しないとまた同じことの繰り返しですから。俺が相手では気持ち悪いでしょうから、目を閉じててください。お好きな女性のことを考えていていいですよ」
 耳元で甘く甘く囁かれ続けて素直に言うことを聞いてしまいそうになっていたら、目を閉じるよりも先に頭の後ろから手が回ってきて、僕よりもずっと細い腕で頭を抱えるようにしながら目を塞がれてしまった。
 そうしてすぐに裾から手が入ってきて、下着をずらして中でしっかりと男性器を握られた。しゅ、と一回確かめるように擦り上げられただけでビクリと反応してしまうのが情けない。
 でもそれより何より、あまりにも手慣れたその姿がさらなる動揺を引き出して狼狽えてしまっていた。
「ん、いずもくん……」
「なんですか?」
「いつもこんなことを、してるの?」
 その質問に対する答えはなく、そのまま溢れ出す先走りを塗りつけながら扱かれ続ける。親指で裏筋を捏ねながら、強弱をつけて上下する手が与えてくる快感に腰が引ける。息が荒くなってきてそれを誤魔化そうとすると、今度はふーふーと鼻から息が抜けていきどうしようもない。
 手コキされるくらいでこんなに気持ちよくなるものだっただろうか。酔っ払った出雲くんにしてもらうのとも違う。視界が塞がれているのも影響しているのか。
「路彦さん、何を想像してらっしゃるんですか? ううんと……大きなお胸とか? あとは女性の……ふふ、恥ずかしくて口にできません。お尻よりやっぱり気持ちいいんですかね」
「やめ……そんな事、考えてない」
「じゃあ何を考えてるんです?」
 笑い混じりにわざとらしく聞いて、あからさまに面白がっている。
 何だって言うのだ。
 今までの可愛い貴方が嘘のよう。
 酔っ払って僕が誰かもわからなくなってる貴方に悪戯してきた罰だろうか。
 あれが嘘で、こっちが本当の出雲くんなのだろうか。
 それならあれはバレていたのか、あれは演技だったのか。
 いや、そんなはずはない。あんなにふらふらして階段もまともに上がれない、顔も真っ赤でふにゃふにゃと喋るあの姿が嘘とは思えない。
 意を決して僕は目を隠す手を握って剥がし、疑心暗鬼の闇を開いて、出雲くんの顔を直視した。
 突然のことに驚いた様子の出雲くんの瞳は揺れ、それでもすぐに微笑みを浮かべる。でもさっきまでの甘くて熱い囁きと比べ、随分と静かな目をしている。
 いつもの可愛い出雲くんが本当なら、今の貴方こそ嘘の姿なんじゃないの。
「出雲くんのこと、考えてる。出雲くんの手で感じてる」
 そのまま口付けしてしまいたくなって顔を寄せたら、顎を引いてさりげなく避けられてしまった。
 出雲くんは眉根を寄せた顰め面のあと、またすぐに微笑みを立て直す。
「俺に気を遣わなくていいんですよ? 俺に興味ないでしょう。ね?」
「違う。僕はずっと出雲くんに」
 触りたくて我慢できなくて酷いことをしてしまうくらい、出雲くんがほしい。
 そう伝えたいのに、今度は口を塞がれた。いつも優しい表情をしたこの子が、普段あまりしない険しい表情をして、首を小さく、だが確実に左右に振る。
「違います。違うでしょう。路彦さんは女性が好きなんです。やめてください。そんな馬鹿なこと言おうとして相当溜まってるみたいですね。出しましょう。気持ちよくなっていっぱい出しちゃえば、すっきりしちゃえば大丈夫です。もうそんな血迷った言葉出てきません」

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