ブルガリブラックに濡れる〜恋人の元・セフレ(攻)を優しくじっくりメス堕ちさせる話〜

松原 慎

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本命(ウケ)と浮気相手(タチ)とその彼氏(ウケ)と宅飲みなんて泥酔覚悟で飲むしかない⑩

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 瞼を閉じていても部屋が明るくなったのがわかり、いつの間にか被されていた毛布を頭まで被る。しかしそうすると足がにょきっと下から出てしまい肌寒い。
 なんだよと眩しさに顔を顰めながら窓の方を見る。すると陽に照らされてオレンジ色の艶を出す栗毛が見えたので俺はもう一回毛布を頭まで被った。

「おはようございます」

 目があった。でもそんなことないふり。

「おはようございます」

 やっぱり足先が冷える。右足の甲と左足の土踏まずを擦り合わせて摩擦による体温上昇を狙ってみた。

「おはようございます」
「うるせーなぁ、ったくよぉ」

 このまま無視していたら何回朝のご挨拶をかまされるかわからなかったため、渋々起き上がってソファの上であぐらをかく。ふあーと大きなあくびの後にチッと舌打ちをして、乱れた髪を手ぐしで簡単に直す。鏡がないから大丈夫かわかんないけど、玲児じゃないからいいや。

「つーかお前玲児と一緒に寝てんじゃねーよ」
「おや、どうして知っているんです?」

 よく見ると出雲は両手に一つずつマグカップを持っていて、近づいてくるとコーヒーのいい匂いがした。

「加賀見に夜中聞いたんだよ。ホントうるせーお前!」
「えっ。また交ぜてくださればよかったのに! ひどいです!」
「何がだよ、馬鹿か」

 隣に座りながらマグカップを渡されて、やいのやいの言い合いながらも素直に受け取る。なんも入ってねぇよな? さすがにないか、と鼻先にカップの縁を近づけたあと一口いただく。朝はブラックがいいんだけどな、俺。ばっちりカフェオレだ。しかも砂糖までしっかり入っておやつみたいやつ。水泡の好みに合わせやがって。

「あーあ、飲んじゃいましたね……残念です」
「は?」

 出雲の方へ向き直る。

「あと数時間であなたは……」
「はぁ?!」

 人差し指の第二関節でお上品に目尻を拭う出雲を見ながら「いやいやいや」と苦笑いを浮かべる。
 毒殺? んなわきゃない。変な味しないし、そんな毒なんて。いやこいつは持ってなくても加賀見なら持ってるかも。養護教諭時代のうんたらかんたらで。
 いやでも。いやいやいや。

「ふふ、冗談ですよ。普通のカフェラテです」
「は、だよなぁ? まーわかってたけど。遊びに付き合ってやっちゃったよ、俺ってやっさしー」
「ちょっとだけ、心配してませんでした?」
「してねーよ」
「本当ですか?」
「んー…………ちょっと?」

 親指と人差し指でひとつまみぶんを表しながら、安心安全なコーヒーを啜る。やっぱりあっまいな。

「ふふふ、隼人おもしろい。ね、キスしましょうよ」
「なんだよ藪から棒に。玲児は?」

 突然の申し出に驚いてやや仰け反りながら、頭のてっぺんから足元まで出雲の様子を見ながら尋ねる。とくにおかしいところはないどころか、昨日よりずっと落ち着いて見える。笑顔の奥に敵意がない。
 寝起きだからかでかいTシャツ一枚着て、下着は履いてるんだかわからない。裾からは太もものむっちりした足が伸びている。撫でると一瞬肌を浮かせたが逃げる様子はない。

「寝てます。ぐっすり。久しぶりに夜遅くまでたくさんお話してしましたので」
「それって何時くらい?」
「日付変わって……一時くらいだったかと」
「ふーん」
「今、安心したでしょう? やっぱり怪しいです」
「してねーよ。何話したの?」
「なんでしょう」
「けっ」

 はぐらかしやがって。どうせ俺の悪口でも言っていたのだろう。変なこと吹き込んでなきゃいいが。こいつがどこまでわかってるか知らねーけど、言われたらまずいことを知ってるのは確かだ。
 しかし不思議と焦る気持ちが湧かない。それは昨日よりもこいつが落ち着いてるからか、それとも玲児を傷つけたりはしないんじゃないかと思うからか。玲児が大事だから話すって考えもあるかもしれないけど、でも。俺と玲児が何かあって別れたら、こいつはむしろ焦ってしまうんじゃないかとも思う。
 なんでか俺と水泡が恋仲だと勘違いしてそうだし。俺がどれだけ遊んでるか知ってるのにどうして水泡とは本気だと思うんだか。
 そんなんじゃない。好きだけど、愛してるをもらうと嬉しいけど、嫉妬もするんだけど、恋仲ってのとは違うんじゃないかって思う。だからあいつと付き合うとかないし、出雲から奪う気はない。

「ねぇ、キスしましょうよ。そうしないと夜中のこと追求しますよ。昨日から各お部屋のカメラは切ってるはずですけど、どっかに切り忘れがあるかもしれません」
「俺とキスしたくなくね?」
「したいですよ。そのうちそのお顔で人間国宝になるんでしょう? 誰があなたとキスしたくないんですか」
「なるわけねーだろ。寝起きにキスっつーのも嫌じゃね?」
「甘いコーヒーの味ですよ」
「はーぁ……」

 もうこの話題引っ張られるのが面倒くさくて、出雲の背に合わせて前のめりになって身を屈め、よく手入れされている柔らかくてぷるぷるとした唇にキスをする。何やってんだかと思いながら、なんの感情もないキスをする。水泡もこうやって小さくなってあげてんのかな。

「あーもうっ。隼人かっこいいです、やっぱり。さっきも寝顔撮っちゃいました、見ます?」
「なーにしてんだよ、消せよ」
「やです……SNSで拡散します、彼ピ熟睡中って……」
「それはマジでダメ」
「ふふふ」
「今日は機嫌いいじゃん」

 笑ってる頬がふっくらしてるのがなんだか可愛く見えてしまったので、もう一回ちゅっとする。

「あ、今のは同意がないですよ」
「ばかじゃねぇの、んなこと言ったらもう一回すんぞ」
「んっ」

 こうやってこいつとイチャついてると、罪悪感薄れていいかもしれない。そう思って何回も唇を啄む。こいつもこんなんだよなって。そもそも俺のセフレしてたんだし。バイト先の店長とも既によろしくやってんじゃねーの。

「隼人、だめです。これ以上は変な気分になります」
「お前から言い出したくせに」
「あなただって困るでしょう」
「まーね」
「はぁ、すっごいドキドキしました」

 さくらんぼみたいな唇がふぅとため息をついて、両手でマグカップを持ち、ちびちびとコーヒーを飲んでる姿を眺める。こーゆーのが好きなんだよなぁアイツは。これが可愛いのは俺でもわかる。

「で、お前は何がしたくて昨日俺たち集めたの?」

 いい頃合いかと一番聞きたかった問を投げてみたら、出雲はたれ目の涙袋が浮かぶ愛らしい目をまんまるく開いて俺を見た。

「たこ焼きパーティーですよ?」
「それは建前だろ」
「違います」
「はぁ?」

 出雲は顎を引いて、上目遣いに唇を尖らせたいじけた顔をする。その顔でぱちぱちと瞬きしながら俺を暫く見つめ、ふと目を伏せた。

「したかったんですよ。たこ焼きパーティー。もう四人で集まることなんてなくなるかもしれませんし」
「色々となんでだよ。それであんな喧嘩腰になるかよ」
「だって、ムカついちゃったんですもん。相変わらず意味わからないくらいかっこよくて、絶対敵わないんですもん。先生めろめろなんですもん。ちょっと意地悪したっていいじゃないですか」
「あの意地悪はちょっとじゃねーし、めろめろじゃねーし、俺はお前に敵わないと思うんだけど」

 こうやって、隣で会話してて、本当に思う。勝ちたいとも思わないけど。
 視線の動かし方、ちょっとした指先の添え方、話す時の唇、感情豊かだけどずっと柔らかな話し方。
 可愛いし、何より居心地がいい。
 こいつが毎日美味しい料理作って待ってるんだろ。家の中ピカピカにしてさ。自分が帰ってきたら喜んで出迎えて、今日あったこととか、話すこと、伝えることが本当に楽しいって態度でさ。

「なぁ、加賀見出雲さん?」

 理想の可愛い幼妻、てやつだろ。最高じゃん。
 俺なんてまさしく性欲満たして好き放題する派手な浮気相手って感じ。
 柔らかい、栗色の髪の毛に触れる。綺麗に切りそろえられて、襟足は刈り上げられてスッキリとしてて、触りとショリッとして気持ちいい。出雲は照れたようにじっと俯きながらも、擽ったそうに肩をすくめる。可愛いのな、ほんと。

「俺、隼人となら兄弟になってもいいですよ」
「お前はまたそんな」
「玲児くんは隼人の籍に入って、四人で家族になって暮らせばいいんですよ。ここより大きい家を借りるか買うかして、みんなで仲良くしましょうよ。このままずーっと」
「はぁ? 馬鹿言うなよ」
「馬鹿みたいに聞こえるかもしれませんが、本気です! 先生と離れたくない、玲児くんとも、隼人とも仲良しでいたいです……」
「お前がまた俺に夢中になったら加賀見に殺されるっつーの。あいつ陰気なやり方しそうじゃん。ごめんだね。玲児がお前らと暮らすのも論外」

 水泡はなんで、一回でも俺とセックスしたって言っちまったんだろう。疑われても、無理があっても、違うって嘘を突き通せば良かったのに。
 可哀想に。わずかに開いた唇から不安が漏れてるみたいだ。揺れる瞳も濡れてる。
 ごめんな。
 可哀想だとは思うけど、お前から水泡を横取りする気はないけど、水泡と離れる気もない。
 あいつは絶対お前のもんなんだから、ちょっと借りるぐらいいいだろ?
 いいわけないだろうけど。
 加賀見がしないような、髪の毛くしゃくしゃになるくらい乱暴な手つきで頭を撫でる。慰めたい気持ちにこのなんとなくむしゃくしゃする気持ちがこめられてしまった。

「加賀見はお前のこと愛してると思うよ、本当に」
「あなたに言われても」
「なんでだよ? 俺と加賀見はけっこう仲いいんだぜ? おともだちの俺が言うんだから間違いない」
「じゃあ俺が先生に捨てられたら責任とってくださるんですか?」
「捨てねーって」
「捨てられます!」

 さっきまでしょげてたくせに、髪の毛くしゃくしゃにする手を払い除けながらむくれた顔をする。ほっぺ膨らませてるよ、なんだこいつは。またいらん想像して。

「捨てられるわけないだろ……つか、そうなったら、そんなの………………困る」
「困る……?」

 あれ。否定してやろうと思ったのに。
 言葉を考えながら話していたら、その捨てられない理由を考えているうちに“困る”と口から零れた。
 困る。
 だって水泡はこいつが大好きで、こいつに世界変えてもらって、俺といる時も監視カメラ確認してニヤニヤしてて。こいつの事しか頭になくて。
 こんなに大事な相手のこと、捨てるなら。そんなの困る。
 意味もわからず胸がざわついた。
 とにかく水泡が出雲を捨てるなんて絶対だめだ。そんなの受け入れない。

「まーほら、お前もう外出られるんだろ? なんかあったら慰めてやるよ」
「えっ」
「慰めてやれるほど優しく抱けるかわかんねぇけど」
「あなたはなんでそう……」

 ガチャ。
 静かだった廊下から、ドアノブを押す音が響く。
 二人揃って奥の部屋へ振り返ると、頭を潜らせて部屋から出てくる髪の毛ボサボサの大男が咥え煙草で出てきた。
 眠たそうに瞼を擦りながらソファの後ろまでやってきて「コーヒー」とカスカスに掠れた声で呟く。

「おはようございます。いま淹れますね」
「すげぇー眠そうじゃん」
「ん……大鳥今日、仕事って……車、出す…………君送って、瑞生、送って……」
「え、マジ? 大丈夫かよそんなんで」
「うん……」

 キッチンに向かうためにソファから離れた出雲と入れ替わりで、水泡が隣に座る。咥えていた煙草を人差し指と中指で挟み、軽く頭を左右に振ったらあら不思議。あっちこっちへ向いて暴れていた毛先も一緒に揺れて、いつも通りの髪型に戻っていた。それを見て思わずぷっと吹き出すと、再び煙草を咥えた水泡と目があった。長い前髪の隙間から覗く二重の広いまぶたをした目にどきりとする。

「おはよう」
「おう」
「悪いこと、してたでしょ……?」
「あぁ? してねーよ」
「うん? ほんとうに、してた?」
「してねーって」

 うそ。出雲とチューしてた。何回かした。
 なんでわかるんだよ、ただ二人でいたからヤキモチ妬いてるだけか? あーあ。

「はやと」

 小さな声でこっそり呼ばれる。大鳥じゃなくて、はやとって。
 なんだよと顔を向けてみたら、煙草を挟んでいる下唇の上にちょんと舌先が乗せられていて「あっ」と慌てて舌先を出して顔近付けて…………触れる直前で気が付き、水泡の肩をバシン! と強く、煙草の灰がカーペットに落ちてしまうくらい強く、叩いた。

「くっそお前、本っっ当……!」
「ふ、ふふふ、きみ、素直だよね、本当に……ふ、だめだ、あははっ……」
「お前まじでムカつくし、貴重な笑顔こんなんで見せんなよな?! 沸点低くなってんじゃねーの、最近! あーもう、玲児起こしてくる!」
「ふふ……ふっ……いってらっしゃい」

 背もたれにあったクッションを怒りに任せて投げつけながらその場を離れ、キッチンを素通りして廊下へ向かう。
 その途中でぼつりと「先生あんなに笑ってる」と聞こえたが無視した。ただ足早にその場を離れた。
 寝室の扉を開ける前に、ソファに座る水泡とカップを手にその背後に立つ出雲の姿が目に入る。
 朝日を浴びてまだ笑っていた余韻に綻ぶ口元と、ちょうどダイニングとリビングの狭間の暗がりに立つ出雲は、あんなに近くにいるのにまるで別の空間にいるみたいだった。




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