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本命(ウケ)と浮気相手(タチ)とその彼氏(ウケ)と宅飲みなんて泥酔覚悟で飲むしかない④
しおりを挟む憂鬱なこの気持ちが伝わることはなく、チャームポイントの眉間に皺は寄せたまま口元を綻ばせる玲児を連れて、加賀見家を訪ねた。
まずロビーでオートロックを開けてもらうために対応してもらったのだが、インターホン越しに聞こえてくる出雲の声は特に問題はない。いつも通り感じがいい。しかし出雲は基本的に“感じがいい”のでこれは全く当てにならない。
心臓が痛い。腹もずどんと重い。昼飯はもう消化しただろうに。
みぞおちあたりを摩りながら、手土産に買ったケーキの箱をしっかりと持ち直し、扉が開くのを待つ。
「どうした? 何か緊張しているか?」
「へっ?! や、んなことねぇけど。出雲と会うの久々だからかな?」
自分の腹を撫でる俺にさすがに何か感じたんだろう、隣に並ぶ玲児が心配そうにこちらを見上げてる。
あぁ、可愛いなぁ。
弾む気持ちをちょっと抑えて俺を気遣う視線に、胃痛が少し静まる。しかし胸の痛みは深まる。
変なことには絶対に巻き込みたくないと改めて思う。自分の行動とこの気持ちが矛盾しているとわかっていても。
せめて隠し通さないといけない。最近の自分はどう考えても油断しすぎだ。その場その場の感情に抗えないで、甘えて、溺れて、だらしない。
胸の痛みは無視して胸いっぱいに息を吸い、深呼吸する。
そうして気合いを入れ直していたら、ちょうど玄関扉が中から開いた。
「すみません、お待たせしました。どうぞお入りください」
「む、邪魔をする」
「ふふ、どうぞ」
先に一歩進んだ玲児に続いて俺も部屋の中へと上がらせてもらう。入った瞬間、何かいい匂いがした。ふと目をやると下駄箱にアロマデュフューザーが置いてあった。フルーツ系の甘くて爽やかな香りだ。普段使ってる香るアイテムとか香りの好みとか何も知らないくせに、出雲らしいチョイスだと自然に思う。
水泡は帰宅する度にこの匂いを感じているのだろう。いい匂いだなと思うことも忘れるくらいに。けれども匂いがなくなってしまったら、きっと違和感を感じる。そんな日常。
ふかふかと毛足の長い、グレーが基調の玄関マット。広めの廊下は隅から隅まで埃ひとつなく、ワックスかけたみたいにピカピカだ。
目線の先には、出雲の後ろ姿。
綺麗に刈り上げた襟足と、柔らかくてさらさらとした栗色の髪。細い首にピアスじゃらじゃら揺れてる耳。体のラインが出るタイトな黒の上下はどちらかといえばパンクテイストなのに、キャンパス地のベージュ色をしたエプロンが不思議と似合ってる。
これが水泡が毎日見てる景色。
距離感のおかしいあいつなら、出雲に抱きついてイチャイチャとこの廊下を歩いたりする日もあるんだろうな。
こうやって鴨居くぐって、頭ぶつけないようにして。そうした時に、ふと顔が近づいたりして。
「む? どうした?」
ほらちょうどこんな具合に。
「や、べつに」
近くなった玲児の顔にほほ笑みかける。唇をきゅっと小さくして「む」と前を向くのが可愛い。
こんなに可愛いのに、胸が空いた感じがする。
玄関前で感じた不調とはまた違う。なんだろう。なんだか、もの懐かしいような、寂しいような。
出雲の隣に勝手に想像の水泡を配置してみる。あれ、何だこの違和感。前に来た時と何か違う。前はそう、確か。
「あれ、お前Tシャツ一枚で過ごすのやめたの?」
俺の問いに出雲はむぅっと頬を膨らませながら着ているカットソーの裾を弄る。
「そうですけど……なんですか、もう。俺がノーパンにTシャツ一枚で出てくるの期待してたんですか? 隼人のえっち」
「はぁ?! 興味ねーよ!」
「でも前に下履いてないかおしり触ってきたじゃないですか……」
「あれは……! あん時はあれだろ、加賀見が確かめていいって言うからだろ! イテッ」
ぱこっと横から頭を叩かれる。反射的に顔を向ければ玲児の心の底から人を軽蔑している眼差し。
「だからって普通触らないだろう。しかも恋人の目の前でだぞ」
「へへ、玲児から聞く“恋人”って響きいいな」
叩かれた側頭部を撫でながらへらりと笑ってみせるが、玲児の表情は厳しいままだ。でも俺にはわかる、自分で言っといてちょっと照れてることが。
「ちょっと隼人」
「おっ?」
玲児がいるのとは逆側から腕を引かれれば、涙液の量コントロールできんのかってくらい目をきゅるきゅるにした出雲が俺を見上げてる。めっちゃ上目遣いで。拗ねた顔して。ちょっとこれは可愛い。普通にときめく。
「あの時、俺のおしり触って……エロい肉づきって言ってくれましたよね? 本当に見たくなかったんですか?」
「へっ? いやいやいや、なんだこの状況」
「見たかったですか? 俺のおしりTシャツからチラチラするの……」
そんなこと言われたら嫌でもイメージが頭に浮かぶ。座った時、立ち上がった時。キッチンとかで、高いものを取ろうとしている時。裾が捲ったり、裾が上がったりしてちらりと見える、太ももと尻の境目のまろみはじめるあの段差。
「全然考えてもなかったけど見たいかって言われたらまぁ見たいよな、そりゃ」
「おい出雲、そうやって隼人をからかうな! こいつはすぐに調子に乗るからな、やめてくれ! それにスケベだ!」
「スケベじゃねーよ! つか水泡は?! あいつどこにいんだよ?! 助けろよ!」
二人の間に挟まれて冗談なんだかよくわからないノリで迫られて怒られて、つい助けを呼ぶのに大きめな声を出してしまったら、二人は急にすっと静かになった。黙るだけではない、動きも止めて二人してキョトンとした顔で俺を見上げてる。
なんだよ、と交互に二人の顔を見るが何も言わないし水泡も出てこないし可愛いだけである。
「水泡さん……準備しながらたまに声をかけていたのですが、なかなか目が覚めないようで」
「はー? あいつまだ寝てんの?」
「まだ、ではなくて、お昼ご飯一緒に食べた後にねむいと寝室に消えていかれました」
ふっと廊下へ目線をやる出雲に合わせて俺も廊下を見る。
「どっちの部屋で寝てんの?」
「えーと……書斎です」
「客が来るのに相っ変わらずマイペースだな、あいつは。俺、起こしてくるわ」
「あ、いえ。たこ焼きを焼き始める頃にお呼びしようかと。三人で準備してしまいましょう。お仕事でお疲れなんだと思います。最近はずっと残業が多くてお忙しいみたいです」
「ふぅ……ん、そっか」
二人で書斎へ続く扉を眺めながら、出雲が早く別の方向へ向いたり、他の話題を始めるのを待った。
さすがに顔が見られない。だってその残業のいくつかは俺と会っているせいで増えたものだろうから。
旅行のあと朝まで一緒にいたのは一回だけだが、二時間とか一時間、下手したら三十分だけのためにレンタルスペースに入るのは日常となりつつある。
一昨日だって咥えた。でも顔は見てない。目隠しした状態でたくさんにおい嗅いで、舐めて、咥えて、吸って、飲んで、上手だね、いい子だねって褒められた。さらにはテメェのザーメン臭ぇ俺の口にキスくれて(舌は入ってこなかったけど)、頭撫でて去ってく。
俺としては即尺じゃなくてせめて即ハメにしてくれりゃいいのにって。今日会うのにできねぇんだし、ハメといてほしかった。口だけでオナホした後はいつも、次が待ち遠しくて仕方なくなる。
扉に目をやったまま思わず「チッ」と舌打ちをする。
「まぁ寝かせといてやればいいだろう。お前は本当に加賀見と仲がいいな」
「は?」
くすくすとからかい混じりに声をかけた玲児は、振り返った俺の顔を見てピクリと肩を震わせたあと、気まずそうに目を逸らした。
やば、どんな顔してたんだろう俺。
「行くぞ。出雲の手伝いをしよう」
「仲良かねぇよ」
「何を怒っている。喧嘩でもしたか?」
「喧嘩するほどの仲でもねぇって」
顔にかかる前髪をかきあげて、仕切り直す気持ちで口角を意識して上げ、わざとらしく目を細めて笑う。どうでもいいよと言わんばかりの少し意地悪い笑顔になっていれば満点。
玲児はため息をついて先にキッチンへ入り、出雲から何を手伝えばいいのか聞き、食器棚を開く。
まだ玄関から上がって十分も経ってない。なのにこの緊張感。
何が嫌って、玲児とも出雲とも仲良くおしゃべりできてしまうから辛い。意識していてもふと気を抜いてしまって、急な罪悪感に襲われて。感情が忙しすぎる。
これはお先に飲んでないとやってらんねー。
「あ、隼人! もう! 人の家の冷蔵庫勝手に開けてビール飲むなんて。他所のお宅だったら怒られてしまいますよ」
「いーじゃん、お前らの家だし」
「もう。マナー違反ですからね」
「へいへい」
さりげなくパッと冷蔵庫開けて手土産のケーキを入れつつ缶ビール取り出したのにすぐバレた。そりゃそうか。
ふざけて舌をべーっと出しながらプシュッとあの気持ちのいい音させ、天を仰いでゴクゴクと喉を鳴らす。ガツンと来る苦味と喉を通る冷たいシュワシュワでどうにか気分を紛らわせよう。
なんて、思ったのだが。
急に。
「僕も飲みたい」
なんの物音もせずに急に、視界いっぱいの天井からぬっと水泡の顔が覗いてきた。
本当になんの気配も感じなかったから、あんまりにも驚いて心臓は止まりそうになるし、息は実際に止まったし、吹き出しそうになったビールを慌てて飲み込んでめちゃくちゃむせるし、缶落としそうになって水泡に横取りされるし、後ろから「だいじょうぶ?」ってなんでか背中じゃなくて腹撫でられて後ろから抱きしめられてるみたいになるし、全っ然この状況の意味がわからなくて暫くゴホゴホと止まらなかった。
「離せって! 気持ち悪ぃな!」
「うん? あ……出雲と、間違えちゃった」
「んなわけあるか!! サイズとか色々違いすぎるだろ! アイツがビール飲むわけねぇじゃん!」
「ねぼけてる」
「バッカじゃねぇの?!」
脇に肘鉄食らわせて水泡から離れ、面と向き合う。あーくそ、今後ろに出雲いるってことだよな。俺どんな顔してんだろ、つか見られた? マジで見ないでほしい、無理すぎだろ。
「ビール返せよ!」
「だめ……僕の。勝手にとっちゃ、だめ」
「お前見てたのかよ! やっぱ間違えてねーじゃん!」
取り返そうと息巻く俺の手が届かないように、腕をめいっぱい伸ばして缶ビールを天に掲げる。いやビール天井についちゃってね、やめてくれよムカつくな。腕を伸ばしてぴょんとジャンプしてみるが、スっと後ろに引いて上手いこと避けられる。クッソなんだよ!
「大鳥ちっちゃいから……届かないね?」
「ハァ?! てめぇがクソバカデカイんだろーが!」
「口、悪い……」
「加賀見、起きたのか。邪魔しているぞ」
クソバカでかい男のせいで姿が全く見えないが、玲児の凛と涼やかな綺麗な声が聞こえてくる。食器を並べ終えてキッチンを覗きにきたのだろう。食器は一つも割らなかったみたいだ、えらい、玲児!
「やはり大きいな、隼人でも届かぬか」
「でかけりゃいいってもんでもねぇだろ、俺ぐらいがちょうどいいって」
返事はしないが水泡はすっと後ろを振り返りながら玲児に向かって会釈するみたいに首を傾けた。ノールックで俺にビールを渡しながら。
「やはり仲がいいではないか。隼人がな、加賀見と仲など良くないと言っていたのだぞ」
「ひどい」
「そうだろう。怒っていいぞ」
「怒っていいの?」
玲児はいつも俺にからかわれているから仕返しくらいにしか思っていないのだろうが、こいつは冗談とか通じないんだからそういうノリはやっちゃいけない。
二人して期待した顔して俺を見てくるので、苦い顔してぶんぶん首を横に振る。
「隼人は仲がいいなんてレベルじゃないって怒ったんじゃないですか? ねぇ、お二人とも?」
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