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恋人の元セフレ(攻め)を優しくじっくりメス堕ちさせる⑨
しおりを挟む「来月さ」
先に口を開いたのは大鳥だった。
「撮影で沖縄行くんだけど。泡盛飲める?」
「うん」
「じゃ、なんか良さげなの買ってくる」
「うん…………ホテルで飲もうとか、言い出さない……よね?」
「言っわねぇよ! 普通に土産だよ! み、や、げ!」
「良かった。飲み屋じゃなくて、ホテルの予約とかされたら……困る」
「お前ほんっと遠慮ねぇよな。どストレートすぎだろ。歯に衣を着せることを覚えろよ、衣を」
舌打ちしながら大鳥は、目深に被っているベースボールキャップのつばをつまみ、キュッと被り直した。キャップを被ってしまうとその小さい顔の上半分はほとんど見えなくなってしまうので、表情はわからない。
今後どうするんだろうと思ったが……飲み会はとりあえず変わらずに行われるらしい。
――本当に? 今夜の体験が今後に及ぼす影響は、君と僕ではかなりの差があると思うのだが。
「僕は……お礼にお尻用のおもちゃでも、用意する?」
「キモッ! つかお前、俺の話聞いてた? 少しは言葉を選べよ」
言葉を選ぶ。少し濁せばいいだろうか。
「ううんと……うしろ、したくならない?」
「なんねぇよ」
「そう?」
「チッ」
いつもの憎たらしい舌打ちに、さっきまであんあん言ってたくせにと思ってしまう。こういう自分の考え一つとったって、昨日までと何も変わらないというのは無理だと感じる。
大鳥はちょいちょい腹が立つけれど、憎まれ口や調子に乗った態度に親しみを持ってはいた。出雲に感じるのとは違う種類の感情なのだが恐らくは…………可愛い……に、近い感情。可愛いと感じることにも種類がいくらかあるようだ。出雲とハムスターに対する可愛いの違い、みたいな。
その可愛いの種類というのに、ちょっとした変化が生じてる。
そんなことを考えていたら、大鳥がなんでもない調子でとんでもないことを暴露した。
「俺、オナニーできないんだよね。今はどうしようもない時はするようになったけど」
「え?」
煙草を咥えたまま彼の方を向いたら灰を床に落としてしまった。
「できない? いつから?」
「ずっと。俺、初体験が小五だから。不眠症が良くなってきてから、このままじゃまずいかなってしてみたけど、それからもほとんどしてない。だからマジでいらない」
「……僕なんて、自慰しかしてなかったけど」
「ははっ、ウケる、きめぇー」
背を丸めるほど笑っているが、また強がっているんじゃないかと思った。さっきまではあんなに素直に甘えていたのに。
キャップのつばに手を伸ばし、ぐいっと上へ向ける。
目があった瞬間の顔は驚きで目が見開かれていたが、見つめ合っている内に眉根を寄せた困った笑い顔となり、はは、と力なく笑い声を漏らした。
「僕は……君の一番、ダサくて情けない姿、知ってるよ?」
大鳥の飴色の瞳が、静かに僕を見つめ返す。
よく見る時のように、下まぶたを持ち上げたり、少し首の角度を変えたりしている。その度に飴色が深い茶色になったり、赤みが強くなったり表情を変えた。瞳と同じ色をした赤みがかった茶髪も、艶々と色を変える。頬や首筋にかかる長めの髪はよく揺れるのだ。後ろから突いてる時にも綺麗で掴みたくなった。
「だな」
「うん」
「まぁ、その話はいつか機会があったらな」
「君が……抱かれたくなったら?」
「無ぇって。今日だけ。最初で最後!」
「欲しくならない? 一人でできないなら、なおさら誰かと……」
「なんないし、もし他のやつにケツ許したってお前には関係ないじゃん」
「するの?」
「……急に声も顔もめっちゃ怖いじゃん」
大鳥がすっと顔を逸らしたのを見て、距離をかなり詰めていたことに気が付き、彼の被っているキャップをもとに戻して姿勢を正した。大鳥から一歩引いて、また壁に背をやる。
そうして煙草を灰皿に押し付けつつ、また新たな煙草を咥えた。色々と良くない。
「なんで俺が他の奴とすんの嫌なの?」
もっともな質問である。
しかし、それは僕も自分に聞いてみたいところで。
「君が誰か抱くぶんには、どうでもいいんだけど。なんで、かな?」
「はぁ?」
「わかんない。でもヤダ。絶対、だめ」
「ふーん。きしょ」
「君ね……人を簡単に、きしょいきしょいって――」
大鳥の方を向こうとしたら、プシュ、と首筋に何か吹き付けられた。
瞬間、お香のような、それでいて甘いバニラの香りが鼻腔を刺激する。
「お前ムカつく」
肩に手を置かれ、吐息を感じるほど耳の近くで囁かれた。
「お前は絶対俺のこと抱きたくならないけど、俺は抱かれたがるって思ってんの? 何様だよ。俺が誰だかわかってんの? ホテルで飲むか? 誘惑なんかしねぇから安心しろよ。ただ……そこにいてやる」
自分の首筋から香る香水の匂いは、大鳥から香るものと少し違う。大鳥が近づくとそれがより顕著になる。
大鳥は体温が高く、新陳代謝がいい。
だから香水の蒸発も良いのだろう……そして、大鳥自身が発する匂いが違和感なく溶け込む。
僕の下で全身を震わせ、甘い香りをのぼらせていた大鳥が脳裏に浮かぶ。それと同時に自分についた香水の匂いに物足りなさを感じた。
左少し斜め下にある、大鳥の顔を見る。
完璧に整った顔。
彫りの深く、寸分の狂いもないまっすぐ高い鼻。薄い唇の口角は、筆を入れたようにきゅっと上がっている。二重幅の広いくっきりとした目から、強い眼差しが送られる。
この顔が熱く甘くとろけ、泣きそうに喘ぐのだ。
その姿を思い浮かべれば体の奥が熱くなる。大鳥はそんな僕を見て、クッと勝ち誇ったように片側の口の端を上げた。僕はどんな顔をしてしまったのだろうか。
「この匂い嗅ぐ度、お前も発情しとけ」
くるりと踵を返した大鳥の髪が、目の前で揺れる。捕まえたくなるのを堪え、頭をぶつけないように腰を屈め、扉に手をかける後ろ姿を見送る。
「じゃあ、泡盛楽しみにしてろよーじゃなー」
最後に肩越しに少し振り返った横顔は、いつも通りの笑顔だった。
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