疼いて疼いて仕方ないのに先生が手を出してくれない

松原 慎

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閑話・番外編

今日は禁欲の日です(後編)

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 ちょっとだけ触れ合いがほしくなってすぐ近くにある肩に頭を乗せる。すると頭頂部あたりに先生の唇が軽く触れた。
「機械いじりってどんなことなさるんですか?」
 寄り添ってはいるものの二人でゲーム画面から目を離さず、流れるように言葉を交わす。
「うん? そうだね……PCのパーツいじったり……ジャンク品修理したり、改造したり……」
「それはとても専門的な……大学は文系を出られているのに、先生ご自身は理系ですよね。あ、弾が切れそうです」
「弾あげるから、おいで。出雲は……お休みの日は、何してるの」
 体術とナイフばっかり使って弾を持て余していた先生から弾を受け取りつつ、どう返答しようか悩んだ。
 休日は一通り家事をして、天気が良ければ外に出て散歩兼買い物をして、勉強して、姉たちに誘われれば映画を見たりして。人に話して聞かせられるような楽しい過ごし方はしていない。
「ううん、そうですね……たまに友人と出かけたりしてましたよ」
「ふぅん? どこに?」
「家に行ったり来たりが多いですかね……あとは買い物したり、運動場を借りたり」
「運動場を……借りる? 借りて、どうするの」
「バドミントンとかサッカーとかします」
「うわぁ……すごいな、男子高校生……」
 ドン引きレベルで驚いている先生の反応に苦笑しながら、自分の趣味ではないけれど、と心の中で付け足す。
 身体を動かすのは好きだけれど、自分からはまずそんなことしない。山下たちが体育会系だからそれに付き合っていただけだ。
「でも……俺個人の趣味で言うなら料理ですかね」
「ティラミス……美味しかった……」
「先生は糖質摂りすぎですから、低糖質おやつを作るのが今は楽しいですよ」
「君の趣味、増やしちゃった。ありがとう」
 頭を乗せていた先生の肩が動いて、どうしたのかと顔をあげれば口付けされた。舌を入れるのは禁止したからか、何度も唇が離れては触れて、下唇をはむはむと先生の唇に挟まれる。お酒の臭いにくらっとしてゲームのコントローラーを落とせば、すぐに先生がテーブルにコントローラーを置くコトンという音が響く。つけたままプレイヤーのいなくなってしまったゲーム画面では、主人公たちがゾンビに襲われる恐怖映像が流れている。
「禁欲の日、です」
「いちゃいちゃ、したら……だめ?」
「少しなら……」
「なら……膝、乗せていいね?」
 腰を抱き寄せられ、流されるままに対面で膝に座らされる。禁欲の日的には本当はアウトだと思っているのに、引き寄せられるままに何度も口付けた。
 こうなってくるとなんのために禁欲しているのか自分でも分からなくなる。もどかしいけど自分から舌を忍ばせるのを躊躇して、間違えて触れちゃったと言い訳ができるくらい、ほんの少し舌先を先生の上唇につける。
「こら……自分で、言ったんだよ? 禁欲。悪い子だね」
「ち、違います。当たっちゃっただけで……」
「そう?」
 目を細めて少し意地悪に笑いながら、先生の手がTシャツ越しに脇腹から脇の下あたりまでを撫であげる。そのまま手は繰り返し上下し、その手の動きがあやしくて身体がつい反応して震えてしまう。
「き、禁欲……ですっ……だめ……」
「うん。だから、触ってないよ? 君は男の子なんだから……胸の周りくらい、問題ないよね」
「そうかもしれませんけど……屁理屈ですよ。あ、ちょっと……んっ」
 脇の下から胸を寄せるように揉まれ、女性のような膨らみはないにしろ変な気分になる。自然と目線を落とせばTシャツから尖った乳首が透けて浮いてるのが見えて、恥ずかしくてたまらなくなった。
「先生、お胸がお好きですよね……」
「うん?」
「先日、先生のパソコンをお借りした時……ブックマークが巨乳の文字で溢れてました」
「何見てるの、君は……」
「ごめんなさい、見ようとしたわけではなくて事故なんです。でも少しだけショックだったというか……その、当然俺には何にも脂肪がないですし……つるつるのぺたぺたですし……」
 先生がいくら揉んでも寄せても何もないのが申し訳なくなるし、平坦なこの身体では物足りないのではと考えると悲しくなる。女性のように嬲られるのには興奮するけれど、女性になりたい願望はないし……て何を言っているんだか。
「拗ねてるの?」
「どうせつまらない胸ですよって思ってるのは……拗ねてるのでしょうか」
「そうだね」
「巨乳好きの癖にって思ってるのは……」
「うん、拗ねてるね」
 自覚はあったが拗ねさせている張本人に言われるのは、ちょっとむかつく。むくれてそっぽを向いてみるけれど、先生はすぐに頬を捕まえて自分に顔を向けさせた。
 真っ直ぐに見つめてくる黒目がちな瞳が、伏せた睫毛が、怒らないでと優しく語りかけてくる。
「出雲の胸が……一番可愛い」
「それは絶対に嘘ですよ、可愛くないです……」
「巨乳……視覚的には、いいのだけど。手が大きいから、かな? おさまりが……悪いんだよね。あんまり大きいと、今度は……乳首が好みじゃなくて」
「なる……ほど?」
 女性の胸に触れたこともなければ興味もないためなんにもピンときてないが適当に相槌を打てば、それが伝わったのか先生は笑った。そして今度は乳輪の周りを包むように揉んでくる。
「君の胸に……触った時。これだ、て思ったんだよ? ほら……僕の手に、ぴったりくっつく」
「わかんないです……平面に手を置いてるからでしょう? 男性の胸……それとも貧乳がお好きってことですか?」
「ううん? 出雲の胸が、好き」
 軽く口付けられ、親指が胸の先端ギリギリを撫でる。身体が反応するのを感じてもうこれは絶対アウトだと思った。イエローカードじゃなくてレッドカード。
「ん、んぅ……先生やだ……もう、触って……」
「君が……言い出したんだよ? 日付変わるまでは、触らない」
「そんな……禁欲おしまいで、いいです……せんせぇ」
「絶対……君の方が先に、音を上げると……思った。ほら……ゲームの続き、しようか」
「先生のせいじゃないですかぁ……先生嫌いです、もう……もう!」
 解消されないムラムラと苛立ちにぽすぽすと先生の肩を叩くが、笑いながら膝から下ろされるだけ。禁欲なんて言わなければ良かった。先生のバカ。バカ。
「まだ半日以上ある……頑張ってね?」
「先生が触らなければ平気です!」
「ふぅん?」
 いつも嫌な予感しかしない、先生の“ふぅん”。ぞくっとするが相手はせずに無視してコントローラーを拾い、ゾンビを倒してストレス解消してしまおうとゲームを再開しようとする、が。ライフルの照準を合わせていたら、ふっと耳に息を吹きかけられ、退けようとしたら腰を抱かれ唇が耳の縁をなぞっていく。
「友人とおでかけって……山下とか、坂本だよね? 腹立つなぁ」
「そう、ですけど……! 嫉妬されるようなことは、なにも……」
「十二時になるの……楽しみだね」
 いつも舐め回すあたりをちゅうっと吸われ、先生の唇は離れていった。先生へ目を向けるが、もう先生はゲーム画面しか見ていない。
「出雲、襲われてるよ?」
「えええ、ちょっと助けてくださいよ」
「うん? どうしようかな」
 いつも無表情のくせにこんな時ばっかりにやりと笑う先生は本当に意地が悪い。意地が悪いけれど、その後もゲームでは助けてくれるし、首筋や耳を撫でるだけで本当に何もしてこなかった。
 それよりも自分の方が重症で十二時になったら何をされてしまうのかとそわそわして堪らない。お仕置を楽しみにするなんてはしたない。なんで禁欲の日と言い出した俺の方がこんなに我慢しているんだか。
 テレビの上の時計に目をやる。もう少しで十二時だが、あともう一周時計の針が回る必要があるのが心底恨めしかった。
 俺と先生に穏やかな休日はまだ早い。
 
 
 


end
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