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閑話・番外編

今日は禁欲の日です(前編)

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 目覚めるともう、背後から身体をまさぐられてる。Tシャツの中で長い指が滑り、脇腹や下腹部を撫でてその手は少しずつ上昇していき――
「今日は禁欲の日にしますっ!」
 突然の大声に、胸の先端まであと数ミリで到達する指先がビクリと揺れて止まった。
「起きてたの」
 ぼそりとつぶやくと同時にすっと手は引いていき、Tシャツから出て乱れた裾を直す。
 まだベッドの中。目覚めて数秒。
 今日はお休みでお弁当を作らなくていいし、朝はゆっくり寝させてもらおうと思ったのにこんな風に起こされるなんて。
 寝返りを打ち、意識的に眉間に皺を寄せて目いっぱい怒った顔をする。
「エッチなことばっかりしすぎです。今日は一日禁欲の日にします」
「なんで?」
「なんでって……エッチなこと以外もしたいですし」
「それって……抜いてからじゃ、だめ?」
「ダメです……って、ちょっと……」
 駄目だと言っているのに背中に手を回し抱き寄せられ、下腹部のあたりに先生の大きくて硬いのが擦り寄せられる。なんでこんなにゴリゴリしてるんですか、もうやだ。
「一日くらい禁欲しましょうよ……」
「一人で、トイレにこもって……抜けってこと?」
「あ、耳元で囁かないでください!」
 寝起きで掠れた先生の低い声が直接脳を刺激してくる。ぞわっとして思わず内股になってしまい、太腿を擦り寄せるとクッと意地の悪い笑い声が響く。
「禁欲できるの、きみ」
「で、できます……」
「これ……どうすればいい?」
「はぅっ……耳元で喋らないでくださいってばぁ……」
 低いのにすっと神経まで響いて震わすような、弦楽器を思わせる先生の声。いつもえっちなのに寝起きはますます色っぽくて、聞いてるだけで腰のあたりが落ち着かなくなる。
 でもこうやっていつも流されてしまうので、ここで引き下がる訳にはいかない。これでは体目当てで一緒にいるみたいだし、もっと色んなことを共有したい。
「失礼します」
「うん?」
 先生のお腹にそっと手を添えて下から上へと繰り返しさする。先生は暫くその様子を見守った後、無表情のまま小首を傾げた。
「なに……それ」
「血液を下から上へ流せば鎮まるのではと思い、しずまれーって念じてました」
「へぇ? 念じないで、唱えて?」
「ええ……えっと、しずまれー、しずまれー……」
 自分で始めたことなのにやっているうちに段々と恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってくる。しかもさすっていた手に届きそうなくらい、先生のおちんちんが大きく……いや、ますます大きくなってるんですけど。
「逆効果じゃないですか!」
「うん。そうだろうと、思った」
「言ってくださいよ!」
「そんな赤い顔して……可愛いね? 本当に、だめ? 抜いてくれないの?」
 吐息がかかるくらい耳元に唇が寄せられて、熱のかたまりが擦り寄せられて。
 流されちゃう、流されてしまいそうだけど、たまには我慢してもらわないと身が持たないし、こんなに触られてばかりいたらエッチなことしか考えられなくなりそうで怖い。
「今日はしません……たまにはお休みしましょう? 明日は先生の好きにしていいですから」
「ほんと? 何しても、いい?」
「いや、あの、いつもみたいにってことですよ?!」
「なぁんだ……」
 先生はさもつまらないという声を出して、起き上がって煙草に火をつけた。自分も起きて二人で並んでヘッドボードに寄りかかって座る。
 先生が毎朝寝起きに煙草を吸うから、ほろ苦いバニラの香りが鼻腔をくすぐると一日の始まりを感じるようになった。煙を吐き出し、煙草を挟んでいる人差し指と中指の指先で軽く目を擦っている。
「禁欲って……どこまで?」
「ええと、そうですねぇ」
 顎に手を当て首を傾げる俺の輪郭を包むように大きな手が伸びてきて、親指で唇をなぞる。
「キスは?」
「キスしないのは嫌です……」
「舌、入れていい?」
「それはえっちな気分になるからダメです!」
「入れちゃおうかな?」
「ダメです」
 ざんねん、と笑いながら頬に口付けされてみれば、それだけで心臓がドキドキしてたまらなくなった。これは唇にキスもやめたほうが無難だったかもしれない。
「抱っこは?」
「抱っこは身体が密着しますし、ううん……」
「だめ……?」
 いつも表情は乏しいけれど、なんとなく空気でしょんぼりしているのは伝わる。やや眉が下がっているし。そんな顔をされたらダメと言いづらい。
「抱っこはいいとしましょう」
「膝に、乗せるのは?」
「それはだめです。先生いつも悪戯してきますし」
「そう……」
 煙草を口にしながらあからさまに項垂れる先生を見ていると罪悪感がわいてくる。けれど今日は禁欲と決めたのだから、ここは忽然とした態度でいないと。
「君を膝に、乗せられないなら……一日中、抱っこしてうろうろする……」
「え、嫌ですけど」
「僕もやだ」
 顔を見ればむぅっといい大人がむくれている。これを見て呆れないで可愛いと思ってしまうのが宜しくない。
「自分でこんな事言うのも何ですが、膝に乗せたら触りたくなりません?」
「うん? 君のおっぱいが、触ってって……言ってこなければ」
「いつも言ってないんですよ」
「言ってる」
「言ってません! もう、馬鹿なこと言ってないで朝ごはん食べましょう」
「うん」
 不満ですよとわかりやすいオーラを出しつつ、灰皿に煙草を押し付けベッドから離れる。
 よし、とりあえずは了承してもらえた。一日のはじまりは良好だ。先生の普段の休日の過ごし方を聞いたり、たくさんお話して今日は穏やかに過ごそう。先生と一緒に何ができるだろうと想像するだけで楽しみが止まらなかった。



「いや無理です怖いんですけど! 絶対また動き出すんじゃないですか?!」
「そうなったら……出雲の飛び跳ねるとこが、また見れる」
「楽しみにするのやめてくださいよ?!」
 というわけで先生の休日の過ごし方の一つ、ゲームを満喫している訳だが。
 これまでテレビゲームといえばもっとキャラクターが可愛らしいアクションゲームを友人とやったぐらいだったのに、ゾンビを撃ち殺していくガチガチのサバイバルホラーをやることになってビビり散らかしている。全然穏やかじゃない。
「せ、先生、先生、口からなんか出ました!」
「うん、見えてる」
「不安なので早く近くに来て欲しいです……」
「地雷置いてるから、待って」
 穏やかではないが、俺が襲われていればすかさず敵を撃ち殺してくれるし、先生が地雷をセットした場所に敵がきっちり現れて次々に爆破されていくし、相当やりこんでいるようでサポートは完璧である。
 休日の過ごし方を尋ねたところ、お酒、機械いじり、読書、ゲームをあげられたため二人でゲームをしようということになったのだが、一緒にローカルプレイできそうなものがこれだけだった。ちょっと怖いし初めは不安だったが、先生がとても頼りになるし意外に楽しいかも。
「出雲、ヘッドショット」
「こちらのかたにですか」
「ふふ……ゾンビにこちらのかたって……」
「笑わないでください!」
 何よりさっきから先生が楽しそうで嬉しい。いつも退屈そうというわけではないけどぼんやりしている事が多いので、ゲームの中できびきび動く先生の新たな一面を知ることができた。先生自身はゲームよりもさっきから俺の反応を見て楽しんでいるような気がするけど。
 ヘッドショット。頭を撃つのはさっきちゃんとできたし、いけるはず。慎重に照準を合わせて撃てば見事に命中。しかし喜びにワァッと笑みがこぼれた瞬間、弾けた首からなんかわさぁって……ワサワサーって気持ち悪い長い臓器みたいなのが出てきて一瞬で肩が縮こまった。
「せ、せ、せんせい! なんか、なんか! なんか出てきましたぁ!」
「こいつはね……体術で、倒すんだよね……」
「知ってて! 知っててやらせたんですね?! ひどいです!」
「君、可愛いんだもん」
 くくくと笑いを堪えながら、先生が缶ビールに口をつける。この人やっぱり俺の反応を楽しんでる、もう。
 隣に座る先生を横目で見れば、気づいた先生もすぐ視線を合わせて僅かに微笑みを見せてくれた。休日こうしてお酒を昼間から飲みつつ、このソファに座ってゲームをしている先生を想像する。そして今はその隣に自分が座っている。
 ゲームは上手くないし先生の足を引っ張ってばかりになってしまうけど、先生の生活の中に自分が参加できるのは幸せだなと体の芯がじんと温かくなる。




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