疼いて疼いて仕方ないのに先生が手を出してくれない

松原 慎

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泥沼編

動作不良は仕様ですか(後編)※先生視点

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 中に入ってくる足音がしたので、出雲に布団を被せて耳元で囁いた。
「静かに……でも、続けるんだよ?」
 出雲は小さく頷いて、ちゅ、と僕の鼻の頭にキスをした。
 カーテンの外に出ると、そこにいたのは山下だった。思わず本音が漏れる。
「また、君……」
「またってことないじゃんか、先生。いずもん、またいるかなって……昼休み先生に抱えられてたってみんな話してたし」
 しつこいな。あそこまで言われてよくまだ関わろうとするものだ。この子にはプライドというものがないのだろうか。
 どう追い払おうかなと考えるが、まぁ正直に話すことにした。どうしたって出雲を抱えて連行してのは周知の事実なのだ。あれは随分と気分が良かったのでやったことに後悔はないけれど。
「君の、言うとおり。中で寝てる。でも、君……何かしたって? あの子に」
「えっ……」
「傷、ついてる……何したの」
 言えるわけもないだろう、と思いつつ聞いた。すぐに去ると思って座らせもせずに。あのベッドでコソコソと触っていたことも、追い払われる時に顎に触れたことも普通に考えれば恥ずかしい行いだ。
 しかし山下は苦い顔をしたかと思ったが、なんと馬鹿なことに自分のしたことをペラペラと語り出したのだ。体育館の用具室であの子を襲いかけたことまで、だ。
 いたく驚いた。全く何を考えているのかわからない。そんなことまでしていたのか。もう諦めればいいのに何を期待しているのか。さらに愚かなことに聞いてない愛の告白までし始めた。
「俺、ずっといずもんのこと好きだったんだよ。でも男同士だしさ……ずっと言わないで友達でいようって思ってたんだ。それなのに、まさか他の男にって……俺とはずっとただの友達だったのにって思っちゃったんだ」
「ああ……まぁ……」
 ただ自分が行動を起こさなかっただけなのに酔いしれて語る姿に、後頭部を掻きながらあまりにも興味のなさそうな返事をしてしまった。しかしいつもの事だと思われたのかスルーされた。
「謝って告白したいんだ。最近元気なくてよく保健室に来てるだろ……避けられてるから話だけでもしたくて、先生、なんか声かけてもらえないかな」
 山下という生徒は少し頭が足りないようだが良い子だと思っていた。ただ好きになった相手もとった行動も最悪だ。せっかくこちらできっちりフラれる機会を与えたというのに、どうしてまだどうにかなると考える。そこで引き下がってればよかったものを。
 それだけ好きだったのか。
 挫折を知らないのか。
 腹が立つな。
 もっとわかりやすく心をポッキリと折ってあげないと次また何をしでかすか分かったものじゃない。
 彼の熱い視線を受けながら面倒くさいなぁ、と額をさすった。この腹立たしい思いをどうにかして消化しなければならないではないか。
 しかしふと思った。これは自分の願望を一つ満たすチャンスかもしれない。この子がどれだけ自分に心酔しているか見たいし見せつけてやりたい。
 可愛い子は自慢したくなるものだ。
「出雲」
 カーテンを開け、呼びかける。山下に対して人差し指をしーっと唇に当て合図をし、彼も招き入れカーテンを閉めさせる。僕だけそっと近づいて布団の中を覗くと、あっ、と涙の浮かぶ瞳で熱い息を漏らしながら微笑む可愛い子がいた。
「いい子に……してた?」
「せんせ……おれ、ちゃんとしてました……こえ、がまんできてました……? きもちよくて……ちょっと、でちゃったかも……」
「うん? 聞こえなかった……よ? いい子だね」
 頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を瞑る。可愛い。どうしてこんなに可愛いのかな。こんなに可愛くなければこんな意地悪しないのに。
「いずもん……? どういうこと……」
 さっきまで期待に満ちた顔をしていた山下は、日に焼けた顔でもそこまで青ざめるのかという顔色をして上擦った声を漏らした。
 彼の存在に全く気がついてなかった出雲はハッと目を見開いて起き上がり、驚愕の顔で僕と彼を交互に見つめる。
「え……なに? なん、ですか? なんで山下がここに」
「君……僕と彼の、会話。聞いてなかったの」
「え……?」
 あまりにぽかんとした顔を向けてくるので、ふっと笑ってその頬を撫でた。
「とろとろ、だったもんね。可愛いね。彼……君が、好きなんだって。ずっと」
「山下が……?」
 わかりきっていたことだろうに、目を丸くする。これだから隙だらけなのだろうな。色恋関係なくとも男女問わず好かれているのだろうし、もっと警戒心を持ってくれないと危なっかしくて仕方がない。警戒心をもてないならば、もつ必要がない状況に置いてあげるしかなくなるのに。
 頭に血が上る。本当にどうしてくれようか。
 電子タバコなどじゃなく紙巻タバコを吸わせてほしい。
 イライラする。まるで自分じゃないようだ。
「先生ちょっと待って、どういうことだよ。今の会話、なに……」
「出雲に……指、ささないでくれる?」
「だから、どういうことだよ! いずもんの相手は大鳥だろ?!」
 やめろと言っているのに出雲に指を差すので、その指をへし折ってやろうかと思ったが、それはせずに出雲の被っている布団を剥いだ。さすがに性器は萎えてしまったが、靴下しか身につけていない下半身が光の下に晒される。
「せ、先生……! やめてください!」
 出雲は慌てて膝を曲げ、体を縮めて股の間に手を入れて恥ずかしい部分を隠す。なかなか可愛い姿だが、今はそれをされては意味がない。
「山下、ほら。見たかった……?」
 ベッドへ腰を下ろし、後ろから出雲の膝を抱えて足を開かせ、全部がよく見えるようにしてあげた。山下は慌てて顔をそっぽに向ける。しかし出ては行かないのを見ると興味をそそられているんだろうと察した。
 片膝だけ下ろし、前に出雲から没収したクリームケースを取り出した。その小さなケースの蓋を片手で外し、中身を指に塗りつけると、また膝をあげて穴に塗りつける。
「あ、や……せんせい、だめ、やめ……」
 もう十分柔らかくなっていたので、するすると僕の指を飲み込んでいく。嫌だ嫌だと言う割に出雲も、あ、あ、と喘ぎながら抵抗もせずに指を受けいれた。出し入れは先程楽しんでいたのをよく見たので、触ってと僕の指に主張してくる可愛い膨らみを擦ってやる。
「あぁ……ッ?! せんせっ……だめ、あ、や、あっ……」
「だめ? 好き、だよね? ここ」
「あ、あ……しゅき、だからっ……だめ……あっ、あっ、やだ、きもちいぃぃ……」
 快感に目を瞑れば綺麗な涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、それでもきもちいいと腰を揺すっていて、腹の奥が燃え上がりそうなほどの興奮を覚えた。出雲は何をしても可愛い、理想以上の反応をしてくる。
 こんな可愛いところはもう二度と誰にも見せないだろうに、見ないなどもったいないなと山下へ目線をやれば、横を向きながらしっかり目はこちらを向いていてその惨めさに気分が良くなった。
 一度だけ、僕のものだと、僕の前でこの子がこんな風になっちゃうところを、いつもの出雲しか知らない、いつもの出雲が大好きな誰かに見せつけたかった。
 この子はこんなにも僕の所有物なのだ。
「山下」
 呼びかけられ、目線だけでなく顔もこちらに向ける。可哀想に、もう噛み付くこともできなそうだ。
「いれる?」
 甘い誘いに、山下は生唾を飲み込んだ。何を言われてるかわからず無反応だった出雲は彼の反応を見て、ふるふると力なく首を横に振る。
「なんで、せんせい、なんで……あ、や……うごかしちゃ、あっ、ゆび、やぁ……せんせ、や、やです……っ! なんで、あ、あ、なんで……っ?」
「君……僕のおしおき、いつも喜んじゃうから」
 指二本を使ってぷっくりしたそこを、くにくにと捏ねて刺激する。それに腰を浮かせたところに、ぐっと押すように強く撫で回す。
「ああぁっ、あ、あぁ……あぁー……らめっ、ら、め……あっ、ごめんなひゃ……ごめんなひゃ、ぃ」
 嫌がりながらも気持ちよくなるのが止まらない出雲の姿を見ながら、山下は額の汗を拭い、嗚咽を我慢するかのように空気を飲み込む。出雲の膝を下ろして見るからに可哀想な彼を指さし、耳元で静かに語りかけた。
「彼……可哀想、だよね。君が、好きだったのに。大鳥にとられて……散々セックスして、捨てられて。今度は、僕のものに……なっちゃって。僕は絶対手放さないから、彼の片想いは……もう、終わり」
 やだ、と首を横に振ろうとするので、指さすのをやめ出雲の頭を抱え、逃がさない。意思表示もさせない。
「しかも、好きな子が……こんな、変態で。可哀想に」
「う……ごめんなさい……」
「君、彼に……襲われかけたんだって? なんで、黙ってたの? ぼーっとしてると……痛い目にあうんだよ? わかる? 大好きな君がそんな目にあった、僕の気持ち、わかる?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 あんまり謝るものだからだんだんと可哀想になってくる。けれども出雲が可哀想だと滾ってくる部分もあるので困ったものだ。僕はこんなにサディストめいたことをする人間だったのだな、思っていたよりも活力に溢れているようだ。 
 クリームケースと共に出雲から以前没収したものを彼の目の前に見せつけた。
「これ、なに?」
「コンドーム、です……」
「君が持ってた……ものだよ? なんのために、持ってたの?」
「ハヤトに、いつ呼ばれても……いいように……」
「彼に着けて」
 出雲が受け取るのを見送り、僕は指を抜いてベッドから離れた。小さな丸椅子に腰掛けながら、戸惑いこちらに視線を向ける出雲に、山下のいる方角にどうぞ、と手で指し示す。
 出雲は暫くコンドームを見つめていたが、ゆっくりと彼の方へ動きだした。そしてベッドの端に足を投げ出して座り、少し腕を伸ばして山下の手を取り近づくように誘導する。
「い、いずも、いいよ、やめよう。誰か他の先生とか呼んだ方がいいよ、こんなのやばいって……」
「ごめんなさい。俺、先生に捨てられたくないんです。俺が初めてでごめんなさい……抱いてください」
 ベルトを外し、ズボンと下着を脱がせるとすぐに立ち上がったものが飛び出し、一度びくっと後ろへ仰け反る……しかし、彼が乗り気になるようなのか、自分も満更でもないのかわからないが、出雲はそこをさすって唇が触れそうなほど近づき潤んだ瞳で見上げる。
「立ってますね。入れたいって思ってくれてるんですね」
「ごめ……ごめん」
「謝らないでください」
 目を逸らしながらもチラチラと自分を見る山下をじっと見つめながら、コンドームの封を開き、空気を抜く。陰毛を抑えてスムーズにくるくると装着するのを見ながら、やはり手馴れているなと関心した。
 それにしても第三者視点で見るのも悪くはない。横から見ていると出雲の弓なりに沿った背中から腰にかけたラインがとても綺麗だ。細い腰に見惚れてしまう。
 コンドームを装着し終えると、出雲は戸惑う彼の手を取りながら、ゆっくり後ろに倒れ込むようにベッドに横になる。山下はそのまま過呼吸でも起こさないかと危惧するほど息を荒らげ、筋肉質な彼のものよりずっと細い両足を抱えながら股の間に入る。出雲は自らの腕で目元を隠した。
 先程ほとんど吸わずに電池の切れた電子タバコをもう一度加熱し、吸い込む。
 冷静な自分がここまでする必要があるだろうかと、怒りの抑えられない自分に語りかける。もうあの子は僕が好きだと言ってくれているのに。あまりに可哀想なのではないかと。
 それでもあの子が僕のものにちゃんとなったと実感しないと満たされない自分がいて、自分がすること全てを許し受け入れてくれるか試さずにはいられない自分がいて、僕は止めることはしなかった。
 自分が怒っているというこの感情を君にぶつけたくて仕方ない。
 きちんとほぐしたそこに、彼がすんなりと入っていく。
 僕もまだした事がないので反応を見るのを楽しみにしていたが、出雲は僕に見られたくないのか顔を隠したまま反対方向を向いてしまった。彼が入っていっても、小さく呻くだけだ。
「う……わっ……いずもの中、すご……動いていい? 痛かったらごめんな」
 声を出さないまま頷く出雲を見て、山下は探り探りといった様子で少しずつ動き始めた。
 最初はぎこちなく、出雲の反応も薄かったが元々運動神経がいいからだろう、すぐに感覚がわかってきたようで出雲の腰を掴んで上手く律動し始める。
 声こそ出さないものの、柔らかそうだった腹部に、どんどん力が入っていくのがわかる。両足もそわそわと動き、ベッドについた足の指がシーツを握っては離してを繰り返している。何度もはぁぁ、と大きく息を逃し声を出すのを我慢して。いつもあんなに気持ちいいと僕に語りかけるのに。
 久しぶりに男性器を迎えて、あのやらしい身体が悦ばないはずがないのだ。きっと気持ちよくて仕方ないのだろう。
「出雲」
 語りかけにビクッと大きく体を揺らす。
「気持ちいい?」
 歯を食いしばりながら首を横に振る。嘘つきだな。
 電池の切れた電子タバコとスマートフォンをポケットにしまい、出雲に近づく。ベッドの上部から顔を覗きこみ、顔を隠す腕を剥がそうとするが、なかなか言うことを聞かない。
 この子がこんなに強情なのは見たことがなく、これは僕のことを好きなゆえのものなので、これを無理矢理引き剥がしてしまうのはいけないと思った。顔は隠させたまま、頬を撫で、頭を撫で、優しくもう一度聞いた。
「気持ちいい?」
 頭を撫でていると彼に突かれている動きが伝わってくる。それに合わせて出雲が呻いて、歯を食いしばって、息を吐く。
 出雲は暫く時間をかけて、小さく、無理矢理絞り出すように、声を出した。
「きもち、いぃ……」
 可愛い。なんて愛おしいのだろう。
 気持ちよくて仕方ないだろうにそんなに我慢して、僕のためにそれだけやっと絞り出して。
「キスしたいから……腕、剥がすよ?」
 そっと腕を顔から離すと、涙でぐしゃぐしゃになった目を細め、両腕を伸ばして僕がするよりも前に口付けてきた。荒い息遣い、漏れる吐息を抑え込むように唇を重ね、舌を絡める。
 そうしているうちに、山下の低い呻き声が聞こえ、彼は動きを止めた。揺すられていた身体の動きが止まり、それでもまだ唇を離さず二人で貪るように舌の出し入れを繰り返す。
 あまりにそれに夢中になっており、気が付けば山下はこれ以上ないほど複雑な面持ちで衣服を正し、踵を返すところだった。
 まずいと思い、出雲から離れ彼の後を追う。山下は僕に気がついて足を止め顔を少しだけこちらに向ける。表情まではよく見えない。
「先生、動画撮ってたろ。誰にも言わないからそんなの消してやってよ」
「いや……消さないけど」
「なんでだよ、誰にも言わねぇよ。こんなのいずもんが可哀想だ。あんなに我慢して可哀想すぎるよ……先生、なんなんだよ。いずもんのことちゃんと好きなの」
 握ってる拳が驚くほど震えているのを見て、殴られるのは御免だと思った。けれどもチラと見えた彼の横顔を見て、ああ、泣くのを我慢しているのかと納得する。
「あの子に……触っといて、よく言う」
 大鳥と関係を持ってたと知って触ってくるなんてあからさまなことをした癖に。セックスしたのもいずもんの為に仕方なくとか思っているのだろう。
「僕は……あの子が、好きだよ。でなきゃ、こんなことしない」
「はぁ? なにそれ。意味わかんねぇ」
 威勢はいいが声が裏返ってる。
「まぁ……もう、こんなことは……しないよ。これが、最初で……最後」
 眩しい時にするような変な顔の顰め方をして僕の顔を見ると、山下は背中を向けた。
「いずもん、先生のこと好きなんだろ。こんなことするくらい……大事にしてやってよ……」
「言われなくても」
 もうこれ以上ここにいたくないというように足早に去っていく背中見送り、出雲の所へ戻る。出雲は赤ん坊のように体を丸め、ぐすぐすと鼻を鳴らししゃくりあげながら泣いていた。
 近づいて汗に湿った髪を撫でると、鼻まで真っ赤になった顔を見せて両腕を伸ばしてくる。腕を引いて上半身を起こしてやり、ぎゅっと抱きしめた。
 背中をさすっていると、しゃくる時の肺の動きがよく手のひらに伝わってくる。こんなに震わせて。
「僕のこと……嫌いに、なった?」
 聞けば、首を横に振る。
「好きですっ……先生こそ、嫌いに……嫌いに、ならないで。ごめんなさい、だから、捨てないでください……」
 自分の怒りが静まり、ふつふつと罪悪感がわいてくる。
 でも、よくわからない。後悔まではしていないような気がする。ただ、可哀想なことをしたな、と。
 可愛いこの子に、大事にしてあげたいこの子に、ここまでした理由を分析しようと試みる。
 強く表れている独占欲により、彼に触られたことが気に入らなかったから。しかしそれならなぜ彼に自分もまだ挿入してないというのにセックスまでさせた? 見せつけるだけで良かった。口止め用の動画撮影のため。これはある。しかしそれならば出雲単独の動画や写真だけでも脅しの材料にはなっただろうに。
 わからない。
 ここまでする必要があったのか。
 やはり、出雲がどこまで受け入れるか試したかったから?
 ただ単純に、腹が立ったから?
 わからない。
 自分は人とは違う感情の持ち方をしているという自覚はあった。
 さざ波のようにしか起こらない感情の起伏。だから感情の動いた時にはそれがなぜなのか分析し、自分なりに答えを出して納得できるようにしていた。
 けれど、わからない。
 分析する機会が増えた。
 理解できないことが増えた。
 僕は今、自分が怖い。
 分からないことは、怖い。
「捨てないよ」
 その言葉すら、信用できないほどに。


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