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閑話・這って出てきて転がり落ちて
①
しおりを挟む幾度となくこの体は隼人を受け入れてはいたが、まともな繋げ方をしたことは一度もなかった。
つまり自分は性交の経験はあっても、それはまともな行いではなかった。
数え切れないほど隼人を縛り付けて行われたその行為はあまりに自分本位で自慰とさして変わりはない。初めて隼人に抱かれた時は逆に俺が拘束されて失神しながらいつの間にか果てていたし、隼人にいたっては絶頂を迎えていなかった。
そんな形でも抱いてもらえたことが嬉しかったが、いつかきちんと愛し合えたらと願っていた。しかし初めて真っ当にこの身体を抱いたのは浅人だった。
温度を高めに設定したシャワーの湯を全身に受けながら、肌が真っ赤になるほどに浴用タオルを体に擦り付けた。触れられた感覚を全て子削ぎ落とすように何度も繰り返すうちに石鹸が肌にしみてくる。
痛い。肌も、軋む骨も。
ずっとつま先を伸ばしていたせいか、足の甲の筋が少し動かすだけでもズキズキと痛む。それは快感に耐えていた証拠で、苛立ちに近くにあった手桶を打ち付け痛みの上塗りをした。
浴室の壁に手をつき、腰を突き出して手を後ろに回す。尻の割れ目に指を滑らせるとくちゅくちゅと音が響いた。吐息が漏れ、喉を鳴らす。そして少しの緊張を感じながら指を挿入した。
「あっ……く、うぅ……」
長いことシャワーを浴びているのに中はまだドロドロだった。少し指を曲げて粘液を絡めるようにして抜くと、どろりと漏れて太ももの方まで伝っていき、やっとシャワーで流すことができる。
それを何回か繰り返すうちに体に甘い疼きが走り、そんな自分の体に絶望した。指に絡まる浅人の精液には確かな嫌悪感を感じているのに、執拗に擦られ捏ね回された中が喜んでいる。
「うっ……う、ぁ……はぁ、あぁ……うっ……」
我慢できない声と一緒に嗚咽が漏れる。
隼人じゃなくても快感を得られる自分の体が許せなかった。
もう中に触れたくないのにいくら掻き出してもぬめりが取れないような、中が汚れているような気がして指を抜くことができない。嫌悪と快感が入り交じってぐちゃぐちゃになりながら、壁についた手首に視線をやる。
青紫色の痣がまだ残るそこに額をつけ、口付けた。
そこでやっと一度指を抜き、浴用タオルを手首に巻き付けシャワーフックに引っ掛ける。体重を掛けるとギチギチとタオルの繊維が擦れ手首を締め付ける。
再び指を突き入れ瞼を下ろし、隼人の事を思った。
探るようにではなく、あの無遠慮に快楽を叩きつけてくる動きを思い出しながら、自分で普段する時にはしないような強さで指をフックのように折り曲げ擦り付ける。腰が引けてしまうが両足で踏ん張り耐える。しかしそれをすると足の甲に痛みが走り、この痛みは違うと首を横に振った。
「ああっ……ちがう……ちがう、ちがう、入ってくる、な……俺と隼人の間に、入ってこないでくれ……!」
身体も頭も混乱してその場に崩れ落ちたが、巻いた手首だけはその場に居座った。吊られた肩が痛い。
きっともう俺は隼人に愛してもらえないのだろう。それならあの時死んでしまいたかった。隼人の手で死んでしまいたかった。
隼人の涙と自分の命の重さならば、隼人の涙の方が価値がある。この命と引き換えに一生俺のために涙を流してくれるのなら、その方が良かった。
食事の度に玉貴が悲しそうな顔をする。
もともと体調を崩したり疲れていたりするとすぐに食べ物が喉を通らなくなる質だったが、胃に物を入れるのではなく舌にモノを乗せるのが苦痛になった。
しかし用意してもらったものを食べられないのもストレスで、箸を持って置いてを繰り返した後にやっと米を一口分運ぶ。舌にあまり乗せないように噛んで飲み込むので味があまり分からない。何回かそれを繰り返すが、だんだんと飲み込むのが辛くなってくる。水分が喉を通るのも気持ちが悪く、流し込むこともできない。小鉢に小さな鶏肉の煮物が一切れ入っているが、肉を口に含むのは考えただけでも吐き気がした。
そうやっているうちに箸を持つ手がどうしても動かなくなる。箸を持ってるだけなのにこんなにも重い。鉛の様だ。
「お兄ちゃん、無理しなくてもいいよ」
いつもそんな俺の様子を暫く見守ったあとに玉貴は声をかけてくれた。いつしかその言葉を待つようになった自分は本当に最低な兄だった。
「すまない」
「ううん。いつもよりお米食べてくれたみたい」
無理して笑顔を見せる姿に胸が痛む。
逃げるように自室に行くが、まだ食べ物の余韻が残った状態でベッドが目に入ると、だんだんと呼吸が苦しくなった。その場に座り込み、上手く息ができずはっはっと短く息を吸う。整えよう、息を逃そうと焦れば焦るほど溺れていく。
しかし過呼吸を起こすと隼人に首を締められた時のことを毎回思い出した。
食事も摂れない、呼吸も上手くできない。このまま隼人を想ったまま呼吸が止まればいいといつも思っている。
しかし時間が経てばやがて呼吸は落ち着き、当然俺は生き残る。
自らの股間をまさぐるとそこは硬さを持っており、ズボンのファスナーを下ろして取り出し自慰を行った。この勃起が命の危機を感じた生存本能からきているものなのか、隼人に締め落とされ絶頂したことからきているのかはわからない。
ベッドに寄りかかって天を仰ぎ、上下に、ただ単調に扱いていく。性的なことに嫌悪を感じているのに、惨めったらしく骸骨みたいな腕をして自らに快感を与える。
カラカラになった乾いた身体で汗もあまり出ないのに、しっかりと先走りが流れ始める。射精しようと準備を始める。腰が浮いて息が乱れる。
右手で竿を扱き、左手で亀頭を撫で先走りを塗り広げる。目を向けると両手首に浮かぶ痣が薄くなっていることに気がついた。
ゆっくりと立ち上がり、制服とともにかけられたベルトを手に取る。
それを片腕に巻き付けてから、口を使ってもう片方の腕にも巻いて、咥えたままギュッと引き寄せ引っ張りながら自慰を再開した。
「ぐっ……ふ、ぅっ…………ふーっ……ふーっ……」
ベルトの革の臭いが鼻につく。しかし拘束されている状態ならば我慢できた。
手首が擦り切れ、扱く度に圧迫される。それを受けて自分はどんどん高揚していく。
この手首の感覚だけが隼人を深く感じさせ思い出させてくれる。首を締めながらしたらもっといいだろうか。
だんだんと焦燥感が強くなっていく。ベルトを噛む顎に力が入り、声を抑えながら首を動かしベルトを引っ張ってさらに手首を締め上げた。すると痛みで握る力が自然と強まり腰が跳ねる。
「ンッ、う、う、ぐ、んんんっ!!」
その興奮のまま勢いに任せ激しく、ぐちゅぐちゅと音を立てながら精を放った。噴射した精液がとろとろと流れて両手を汚していく。
「はぁっ……! はぁ、はぁ……」
ベルトから口を離し、手首の拘束を解くとそこは赤くなりピリピリとした痺れを感じた。手の血色が明らかに悪い。元の肌が白いせいか気味の悪いほど青くなった手にかかった精液はよく見たらほとんど透明だった。
精子がまともに作られてないないのだなと理解し、それなのにまだそれを吐き出す自分を汚く思った。
手を拭き取りながら、もう本当に死んでしまおうと思った。人生を終わらせてしまう生きてる上で最大で最後の決断となるものだが、あまりにあっさりと、そしてすんなりとそう思った。手首の痣が残っている、今のうちに死んでしまえばこれはもう消えない。
先程まで手首に巻いていたベルトを穴に通し、頭に余裕で通るのを確認してドアノブにかけた。
未練が全くないかと言えばそんなことはない、だから躊躇するまえにやってしまおう。玉貴をまた泣かせてしまうことだけはとても悲しい。でも俺が生きていたとして、玉貴は見えないところで涙を流しているのだ。もうそれを終わらせてやるのもいいかもしれない。
隼人にはずっと悲しんでほしい。自分を思って泣いてほしい。そして最後まで俺が隼人のものだったと思っていてくれ。
下からベルトに頭を潜らせる。しかしどう体重をかけようかと考えている間に、静かな部屋にノックの音が響いた。
一気に現実に引き戻される。
ベルトから抜けようか、それともこのまま体重をかけてしまおうか咄嗟に判断ができなかった。そして中途半端に少し動いてしまったら、ガチャガチャと不自然にドアノブが揺れた。
「おい、玲児? どうした?」
扉一枚隔てた真後ろから口調の割に澄んだ低い声が聞こえ、すぐに貴人さんだと分かった。
なぜこんな時に邪魔をするのかと目を閉じる。今すぐ足を伸ばして体重をかけてやろうかと思ったが阻止されるに決まっている。ならばもう動くのも面倒くさくなり、返事もせずにただそこに座ったままでいたら、扉は開きドアノブがガツンと頭にぶつかった。
見るなり怒鳴り声が響くかと思ったがそれはなく、ぐっと力を込めて扉を押して隙間を作った貴人さんは、そこに手を差し入れすぐにベルトを留め具を外した。
「おい。扉の前からどけ」
顔も上げず、じっとその場から動かないでいた。すると頭上からこのクソガキが、と吐き捨てられる。
「秀隆さんに言われたくねぇだろうが。早くそこをどけ」
その名前を脅しに使われたら言うことを聞くしかなく、俺は扉の前から離れた。しかし立ち上がることはできず手をついて腰を引きずり移動をし、貴人さんが入れるだけのスペースができたところで止まった。
「てめぇ何やってやがる。おい。今何してたんだ?」
返事をしないでいたら背後で膝をついた貴人さんに肩を掴まれ、顔を向けさせられた。
眉間にも鼻筋にも皺が寄るほど怒りに顔を歪めた貴人さんの水色の瞳がじっと脱力した俺を捉える。
「何してたかって聞いてんだ。わかんねぇのか?」
「言うことなどありません」
「そうかよ。まぁ言えねぇだろうな。ふざけんじゃねぇぞ。またあのガキとなんかあったか? あぁ?」
玉貴に聞こえないようにしているのか大きな声を出す訳では無いが、低く一音一音噛み締めるように吐かれる言葉は怒りが込められているのがよく伝わってくる。
顔を近づけて凄んでくるので顔を逸らせば、顎を掴んで無理矢理に自分の方へ顔を向けさせる……が、目が合った貴人さんは動揺して瞬きを繰り返し、俺の頬に触れた。
「体重測ってるか? いくらなんでもお前……」
手を伸ばされそれまでじっとしていた身体を動かし抵抗しようとすれば、きっとただ触れようとしたのだろう、軽く押されただけで力の入らない身体は後頭部から床に落ちた。
「てめぇ本気か……? こんな簡単に倒れるのか」
「うっ……やめろ、触るな……っ」
シャツの上から腹部に触れられ、ウエストを掴まれる。するとまたひゅっと息が苦しくなってきた。
仰向けに倒され、馬乗りになった貴人さんの手が探るように上半身に触れている。
貴人さんは自分の体の細さに驚愕し、また俺が何も言わないので調べるためにそうしている事はわかっていた。それでも自分を覆う影と腹部を撫でる優しい手つきが恐ろしくて胸がつまり、息ができなくなる。
やめろともう一度言葉を吐き出す前に短い呼吸が繰り返され、ヒュッヒュッと呼吸音が漏れ出すとパニックを起こし始めて頭が真っ白になった。
苦しくて、どうにもならなくて腹に添えられていた腕を掴む。それを見た貴人さんは冷静に俺の身体を仰向けから横向きに転がし、手を握りながら背をさすってくれた。
「悪かった。大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ。できそうなら息を吐け。大丈夫だ。すぐ楽になる」
貴人さんの前で発作を起こしてしまった情けなさと申し訳なさをひしひしと胸に感じながら何度も頷いたが、優しい声で返事はしなくていいと言われてしまった。そして握った手を強く握り直される。
「大丈夫だ、大丈夫だから。焦らなくていい。時間がかかってもちゃんと治る。ゆっくりでいいから呼吸しろ。大丈夫だ」
貴人さんの声に耳を傾けながら握られた手の下、手首をずっと眺めていた。優しい声よりも暖かい手よりも俺に大事なのはその痣でしかなかった。
貴人さんの前で醜態を晒した後、車に押し込まれて病院に連れて行かれた。しかも数日の入院まですることになり、点滴が落ちるのを眺めながら慣れないベッドの上で生き長らえてしまったことを実感していた。
貴人さんは俺が部屋で何をやっていたのか誰にも言わなかったが、退院する日の前日に一人で訪れ、絶対に死ぬなと言われた。
「何があった? どうしても言えねぇのか。あのガキのせいなのか」
「それは断じて違います。隼人のせいではない……」
誰のせい、とかそんな問題ではない。浅人のせいだとも俺は思っていなかった。浅人を追い詰めたのは自分にも一因があり、こんなことをさせてしまったことに申し訳なさすら感じていた。会って話しをしたい気持ちともう二度と会いたくない気持ちの両方がせめぎ合っている。
何か、これこそが原因であるというものがあれば良かったのだろう。
しかしそんなものはない。
こうして浅人に対して感じる申し訳なさだとか許せなさだとか、玉貴を悲しませ心配かけている事実だとか、全てを捨ててしまいたい。
何より自分が許せない。
飯は食えずガリガリに痩せたこの醜い身体は、まだ隼人を求めている。けれど彼の求める自分は浅人によって消されてしまった。
浅人にされたことがフラッシュバックするこの身体はもう愛してもらえない。きっと隼人は俺を拒絶する。このことを知ったやつが正気でいられるのかもわからん。
それを目の当たりにするのが俺は、すごく怖い。
今目の前にあるもの、これから待つ全てのものから逃げ出したい。ここにいたくない。
自分の周囲をぐるっと見回して、ああもう生きていくことは無理だと思うのだ。
「奥さんだって亡くしてるのに、お前まで逝っちまったらあんまりだ。秀隆さん心配してたぞ」
「顔も見せん奴のことなど忘れたと伝えてください」
「お前があんまり嫌うからだろうが」
「ふん」
あれが悲しむというのは何よりも関係ない事項だと、貴人さんの発言を鼻で笑った。
入院先で心療内科を勧められてしまい紹介状を出され通うことになったが、紹介されたのは恐らくあまり良いとは言えない医者だった。何に困っているのかと聞かれ、発作や食欲不振、睡眠不良を話すと処方箋を出し、また来るようにとだけ言われ終わる。こんな複雑な感情を言語化する自信はなかったので助かったと思うと同時に、このまま現状が変わることはないとどこか落胆していた。
退院直後が定期試験だったので何かあった時のためにと保健室で受けさせてもらい、最終日になり加賀見に少なくとも週に一度は顔を見せにくるように言われ煩わしく思ったが従った。とりあえず週明けに処方箋が見たいと言われたので素直に持っていけば、テーブルを挟んだ対面のソファに腰掛け、加賀見は調剤記録を見ながら怪訝そうに目を細めた。
「随分強い薬、出てるね? 少し様子を見て、調整していくものだけど……副作用、出てない?」
「実は……薬を飲んだあと、起き上がっていられなくなることが何度かあった。それから飲むのを控えていたが……」
「勝手に断薬するのも、どうかな……早めに相談、したほうがいい。他の病院……考えてもいいかも、ね」
自分もそれを考えてはいたが、そこまでする気力は到底なかった。入院してる間に僅かながら体力を取り戻した気もするが、食事量はあまり変わっていないのですぐに元に戻るだろう。
元気を取り戻そうなんていう気はなく、時間を越していくために少しだけ楽になれば助かるくらいの思いしかない。できればこのまま草花ように枯れて朽ち果ててしまいたいくらいだ。
「瑞生は……どうして、そんなことになっちゃったの?」
調剤記録を俺の前に差し出しながら、加賀見は首を傾げた。
「試験、最後の日。大鳥が、来たんだけど……ものすごぉー……っく、イライラしてた。顔色も悪くて……君たち、大丈夫?」
「む? 隼人が? 何故だ」
「それを、聞いてるんだけど……」
のんびりとした口調にすーっと遠慮がちに扉がスライドされる音が重なる。加賀見と同時に振り向くと、柔らかそうな茶髪と笑っているのにムスッとしたよくわからん顔をした出雲が立っていた。
「なぜ玲児くんと先生が仲良くおしゃべりしているのでしょう?」
つかつかと中に入ってきた出雲はまっすぐ加賀見のほうに向かい、腰に手を当てて仁王立ちで詰問をはじめた。加賀見はわかりやすく顔を顰め、心底迷惑そうに頬杖をついて彼を見上げた。
「うわ……きみ、来ちゃったの? 面倒臭いな」
「なんて酷いこと言うんですか! で、どうされたんです?」
2人のやり取りを眺めながら少し見ないうちに随分仲が良くなっているなと驚いていたら、加賀見は平然とした顔で爆弾を投下した。
「大鳥が君に会いたいって言いに来た話。君と寝たいって」
俺と出雲は揃って言葉を失った。
隼人とこの男の関係は終わったと認識していたし、出雲の反応からしてそれは間違いではないのだろう。
「はぁ? なんですかそれ。そんなわけないじゃないですか」
明らかに動揺し、声が裏返っている。俺も理由を問いたくて加賀見へ視線をやると目が合った。
「それだけ、切羽詰まってる。大鳥」
同じ教室にいても隼人はこちらに見向きもしないため、隼人より後ろの席に座る俺はここのところ顔すらまともに見れていなかった。
最後の別れ方からして隼人が俺に構ってこないのは当然だ。俺は隼人に絶対に離れたくないとは言ったが、もう顔を合わせたくなくなってしまった。
今の自分を隼人に見られたくない。それにもう消えてしまいたいと願うのに、隼人に会ってその顔を見たら絶対に未練が残る。しがみつきたくなる。しかしいざそうなって拒絶されてしまうのが恐ろしい。
「えっ……本当のことなんですか?」
神妙な面持ちの加賀見に戸惑い、出雲はこちらに初めて目を向けた。彼は俺を見ると笑顔を崩して目を丸くし、薄く口を開け驚いた。しかしすぐに気を取り直して笑顔を向けてくる。
「玲児くん……ますますスレンダーになられましたね? どうされました? お食事は……」
俺は返事をしなかった。したくなかった。目を逸らし床をじっと見つめ、痺れを切らした彼が話題を移すのを待つ。しかし聞こえてきたのは柔らかなため息だった。
「そうですか。食事がとれない時は、常温で保存できるゼリー飲料などお部屋とキッチンそれぞれに置いておくといいですよ。摂取しやすいですし、気が向く時がいつ来るかわかりませんから」
見上げてみれば、その声音と同じように優しく微笑む顔があった。
かつては揉めたこともあったが、それは裏のない心配する気持ちから出た言葉なのだと伝わった。優しさは素直に受け取り、笑みで返す。
「そうか。それは良い助言をもらった。やってみよう」
「ええ、試してみてくださいね」
俺達と会話を聞いて加賀見はふっと笑い、出雲の手を取り親指で手の甲を撫でた。
「ほら、ややこしくなるから……また、後でおいで?」
「そうします」
素直に頷く出雲の腕を引き寄せ、加賀見が何やら囁けば彼は顔を赤くして“ 先生嫌いです”と呟いて逃げるように去っていった。
物凄く見せつけられてしまったなと苦笑すると、加賀見は面白そうにくっと口の端を上げて笑った。
「あまりに堂々とされると気まずらすら感じんな。仲が良さそうで何よりだ」
「羨ましい……?」
「むっ? そんなわけあるか」
「そう? 君も、仲良くすれば? 大鳥と。君も、大鳥も……すぐ、元気になっちゃうかも。ね?」
応援ありがとうございます!
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