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影日向の告白

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 案内された部屋は自分のものと比べて倍はありそうなほど広く、背の高い本棚が壁一面に並んでいた。踏み台も置いてはあるが、上の棚の本は自身では取ることができないだろう。そんな大きな本棚に漫画や映像ソフトが敷き詰められており、それだけで圧倒されてしまう。
「見て見て!  凄いでしょ!  玲児はどんなのを読むの?」
「む?  そうだな、えーと……」
 数え切れない程の本の中から知っていそうなのを探すが、あまりの数に目が滑ってしまい頭に入ってこない。しかしその間も浅人はずっと期待の眼差しでこちらを見ていた。
 早く、早く……と焦っていると、一つの本棚に目が止まる。その背表紙の装丁には見覚えがあった。シンプルだが、一目見てどこの月刊誌のものかわかるようになっている。そして文字のフォントは少年誌のものよりも少しだけ柔らかい。
「少女漫画だ……」
 思わず声に出せば、浅人はすぐに部屋の奥、学習デスクのすぐ近くにあるその本棚の前へ飛んで行った。
「そう!  この棚は少女漫画メインで入れてるんだー!  好きなのある?  僕はねー、去年アニメ化もしたこれが……」
「読むのか?」
「えー?」
「少女漫画……」
 彼の本棚にあるのだからそんなことは当たり前だと言うのに、恥ずかしがることもなくあまりに自然と少女漫画の話を始めるので驚いて確認してしまった。
 その棚に注視していると題名も頭に入ってきて、男児でも読めそうなファンタジーやギャグ要素の強いものだけではなく恋愛ものなどもあることがわかる。何故それを知っているのかといえば、自分も好きだったからだ。自分で買うのは抵抗があるために妹と共有して一緒に読んでいた。
 成長していけば変わってくるが、小学生の時分には少女漫画を読んでいる男子というのはまだ嘲笑の的である。それなのに彼は何も臆せず好きだといい、こちらにも好きかと聞いてくるのだ。
 しかし浅人は俺の反応を受け、眉をひそめた。
「別に読むけど!  少女漫画だって面白いんだよ?  絵だって綺麗だしさ。少女漫画だから、とかそんなのないよ。まぁ別にいいけど!」
 頁をぺらぺらと捲ってから本棚にそれを仕舞う姿を、笑顔が一瞬揺らいでまたすぐに笑顔に戻ったのを見て、彼を傷つけてしまったことに気がつく。
 へんなの。
 繰り返し自分が浴びてきた、あの言葉。
 今自分が彼に浴びせてしまったのだ。
「あさと、くん」
「んー?」
 ハリを失ってしまったその声に、脅えながらもそれでは駄目だと首を横に振る。
 へんではない。
 ちっともへんではない。
 彼が自分と同じように傷つくなんて嫌だ。それでもそれを好きだというのは怖くて怖くて、胸がザワザワとした。
 へん、じゃない。
 浅人は好きなものをただ好きだと言ってくれたのだ。俺に笑顔で好きな物の話をしてくれただけなのだ。
「俺も、その漫画知ってる。アニメも見た」
「え? れいじも少女漫画読むの?」
 その問いにごくりと唾を飲み込む。緊張して喉が渇く。目の前の彼も好きなんだ、おかしなことじゃない。
「妹が好きなんだ。俺も借りて読んだら面白かった。しかし、男子で見ているものは少ないから……驚いたんだ。すまぬ、嫌な思いをさせてしまった……」
 おかしなことじゃないのに。
 保険をかけた自分の情けなさに愕然とした。嘘の混ざった謝罪のなんと誠意のないのことか。
 けれど浅人はパッと花が開いたように笑顔になって。もう何も言えなかった。
「そうだよね、あんまり読む男子いないもんね。ごめんね、僕の方こそ嫌な言い方しちゃった……ねぇ、じゃあ一緒にこのアニメ見よ!」
 頷いて共に見たアニメは二回目なのに新鮮で楽しかった。
 浅人はよく笑う。そしてよく話す。
 このキャラクターがかっこいい、かわいい、このセリフ言ってみたい!
 一生懸命に語りかけてくる姿に自然と自分の凝り固まった表情がほんの少し柔らかくなるのを感じた。そして浅人はそれに笑顔で返してくれる。
 しかしそんな楽しい気持ちと同時に彼の素直さへの羨ましさ、自分の卑怯さへの蔑みもまた感じていたのだった。



 それからもまた貴人さんはふらっと現れては時折俺を連れて実家へ帰るようになった。浅人と少し話すと貴人さんは俺をそのままにどこかへ行ってしまう。そのため俺たちは会う度に長い時間を二人きりで過ごし、仲を深めていった。
「玲児は僕の髪の色や目の色のこと、何も言ったことないね」
 出会ってから一年ほど経った頃ふと、浅人はそんなことを呟いた。
「いつもすぐに言われるんだよ。目が青い! 金髪!  なんで! ガイジンなの? てさ」
 笑いながら話す浅人の目の前では、色とりどりの髪や目の色をしたアニメキャラクター達がファミリーレストランらしきところで食事をしているシーンが流れていた。画面の中ではそんな彼らを奇異の目で見るものは誰もいない。
「浅人の目は青いし、髪は金髪だ。でもだから何かあるわけではないだろう。気にしたことがなかった」
 外国の血が流れていたりするのは見ればわかる。わざわざ聞くこともない。心からそう思ってもいたし、たとえ悪意のない言葉でも浅人がどう受け取るのかはわからない。コンプレックスがあるかもしれない、もううんざりしているかもしれない。
 言葉で自分が傷つくことも、人が傷つくのも嫌だった。
「あ、しかし、気にしたことがないとは違うかもしれん。いつも綺麗だなと思っていたから」
 単純に目や髪の色が綺麗なわけではなく、そのころころと変わる表情をさらにキラキラと彩り演出してくれる。彼が持つからこそ、宝石みたいに輝く色。
 浅人は俺の話を珍しく真剣な表情で聞いた後、いつもの当たりを照らすような笑顔ではなく、ぐっと噛み締めるように唇を引き、それでも目を細めて口角を上げ微笑んだ。
「ぼく、玲児と一緒にいる時間が好きだよ」
 突然の嬉しくて照れてしまうような言葉。自分もそんな風に素敵な言葉で返したかったが、俺もだと言うのが精一杯だった。
「玲児はかっこいいね。人のことなんか気にしないんだね。僕がガイジンみたいとか、ナリキンとかそんなこと気にしないんだ。だから玲児といるととっても居心地がいいんだね。玲児はすごいな」
 それはそっくりそのまま浅人に返してやりたい台詞であった。だからこそ驚いた。理解した。
 浅人は明るく素直で、好きな物にだって正直で、友達もたくさんいるようだった。人のことなんか気にしないと思っていた。そんな彼と自分を比べては卑屈になっていた。
 しかしそれは違う。
 浅人は気にしている。気にしているからこそニコニコと笑う。何も気にしてない様を見せる。気にしてない、大丈夫だからと笑う。初めに会った時もそうだった。
 そしてそれに自分も同じように居心地の良さを感じていたことにようやっと気がついた。
 無理にでも笑ってくれるからということではなく、彼はこちらにも必要以上の追求はしてこないのだ。人懐っこく好奇心旺盛に見えて、その実で一定の距離を保つ。踏み込んではいけないものがあるのを知っている。
 俺たちは似ていないようで、よく似ていた。
 浅人と一緒にいるのは楽だった。
 自分を見せずとも側にいてくれて安心できる存在。安心して語り合い笑い合う事ができる存在。
 だがそれにお互い甘えすぎて互いのことが何も見えていないのだ。
 長い付き合いの仲で、どれだけ腹を割って話したことがあるだろう。お互いのことを、考えを、悩みを、話したことがあるだろう。
 ない。
 ないのだ。
 思い出せない。
 俺が知っている浅人のことといえば誕生日、血液型、食べ物の好き嫌い、得意科目や苦手科目、その時々で没頭している趣味……彼がその場で自己紹介でもしてくれればすぐに得られる情報ばかり。
 ずっとずっと、ただ笑う姿しか見てこなかった。貴人さんを見ていれば抱えているものがあることもわかったはず、いやわかっていたのに。
 俺の前には隼人が現れた。
 子供の頃に憧れた王子様のような、その存在だけでも夢のような……そんなあいつが昔夢に見たおとぎ話を現実のものに次々と変えていったのだ。
 何もできない怖がりな、ただ待つしかできない俺を迎えに来て好きだと言ってくれた。こんな顰めっ面に可愛いと囁き、甘えてみても変だとか似合わないだとか言わずに受け入れ愛してくれた。
 その愛が壊れれば俺はダダを捏ね、人目などもう気にすることかと、隼人にどう思われようが構わないと、本性を曝け出した。全力で隼人にぶつかり、甘えた。
 またそれは閉じてしまったけれど。
 浅人は。
 その時ですら何も聞かずに傍にいてくれた浅人は。
 泣いている、浅人が泣いている。笑えなくなってしまって、泣いている。
 蓋をしていたものが、溢れて溢れてどうしていいかわからなくなったものを、一人で抱えて泣いている。今やっと全てを曝け出して泣いている。



 目が覚めるとこみ上げてくる身体の違和感に声が漏れた。それに気がついてその違和感の原因であるものの動きが止まる。
「あは、気がついた?  全然起きないから心配してたんだよ?」
「あ……さと……あっ、や、だ……!」
 中をぐるりと擦られ性感を刺激される。指の動きに合わせ情けなくも腰が跳ねる。
 なぜこんな。指が、浅人の指が中に。寝巻きは上のシャツだけ残され他は何も身につけず、足を開かされて組み敷かれて。
 何かとても大事な夢を見ていたのに。思い出さないといけないのに。
 身体が熱く頭はもっと熱をもち、追い討ちのように強制的な快感を与えられた。気分が悪く頭が上手く回らない。
「ん、ん、うぅぐっ……あっ、うぅ、うぅ……」
 声を出さぬよう歯を食いしばるがそれでも漏れでて、さらに力を入れれば奥歯がギリと音を立てる。
「寝てる時は可愛い声が出てたけど、そっちの方が玲児らしいね……それにしてもあんまりにもすんなりと指が入ったから驚いたんだよ?」
 声の調子は明るく聞こえるが、感情の昂りからか底の方が震えている。彼もまた噛み締めながら話しているようだった。
「こんなにえっちだったんだね。ワセリン塗ったらすぐ僕の指飲んじゃった。ゆるゆるだね? 開発済みの前立腺気持ちいいね?」
 抵抗したいのに手足が重い。違うと首を横に振りたいのにそれすらできない。ただ歯を食いしばって耐えるだけ。しかしふいに胸元を刺激され力が抜けて口が開く。
「あぁっ……はぁ……あぁ、あぁ……あぁぁ……」
 甘い甘い声に浅人は笑う。笑って顔を近づけて耳たぶを舐めた。ひ、と声が漏れればまた笑う。
「あは、可愛い声。幻滅した。心底幻滅した。変態。でも好きだよ玲児のことは。もしこのままイッちゃっても嫌いにならないよ」
「や……だ……」
「僕の知らない玲児、どんな顔でどんな声で出しちゃうの。やだ知りたくない、絶対知りたくない」
 言葉とは裏腹に浅人の指は中でぐるりぐるりと円を描き、頭を降下させ乳首に舌を這わせた。抵抗できぬ身体に無遠慮な快感を味合わせられ、追い詰められていく。
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