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崩壊

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 落ち着かない足取りで廊下を歩きながら、隼人の顔を思い浮かべていた。
 もしかしたらと考えていなかったわけではないが、まさか本当に隼人と遭遇するとは思わなかった。付き合っているのだから当たり前なのだが、浅人の部屋に完全に馴染んでいる隼人が嫌だった。頻繁に来ているのだろうと容易に想像できるし、あのベットでもしかしたらなんて考えるととてもあの部屋にはいられなかった。二人きりにするのも嫌だったが、あの部屋で二人を見ている方が辛い。
 和人さんの部屋の前まで来たが、扉を開けるのを少し躊躇する。貴人さんと会うのは久しぶりだ、浮かない顔をしていてはいけない。隼人の顔ばかり浮かぶ頭を左右に振って気を取り直す。うん、と一つ頷いてから扉を叩くと和人さんが開けてくれた。
「おやおや、玲児くんだ。貴人に会いに来たの? それとも俺かな?」
「む?! あ、いや……」
 和人さんが笑ってウインクする姿にたじろいでしまう。近寄り難いほど綺麗なのに気さくに接してくれるものだから、嬉しい反面いつも対応に困ってしまう。
 しかしそんな様子の俺を見ても気にせずクスッと笑い、手を引いて部屋の中へ招いてくれた。勿論貴人さんもいて、ベットに腰掛け雑誌か何かを読んでいる。俺が入ると顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「来てたのか。久しぶりだな」
 眼鏡の奥でガラス玉のような水色の瞳が光る。浅人の兄弟達は金髪の者が多いが、貴人さんだけは黒髪だった。それなのに瞳の色素は一番薄く、作り物のように透き通った水色をしている。黒い髪に小麦肌をしているためその色は目立ち、より輝きを放っているようだ。 身長も高くがっしりしていて格好良く、小さな頃から俺の憧れだった。
「ねぇ?」
 つい貴人さんを見つめていると隣にいた和人さんが体を曲げて下から俺の顔を覗き込んできた。
「玲児くんって昔から俺より貴人派だよねー? そんな見つめちゃって。妬いちゃうよ?」
「いえ、お二人に優劣など……」
「ほんとかなぁ。玲児くんイケメン好きじゃん。隼人くんとか」
 和人さんは含み笑いを見せると貴人さんが見ていた雑誌を奪い、顔の前で見せつけてきた。
 驚くことにその表紙を飾っているのは隼人だった。しかし表紙とは言っても女性誌らしく、メインはモデルらしき女性で隼人は彼女を後ろから抱きしめていた。
 よく知っている筈なのに写真となると何故だか別人のようだ。
「今貴人にこの撮影の時の話をしてたんだ。あのバカ、息するように相手の女の子口説いてたよ」
 チクリと胸が痛む。テレビで見たこともある、可愛らしい柔らかな表情の女性だった。当たり前だが俺なんかよりもよっぽど隼人に似合っている。
 その先を聞けずにいると、貴人さんが立ち上がり雑誌を取り返しながら口を開いた。
「それでどうしたんだ? 下手すればスキャンダルだろう」
「急いで止めたよ。隼人くんのマネージャーしてると何が大変って女性管理がね……浅人と付き合ってくれて良かったかも、友達で通せるし」
「ろくでもないな」
 雑誌をパラパラと捲りながら吐き捨てられた言葉に頷く。
 ろくでもない。本当にその通りだ。
 女性に、いや男性にも好意を持たれるままに相手をして。何が本当の気持ちなのか分からなくなる。
 俺には他とは違う感情を持ってくれていると信じたいが、全ては信じられない。そんなわけないと思いながらも、俺がこんなに想っているからこそ振り回して遊んでいるのではないかと疑ってしまう。
 どんどん深みに落ちてしまいそうであったが、和人さんが笑顔で手を握り一緒に座ってくれたおかげでいくらか安心できた。テーブルを挟んで向かいに貴人さんも座り、雑誌を広げて乱雑に置く。
「しかしそんなにいい男か?」
「あれは逸材だよ? 実物いるし見てくれば? ついでに童貞の捨て方教えて貰えば?」
 ニヤニヤと笑ってふざけている和人さんを冷たい瞳で睨みつける。
 よく童貞だと貴人さんは弄られているがこんなに男らしくハンサムな人がそんなこと有り得るのだろうかと毎回疑問に思っていた。そんな二人のやり取りも久しぶりだったので嬉しくはあるが。しかし笑ったタイミングが悪く、貴人さんに額を小突かれてしまう。
「笑うな。童貞のくせに」
「むぅ……そんなつもりでは」
「玲児くんは童貞かもしれないけど処女じゃないもんねー」
「む?!」
 一瞬、時が止まった。
 和人さんだけは笑っている。
 思いっきり眉間にシワを寄せてこちらを見ている貴人さんと目が合った。
 なんだ今の和人さんの発言は……隼人が、隼人が言ったのか?!
「どういうことだ」
「む、むぅ……か、和人さん……」
「え? てっきり隼人くんに食われてると思ったんだけど……エッチしてないの?」
 隣にいるため至近距離で問われ、反論すればいいものの言葉を失ってしまった。和人さんの目力を前にしては太刀打ちできない。さらに最悪なことに顔が熱くなっていくのを感じる。
 駄目だこれではバレバレではないか! しかもまともに行為をした訳ではないというのに!
「ほらーやっぱり! もういっそ貴人の童貞もらってあげてよ、玲児くん」
「で、で、できません……やめてください」
「あーあ、ふられちゃった」
「うるさい。玲児みたいなガキはこっちから願い下げだ」
 ケラケラと笑う和人さんとは対照的に、貴人さんはため息をつきながら眉間に指を当てて顔を顰めていた。俺はというと顔を両手で隠したまま俯いている。恥ずかしすぎて顔など少しも見せられない。
「しかし本当なのか?」
 改めて詳細を求めるその声はふざけた雰囲気などなく、張り詰めたものだった。恐る恐る顔を上げるとあの瞳で睨まれる。
「足のことがあってから親父さんに様子を見てやってくれと言われていたのに……なんてことだ。秀隆さんに顔向けできない」
 秀隆というのは父親のことだ。俺は苦手なのだが、仕事の部下なだけあり貴人さんは慕ってくれている。
 まさかその足のことも隼人が関係しているとは口が裂けても言えなかった。額に浮かぶ冷や汗を手の甲で拭う。
「玲児も高校生か……まぁ……いや、ないだろう。困ったな。しかも相手がこんな……男……とは」
 トントントン、と苛立ちを感じさせる手つきで雑誌を指さす。調度そのページでは女性モデルと口付けする寸前のような写真が掲載されており、目のやり場に困った。
 なんてことだろう。まさか貴人さんに知られてしまうなんて。もしも父親にまで知れてしまったらと思うと恐ろしいし、二人に失望されるのも怖かった。
 遊び人の男にいいように遊ばれたと勘違いされるに違いない。
 勘違い?
 いや、勘違いではないかもしれない。
 目の前に広げられた雑誌に目を落とす。
 これは雑誌の撮影だ。けれどもプライベートでも隼人は様々な女性とこんなことをしているのだろう。浅人とだってそうだ。
 俺は一体何なのだろう。
 短い期間だったが付き合っていた時は愛されていると思えた。勉学で苦労するほど無理をして同じ高校に入学してきた。何度拒否しても何度も俺の前に姿を現してくれた。
 それなのに。
 どうして俺は抱いてもらえなかったのだろう。
 他の者たちよりもよっぽど酷い遊ばれ方をしているではないか。
 考えるほどに苦しくて胸を抑えながらきつく目を瞑った。
 貴人さんはそんな様子に気付いてかわからないが立ち上がる。
「考えがまとまらん。出直すから近いうちにじっくり話を聞く。いいな」
 顔を上げぬまま頷く。貴人さんは扉へと歩いていき、それを和人さんが追いかけた。
「帰っちゃうの?」
「ああ。元々顔を見るだけで帰るつもりだった」
「ふぅん? まぁいいけど。秀隆さんによろしくー」
「和人。お前も無理はするな」
 二人は短い会話を交わし、貴人さんは去っていってしまった。久々に顔を合わせて話をする機会だったというのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 このままここにいても自分が居た堪れないだけだと思い、もう帰ろうかと思った。しかし立ち上がろうとした俺の肩を和人さんが押さえ、再び隣に座った。
「和人さん、俺も帰ります……」
「えーなんで? 怒っちゃった?」
「そんなことはないですが、もう……」
 何も聞きたくないし話したくないし見たくない。
 和人さんはそんな俺をじっと見つめ、さくらんぼのような小さくぽってりした唇で微笑んだ。
「辛そうだね。忘れちゃえば? 隼人くんのことなんか」
 後ろから腰に手を回され、身体が密着する。俺よりも目線の低い和人さんの顎が肩に乗せられ、耳元に唇が寄せられた。
「あの子は駄目だよ。一緒にいてわかる、性依存症みたいなもんで治らないよ。浅人も飽きたら別れさせなくちゃって思ってるんだよね」
「性依存症……?」
「うーん、なんかそこに執着してる気がする。なんかあるのかねぇ。ま、だからさ?」
 突然、耳の形をなぞるように下から上へと舐めあげられた。急な刺激に肩を震わせ目を閉じる。
「あっ」
「試しに他の男なんかどう? 俺とか」
「和人さん……?」
「この間泣き顔見てからちょっとときめいてるんだよね」
 舌が耳の穴の浅い所を責める。腰に回された右手はシャツをたくし上げて脇腹を撫で、左手はベルトを外し始めていた。
 嫌だと思ったものの小さな頃から世話になっている和人さんを相手にどう断ろうかと頭を悩ませた。できれば穏便に済ませたい。しかしそんなことを考えているうちにも和人さんの行為はエスカレートしていく。
 ジーパンの前が開かれ下着の上から性器を探られると、耳の刺激と重なって段々と固さを持ち始めていた。まずい、本当に止めないと。
「あ、やめて、ください……」
「待って待って。もう少ししてから最後までするか決めてもいいんじゃない?」
 和人さんの華奢な手が芯を持った性器を握り、上下に扱き始めた。腰を引いて逃げようとするが腰も抱かれているため思うようにいかない。下着が一部濡れて先端にに張り付いているのを感じて吐息が漏れた。
「あっ……あ……だめです、本当に……やめてくださいっ……」
「だーめ。ほら、目瞑って。頭の中真っ白にして」
 耳元で囁かれ、暗示にでもかけられたように目を閉じてしまった。耳元を何度も舐めたり口付けられながら性器を扱かれ、気持ち良さで埋められてしまう。もっときちんと抵抗しなければいけないのに。
「あ……あぁ……」
「そうそう、いい子だね、玲児くん。気持ちいいね」
「かずとさ……、やだ、ぁ、やです……」
「嘘ついちゃダメだよ。気持ち良くて下着濡らしてるのに嫌じゃないでしょ。ほらこんなに気持ちいいよ?」
 右手は上へ上がり胸をいじり始め、左手はとうとう下着の中に入れられた。和人さんの腕を掴んで抵抗しようとするが、その度に首筋を舐められ上手くいかない。そこらじゅう気持ちが良くて、和人さんの問いかけに頷いてしまいそうになる。指でカリを引っ掛けるようにされると腰が跳ねた。
「んぅっ……! あ、やめ……それ以上、は」
「これ以上気持ちよくなったらどうなっちゃうの? 見たいな」
 耳元でくすくすと笑う和人さんの息が熱い。わずかに息が乱れ、興奮しているのがわかりドキドキした。
「玲児くん可愛いね。俺には君みたいな子が必要な気がするんだよね……どうかな? しちゃおうよ?」
「あっ」
 和人さんの青く大きな瞳と目が合ったと思ったら、唇が重なった。血色が良く柔らかそうだと昔から見てきたその唇は、想像していたよりもさらにふわっとして触れるだけ気持ちがよかった。
 それなのに。
 身体に触れられた時よりも、嫌悪感を感じてしまう。
 何故だろう、隼人の顔が浮かぶ。
 熱に浮かされていた頭が少しずつ冷静さを取り戻し、和人さんの身体を押し返そうとした時だった。
 ノックの音と同時にこちらの声など聞く気もなく扉が開かれる。
 そこに立っていたのは、隼人だった。




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