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独占欲

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 隼人は本気でストレス発散目的のみでここに来たらしく、自分の制服を正すとさっさと階段を下りていこうとした。
「ちょっと待ってください!」
 慌てて声を上げるとすぐに足を止めてくれたが、俺を見る目は冷たかった。
 中途半端に熱を持ったままの身体で座り直し、制服を正すフリをして、その目を見ないように話した。恐ろしくてとても見てはいられなかったから。
「玲児くんのことは、本気で襲うつもりなんかなかったんです。ただ、あなたが焦ったりでもすればと……」
「そりゃ効果抜群だな。まぁそうだろうと思ったよ。電話きて出てみたらお前らの会話が聞こえてさ。わざとだろ?」
 彼の問に頷いた。
「そうです。浅人くんと付き合うなんて許せなくて……」
 そう言いかけたところで隼人の長い足が飛んできた。蹴られると思い反射的に目を瞑るが、その足は俺が寄りかかっていた壁のすぐ横にぶつけられた。鈍い音と共に背中に振動が伝わる。もし自分に当たっていたらと思い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あのな。浅人と付き合うことになったのはお前が暴走したせいなんだよ」
「知っています……ごめんなさい」
「もう余計なことすんな」
 心底うざったそうに前髪をかきあげ、彼はまたここから立ち去ろうとした。それでも俺はズボンの裾を掴んで引き止める。
「なに?」
 彼の足元に跪く俺を見下ろす隼人。
 今を逃してしまったら、最悪な形で嫌われたままでいたら、もう伝えられない気がする。
 必死に頭の中で文章を組み立て、伝えたい言葉を厳選する。結局伝えたいことなんて“好き”の一言だけなのに。
 決意して彼を見上げ口を開くと、裾を掴んでいた足を前に振り上げられ、手を解かれた。驚いて言葉を発せずにいたが、気を取り直そうとするとそれも彼の言葉により制止されてしまった。
「やっぱなんも聞いてやんない」
「え……?」
「なんとなくわかるから。聞かない」
「そんな……俺はあなたのことが」
「あーあー、知らねぇ。絶対に聞かない」
 隼人は自分の両耳を塞いで意地悪く舌を出した。そして振り払われた手で拳を作る俺を笑う。
「恋愛感情があったら被害者なの? 俺に恋愛感情がないから加害者なの? やめてくんねぇかな、ほんと。お前がやったこと正当化されないよな、そんなんじゃ。別にお前とは付き合ってないし。セフレだって言ったし了承してたよな?」
「正当化しようだなんてそんなつもりじゃ……」
「じゃあ自己満で気持ち押し付けられても面倒くせぇからやめて」
 今度は振り返ることもなく隼人は階段を下りていく。後ろ姿が見えなくなっていく。
 大好きで、本当にいつだってその姿を探していて。校内で隼人を見かけるだけで嬉しかった。その場では話しかけることはできなかったけれど、あとでここで会おうってわくわくして。
 帰り道に見かけた時はもっと嬉しかった。駆け寄って抱きつきたい衝動を抑えながらそっと横に並んで話しかけて。
 行ってしまう。隼人の背中が。
 隼人を怒らせてしまったのは自業自得だ。
 でもこの気持ちも悪いことになってしまうのか。
 俺は立ち上がり駆け出した。階段を下りていく隼人の後ろ姿を見ると、いつもの抱きつきたい衝動にかられる。もういいじゃないか。これを我慢したって何も意味なんてないじゃないか。
 細かいことを考えるのはやめよう。
 無我夢中で隼人の背中に向かおうとした。しかし俺はあまりに周りが見えていなかったせいで階段を踏み外した。ぐらりと自分の体が落ちていく。
 このまま落っこちてしまうのだろうか。結局気持ちなんて言えないのだろうか。これが自分への罰だろうか。
 隼人がこちらに振り返るのが見える。ぶつかってしまいそうだとできるだけ離れたところへ落ちようとしたが、隼人は手すりを掴んで俺の肩を拾い抱き寄せた。手摺を掴んだ腕を生命線にぶら下がる形となり、隼人の顔が一瞬歪むがなんとか踏ん張り、俺の身体を抱いたまま体勢を整えた。
「いってぇな! つか危ねぇ! なにやってんだよ」
 階段の途中で彼に抱きしめられたまま怒鳴られた。一瞬の出来事に呆然としていたが、後から恐怖がこみあげてくる。
 落ちるかと思った、落ちなかった、隼人が抱きとめてくれた、腕が痛そうだ、助けてくれた、また抱きしめられてる、いや隼人に抱きついてる。
 恐怖と一緒に様々な感情がこぼれ落ちていき、涙が溢れた。最近泣いてばっかりだ、情けない。
「お前泣いてんの? マジで泣くのはやめ……」
「好きです!」
「え?」
「好きです! 大好きなんです! 隼人が好きで好きで好きで好きで仕方がないんです! 迷惑でも聞いてください、はやとの、はやとのばかぁ……」
 ぼろぼろと涙を零しながら、子供みたいに泣き喚いた。冗談でなくうわぁぁんと言ってしまったかもしれない。
 大きな口を開けて声を出して泣きじゃくる俺を隼人がどんな顔をして見ているかなんてわからなくて、でも見上げてみても涙で何にも見えなくて勢いのついた涙はさらにさらに流れていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……好きなんて理由にならないの、わかってます…………ごめんなさいぃ」
「ちょっと落ち着けよ……」
「なにされても好きですから、好きです、だから、幸せになって……でも、浅人くんはやです……」
「落ち着けってば。ほら黙って俺の顔見ろ」
 両肩を力強く掴まれ、じっと見つめられる。
 目の前には大好きな顔があった。
 言われたままに見つめていると、冷静にはなってきた気がするが今度はいつもより凛々しい表情に心臓が高鳴ってくる。すっごくかっこいいとか思ってる自分は多分まだ冷静じゃない。
「うぅ……好きですぅぅ……」
「うるせぇな」
 頬を摘まれた。
「俺、お前に結構ひどいことしたけど好きなの? ドM?」
「違いますけどっ、隼人に酷いことされるの好き、です……」
「ドMじゃん」
 ははっと呆れて笑われる。その顔を見てやっぱり好きだなぁと思い、胸が痛くなった。目に涙が溜まっていくのでそれを手の甲で拭う。
 彼はそれを見て抱きとめていた手を離した。
「悪かったな。こっちが最後だって言ったのに。もうこれで本当に終わりだな。危なっかしいことすんなよ」
 未練がましく隼人の袖を掴む俺の手もそっと解かれ、隼人は今度こそ階段を下りていく。
「浅人や玲児にも始末つけろよ」
 平坦な声で顔も向けぬまま言われ、寂しかった。けれども自分にはそんな不満を言う資格はない。
 俺がこの人を幸せにできたら良かったのに。
「はじめから好きだって、言えばよかったです……」
 鼻をすすりながら言うと、隼人は一瞬こちらに目を向けて、また歩き出す。
「はじめから知ってたよ」
 それ以上は俺がまた涙を流そうと、そのまま座りこもうと、彼が振り返ることはなかった。




 全っ然スッキリしない。
 出雲にあんなことしたところで、愛しい人のひんやりと気持ちのいい滑らかな肌の感触や、耳に残る甘い声が消えることなどなかった。それどころか出雲の泣き声までチラついて気分は最悪だ。
 なんだって言うんだよ。人のことなんかなんも知らねぇくせに。玲児は浅人のことで俺を責めるが元を正せば出雲のせいだし、初めにセックスしたのは合意の上だ。浅人のことよりも前からずっと俺を避けてたくせに。まともに触れないってなんだよ俺のせいじゃないだろ。玲児なんて俺のことずーっと逆レイプしてたじゃねぇか。あいつらだって俺のこと消費してるくせになんでか人のせいみたいに言いやがって。
 口が裂けても誰かにそれを責めることはないが、だからこそ苛立ちが溜まっていく。
「あー、くそっ」
 きっと一時的に置いてあったのだろう、廊下に重ねて立てかけられていた折り畳み式のパイプ椅子を蹴飛ばすと、三脚全部ガタガタと音を立てて倒れた。
 もうなんだって言うんだよ。イライラする。放置してってやろうかな。
 しかし運の悪いことに素通りしようとしたら調度終業のチャイムが鳴った。教師や生徒がわらわらと教室から出てきて仕方なく椅子を拾おうとすると、別のところから手が出てきて椅子を拾ってくれた。その手を見てすぐに誰だかわかり、ため息が漏れる。
「はーやと! 授業終わっちゃったよ? おそーい!」
 浅人の能天気な話しかけに適当に相槌を打ちながら椅子を戻す。
「ねぇねぇ、今日隼人バイトある?」
「あぁ? もう辞めたよ」
「え?! モデル一本に絞るの?」
「そんなに余裕はねぇけど生活費くらいの金はもらえるからな。これ以上成績下がったらやばいし勉強を……」
「ねぇ! じゃあうちでアニメ見よ!!」
「……はぁ?」
 目をキラキラ輝かせながら誘ってきているというのに思い切り顔を顰めてしまった。何を言ってるんだこいつは。
「お前な。俺の話聞いてた? それにアニメとかよくわかんねぇから……」
 ろくに顔も見ずに断ろうと左右に手を振ってそのまま立ち去ろうとしたが、浅人は諦めずに俺の腕に絡んでくる。こいつは本当に人の目を気にしない。でもこいつが女顔で人懐こいからか周りもあまり気にしておらず、それがますます浅人の行動をエスカレートさせた。
「興味ないの知ってるけどぉ。あのね、この間隼人が読んでた小説のアニメ版なんだよ! 一緒に見てみようよ」
「へー?」
「きっと楽しいよ。あれ見たら嫌な気持ちも吹っ飛ぶし元気でるよー!」
 歩みを止めて両手を広げニコニコ笑う浅人を見た。笑顔のまま首を傾げて見上げてくる。
 なんとなく話を聞いていたがその物言いにはたと引っかかった。
「俺元気ない?」
「うん、ここのところずっとない」
「マジで?」
「うん、だからずーっと何したら元気になるかなぁって考えてた! そんで思い切ってボックス買っちゃった」
 ボックスが何のことを言っているのかはイマイチ分からなかった、が。
 お気楽なお坊ちゃんだと思っていた浅人がきちんと俺のことを見て、変化に気付き元気づけようと悩んでくれたということは、素直に嬉しかった。荒んでいるからこそ心にしみる。
 浅人のくせに、と金髪頭を上からくしゃくしゃに撫でてやる。ぼさぼさにしてやろうと思ったけどまっすぐと綺麗な髪質は絡まらずさらさらと流れるだけだった。
「ちょっと、なんだよー! 隼人のバカ」
 俺の手を取って自分の頭から必死に引き剥がしてる姿は笑えたが、可哀想なので離してやった。
「可愛いなと思って」
「へっ? 僕が?」
「他に誰がいるんだよ」
「え、あ、ほんと? ふぅーん、そっかぁ」
 みるみるうちに顔を赤くさせていく。今はこのくらい真っ直ぐな奴といるのが楽だなと思えた。
「いいよ、お前ん家行くよ」
「ほんと?!」
 両手を万歳とあげる仕草がを見ていたら自然と笑顔になれた。刺々しい気持ちも柔らかくなっていく。
 抱きしめてやりたいと思う腕で、俺の肩くらいの位置にある金髪頭を小突いた。
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