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独占欲

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 あの夜は本当に恐ろしかった。寝ぼけ眼に二人が唇を重ねているのが見えて、すぐに布団を被ったのだ。怖い話を聞いた子供の頃のように、布団の中で身体を丸め耳を塞いでいた。
 自己防衛が働いたのか、元々寝惚けていたからかわからないが、幸い眠ることはできた。翌朝には全てを察してしまったが、それでも聞かなくて良かったと思う。二人が口付けていたところだって頭から離れないのだから。
 今みたいな姿を浅人にも見せて、甘く囁いて、たまに意地悪く笑って……そんなことを考えると気が狂いそうになる。
 隼人は俺の手を退かして再び顔を近づけてくるが、顔を背けてやった。
「玲児? なんだよ……」
「いやだ、絶対にいやだ」
「なんで」
「何が、何が俺のものだ……隼人はもうたくさん持っているだろう?」
 浅人だって、出雲だって。俺がいなくたって隼人は誰だって手に入れられる。俺でなくても構わないのだ。
 俺には隼人しかいないのに。隼人のことしか考えられないのに。
「貴様は絶対に、俺のものになどならないくせにっ……」
 自分で言っていて涙が出そうになるのを歯を食いしばって我慢した。
 俺達の問題は触れないことだけではない。隼人は俺だけのものになどなってはくれないのだ。そのせいで俺は隼人を縛り付けて自分だけのものにしようとし、全てが壊れてしまった。この男と一緒にいたらまた何か壊してしまいそうだ。大事なものを失ってしまいそうだ。
 俺はあまり強くない。
 彼は何も言わずにすぐに身体を起こし、ワイシャツのボタンを上から二番目まで閉めてくれた。俺はそっぽを向いたまま動けない。
「玲児、触っていいか?」
 返事をしてないというのに隼人はこちらに手を伸ばした。顔の近くに気配を感じ、その手をバシッと音がするほど強く振り払う。
 顔を見ずとも傷ついた顔をした隼人が瞼の裏に浮かんだ。傷ついて俺から離れてしまえばいい。
「浅人に触れろ。俺に触れる必要などない」
 できる限り冷たく低い声で話したが、また手が近づいてくるのを感じて振り払う。
「触れないくせに、無駄なことをするな」
 またくる。振り払う。
「やめろ。振り払われるのが怖いくせに」
 怖いくせに。
 隼人は何度も手を伸ばした。その度に俺は振り払う。
 バシッバシッバシッバシッバシッバシッ。
 静かな保健室に乾いた音だけが響く。
「いい加減にしろっ!」
 痺れを切らし、起き上がった瞬間だった。
 熱い体温を持つその身体に、冷えた自分の身体が包まれていた。
 やめろ、離せ。
 そう言いたいのに何も発することができない。隼人の体温は俺には熱すぎて低温やけどでも起こしてしまうんじゃないかと思うのに、心地がいい。懐かしい香りがする。全てが懐かしいのに、身長の伸びた彼に前よりも隙間なく埋まる感覚。俺の熱まで上がっていく。
「情けねぇな……」
 隼人の言葉の意味が初めわからなかったが、意識してみると彼の手が震えているのに気がついた。
「こんなんだけど、触れるよ、玲児」
 確かにそれは消え入りそうな情けない声だった。
「玲児のものになりたい」
「隼人……」
「玲児のものにしてくれよ」
 苦しそうな声で懇願されても戸惑うだけだった。
 その誘いは甘く、すぐにでも飛びつきたいものだった。しかしこれまで何度も期待してしまう心を我慢してきた。期待するだけ無駄だと思うからだ。
 隼人が俺のものに?
 なるはずがない。
 あんなに愛し合っていると思っていた時だって裏では他の女を抱いていたような奴だ。こいつの何が、どの気持ちが本当なのかなんて、よくわからない。
「隼人は、浅人のものだ」
 密着していた身体から離れ、隼人と視線を合わせた。
「浅人と付き合っているのだから……いい加減なことをしてはだめだ」
 自分はそれなりの覚悟をもって告げたつもりであったが、隼人は構わずまた俺を抱き寄せる。
「付き合ってるからなんだよ。別れればいいだけじゃねぇの、そんなん」
「傷ついてる浅人と軽はずみに付き合って、別れるのか?」
「でもこの間お前泣いてたじゃん」
「それは……」
「お前可愛いからやだ。無理。他の奴にこんな風にされるの耐えられねぇよ」
 耳元に口付けられ、びくんと過敏に反応してしまう。耳たぶを唇で挟み、舌先で舐められる。かと思えばそのまま淵をなぞって中まで入れられて。
「んっ……あっ!」
「玲児が他にいくなんて一切考えてなかった俺が馬鹿だった。さっき玲児が襲われてるの見てすげぇ怖かった。なぁ玲児、俺と……」
 これ以上されたら抵抗ができなくなる。そう思って力いっぱい隼人の身体を押し返した。離れた隙を見て急いでベットから立ち上がる。
「お前は……っ! 自分勝手過ぎる! 人の気持ちをなんだと思っているんだ」
 隼人も立ち上がりまた抱き締めてこようとしたので俺はそれを全力で拒否した。後ずさりし、ベットからどんどん離れていく。
「玲児、聞いてくれよ」
「知らん……勝手なことばかり言って俺の心を乱すな」
 二人の間にある空間は手を伸ばしただけでは触れられない距離まで開き、俺は片手を前に出してこれ以上近づくなと意思表示しながらさらに後ろへと下がった。
 隼人の表情から焦りが見える。こちらに手を伸ばそうとし、躊躇している。
 その手をとることができればどんなに良いだろう。
「もう関わるのはやめよう。俺は貴様を忘れたい」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「とにかく俺に関わるな、一緒にならないって決めたんだ、俺の心をかき乱すな!」
 一息で怒鳴りつけ、言い終えた後には息が漏れた。
 そもそも隼人が出雲のことを傷つけなければあいつに襲われそうになることもなかった。全部全部、隼人のせいだ。もう楽になりたい。隼人から離れるのは決して楽ではないが、いつかは平穏な気持ちで過ごせるようになるはずだ。一緒にいるよりはマシだ。
「玲児……」
 この男はそれでもなおこちらに近づき、手を伸ばした。まだまだ触れそうにもないところで俺はその手を叩き落とした。すると彼の顔は悲しそうに歪み、それがだんだんと吊り上がって怒りの表情へと変わっていった。
「ああ、そうかよ。じゃあ俺の前から消えるしかねぇな、もうその顔見せるなよ!」
 隼人はそう怒鳴ると踵を返し背中を向けた。襟足にかかった赤茶色の髪が揺れる。相当イライラしているようで片足をタンタンタンと踏み鳴らす。
 消えろと言われてしまったか。
 悲しく思ったが、これくらい言われてしまった方がいいかもしれないとも思った。中途半端に関わっていてもお互いのためにはならないのだろうから。
 苛立つ隼人を残し、何も言わずに保健室から出ていった。扉を閉め、廊下を歩いていき、追いかけては来ない彼を確信して立ち止まる。
 自分の髪の毛に少し隼人の香りが残っているような気がした。
 自分の肌に隼人の熱さが残っているような気がした。
 そっと目を瞑って探ると自分の中にまだ隼人がいて、鼻の奥がつんとするのを感じた。




 隼人と玲児くんがどうなったのか気になるけれど保健室には戻れないし教室に行く気もせず、屋上まで来てみた。しかし扉には鍵がかかっていて外には出られない。加賀見先生が煙草を吸っているかと思ったけれどどうやら違ったようだ。
 屋上へ出る扉へ寄りかかり、座り込む。
 よく隼人と待ち合わせした場所だ。お弁当を作ってくるこもあった、懐かしい。
 そんなに前のことでもないのにもう随分遠くに感じ、愛しさから床を撫でる。すると聞きなれた足音が下から響いてくる。立ち上がって下を覗くと、やはりそこにいたのは隼人だった。
「隼人……なぜここに来たんですか」
「お前がいるかと思って」
 彼は俺を見上げてニヤリと笑った。その顔を見てすぐにわかった、怒っていると。きっと玲児くんにあんなことをしたからだ。また殴られるかもしれないと身構えたが、階段を登り終えた隼人はそんなことはせずに俺を壁際へ追いやり、両手をつかせた。背後から手を回し、ベルトに手をかける。
「え、ちょっと……なんですか?」
「なんですかじゃねぇだろ。あんなことして俺が怒ってないと思った?」
 ベルトが外され、ズボンが落ちる。下着越しに萎えたそこを扱かれたので腰を引いて逃げるが、隼人は背後から腰を抱いてそれを許さない。
「マジでイライラする。なんなんだよ、クソ」
 耳元で舌打ちが聞こえる。玲児くんとは上手くいかなかったようだ。優しくされたことも少ないが、それにしても手つきが乱暴だった。性器を強く握られ少し痛い。
「お前さ、浅人にも玲児にもなんであんなことしたの? お前のせいでめちゃくちゃなんだけど」
「隼人、やです、痛いっ……」
「うるせぇよストレス発散ぐらいさせろ」
 下着から性器を取り出され、雑に扱かれていく。愛情なんてちっとも感じない。それなのに隼人に触られているというだけで俺の性器は喜び涙を流すのだから情けない。
「こんなやり方でも感じるんだな。お前は楽でいいな。玲児にはこんな風に絶対したくねぇけど」
 低く笑いながら隼人の手がブレザーの左ポケットを探る。そういえばポケットに入れっぱなしにしていた……いや、もしもの時のために持っていたのかもしれない。彼は目当ての小さなプラスチックケースとコンドームを取り出すと、俺の腰を抱えながら中身を指ですくう。そして下着も下ろし、乾いた秘部に塗りこまれた。
「なんだよ、ちゃんと持ってるじゃん。俺の他にも相手がいんの?」
「やめ……いませんっ……!」
「じゃあ俺のために持ってたんだ」
 いきなり指が二本挿入される。逃げたいのに背後から強く抱きしめられているし、すぐに気持ちいいところを探られ動けなくなる。
 こんなやり方ひどい。ひどすぎる。
 休みなく前立腺ばかりぐるぐると押され、吐きそうになる。確かに快感もあるのだが、苦しくて仕方ない。
「そこ……っ、おさない、で……」
「はいはい」
 適当な返事とともに強く擦られ、息を吸う。そのままカギのように曲げた指でガシガシと擦られ、指は抜けていった。そして休む間もなく彼の凶暴な性器が宛てがわれる。
「やだ……やです、やめて……」
「うるせぇっつってんだろ。お前が引っ掻き回すからいけないんだろ」
「ごめんなさい、でも……!」
「本気で黙っててくんない?」
 言うと同時に俺の身体は貫かれた。慣れているとはいえ、適当に弄られただけだったので中はギチギチで軋むようだ。腹から息を吐いて呼吸し、痛みを逃す。
「はぁ……玲児……」
 隼人の呟きに我が耳を疑った。
「玲児くんじゃ……ない、です……」
「喋んないで」
「やです……っあぁっ!」
 挿入しただけだったモノを動かし始め、喋るどころではなくなった。嫌で仕方ないのに飼い慣らされた身体はどんどん快感に飲み込まれていく。
「あっあっ、や、あ、あっあっあっ」
「玲児……」
 俺は玲児くんじゃない。
 言いたいのに言えない。
 玲児って呼びながらシャツの下から手を入れられ胸を探られる。下半身に触れられていた時よりも優しい手つきなのは玲児くんを思っているからなのか。悔しい。悔しくてしょうがない。
 両方の乳首を優しく指の腹で擦られながら、後ろから突かれるのはたまらなかった。たまらなく気持ちいいのに俺はここに存在していない。オナホールみたいだなと思った。
 本当に俺が玲児くんなら良かったのに。
 彼は玲児と呼びながらどんな気持ちで俺を抱いているんだろう。
「あ、イキそ……」
 こちらのことなど全くお構いなく激しく腰を振り、性器を引き抜いて尻に熱いものがかけられた。
 腰は解放され、俺の身体はは崩れ落ちる。
 イかせてもくれないんだ。
 恨めしく見上げると隼人はさっさと自分のモノを拭いてズボンを直している。
「ありえないですよ、こんなの……」
「お前がしたこともありえねぇよ」
「だって、あなたが……!」
「割り切った関係ってのはさ。どっちかの都合でいつ切ってもいいんだよ。そういうもんだろ? それを何やってくれてんの、マジで」
「それは……確かにそういうものかもしれませんが」
 こんな扱いも、全部自分のせいなのか。この人への気持ちを黙っていたから。隠していたから。
 隠してでも抱かれたいと思っていたけれど、もうこんなのは御免だ。それならばもう隠す必要なんてない。
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