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閑話・番外昔話①
玲児と隼人の攻防戦
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隼人と何度キスしただろう。まだ付き合って数日だったが、その熱い唇に触れたくて触れたくて、何度もキスを強請ってしまう。
今だってそうだ。
ローテーブルを挟んで直角に座り、勉強を教えていたはずなのに、隼人の顔を見ていたら裾をくいっと引っ張りたくなる。そうすればキスしてくれるから。
けれどもいつもと違ってこちらを向いてくれない。ノートに目を落とし、ペンを走らせ数式を解きながら答える。
「なんだよ、今日は先生してくれるんじゃねぇの?」
「む、そうだが」
「甘えん坊なの?」
「むぅ?! ち、違う! その……隼人は理解力があるからな。教えるのも楽だ。だからだな……だから、その……」
自分が言おうとしている事を頭の中で繰り返し、そんなこと言えるわけがないと俯いた。顔が熱くてたまらない。
「なに? なんだよ」
隼人が手を止めちらりと上目遣いにこちらを見る。自分の顔が赤くなっていることはわかっていたので焦って片手で顔を隠しながらそっぽを向いた。
「なんだよ、玲児せんせー。褒めてくれただけ?」
「いやあの。ほ……」
「ほ?」
顔は背けたままだったが視界の端に、隼人がペンを置いて頬杖をつきながらこちらを覗きこんでくるのが見えた。このままだと肩を掴まれ無理矢理にでも顔を向かされそうだ。顔を見たら絶対に言えない。いや言うのをやめようか。しかし勉強中だというのにキスをする口実が思いつかない。
死ぬほど恥ずかしいとは思ったが、後にも引けない。俺はなんとか声を絞り出すが、手で口元を抑えていたためにくぐもっていて本当に蚊の鳴くような声となってしまった。
「ほうび、を……褒美に…………してやろうか」
「え? ご褒美? なにしてくれんの?」
「いや、だから……」
「なんだよ、こっち向けよ?」
結局、身を乗り出した隼人に両肩を掴まれて向かい合ってしまった。俯いて目をぎゅっと瞑るが、顔はさっきよりも火照っていて。もうこんなの拷問だ、恥ずかしくてたまらん。
両腕を顔の前で交差させて顔を隠すが、手首を掴まれて顔の横まで下げられ、もう逃げ場がない。
「何してくれんの?」
優しいけど、ちょっと意地の悪さもこもった声で問われる。この声を聞くといつも下の方がきゅんとするのは何故だろう。キスしたくてたまらない。
「ご褒美くれるんだろ? くれよ」
挑発してくる意地悪な隼人の唇に、自分の唇を押し付けた。
ああ、熱い。
はぁと吐息が漏れる。その隙にすぐに隼人は舌を入れてきた。ざらつきが口内を這い回る。両の手首を掴まれているため逃げることもできず、しばらくの間舌を吸われたり上顎から頬の裏まで舐められたり、好き放題されてしまった。
下の方に何か感じるきゅんきゅんとした疼きが止まらない。もっとほしい。もっともっと。
けれども何がもっとなのかわからない。何をすれば満たされるのだろう。
唇が離れた時には息が荒くなっていた。隼人の薄い唇が俺の唾液で光ってる。
「ご褒美ってなに?」
唇の端にちゅっと口付けながら隼人は言う。
「こ、これ……」
「これ?」
「キス……」
「え? それをあんなに躊躇してたの? マジかよ!」
隼人はそう言うと俺を抱きしめながら声を上げて笑い出した。あはははと豪快に笑う声を聞いているとますます自分が恥ずかしくなってくる。
「キスだって嬉しいけどいつもしてるじゃん!」
「む?! た、確かにそうだが……さっきしてくれなかっただろう?!」
「あーそれで? 口実?」
「む、むぅ……」
恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
もう穴があったら入りたい気持ちで隼人の胸に完全に顔を埋めた。頭を優しく撫でられるが、まだ笑っている隼人にも腹が立つ。そんなに人を笑って嫌な奴だ!
「じゃあ御褒美にキスしてあげるって言えばいいだろ?」
「い、い、言えるかそんなこと!!」
「あんまり躊躇うからエッチなこと期待しちまったじゃん」
「えっちなことだと?! たわけ! そんなこと……」
言いかけて、思考が停止した。
えっちなこと?
つまり、性交か。
性交? 性交とはつまり……
性的なことなど、保険の授業で習ったことと妹が見ている恋愛ドラマくらいの知識しかない自分の頭をフル活用するが、疑問が解消されることはなかった。しかし時代劇では男色というものもある。
どういうことだ。意味がわからない。
自分の中で答えが出ず、血の気が引いていくのを感じた。隼人ともっと触れ合いたいと思うのに、キスまでしかできない……のか?
「どうした玲児?」
黙り込む俺を心配して隼人は俺の身体を自分から剥がそうとしたので、自ら頭をあげた。
「大変だ。隼人」
「どうしたんだよ」
「えっちなことなどできないぞ」
「はぁ?」
「貴様も保健で習っただろう。男性器と男性器では何もできないぞ」
言った瞬間、隼人はぶはっとまた笑い出した。嘘だろと呟き肩を震わせていると思ったら、俺から離れ腹を抱えて笑い出す。そんな隼人を呆然と見つめていたが、いやいや笑い事ではないと気を取り直した。
「隼人、笑うな。大変なことだぞ。普通ならば付き合っていたら段階を踏んでいくものを、俺達は踏めないのだ」
「玲児、ほんと、も、やめろ……笑い死ぬ……」
「笑えないぞ?!」
「ほんと、ちょい待てって……」
「人が真面目に話しているというのに!!」
ひーひー言いながら笑っている隼人に腹が立ったが、仕方ないので笑い終えるのを待つことにした。隼人から一歩離れて胡座をかき腕を組みながら落ち着くのを待つ。何がそんなに面白いというのだ。
「あーおかしかった。めちゃくちゃ神妙な顔して“大変だ、エッチなことなどできない”とか……」
また笑い出しそうな隼人を睨むと、片手をひらひらとさせてごめんごめんと謝った。
「玲児は大真面目なんだもんな。笑っちゃ悪いな」
「本当に貴様は失礼なやつだ」
「でも大変だってことは、玲児は俺とえっちなことしたいんだ?」
「む?! そ、それは……っ!」
そんなことを聞くのはずるい。
また顔が熱くなる。そんな俺を隼人はニヤニヤと見つめてくる。本当に本当にこの男は腹が立つ。
でも隼人といると胸が高鳴るし、キスをしたり、抱きしめられていると……いや、それどころか唇を見たり指を見ていると、腹のもっと下の方が疼いてたまらなくなるのだ。きっとそれは隼人とそういうことをしたい……ということなのだろうと思う。
でも素直に言えるわけなどなく。
「し、知らん……」
「えー言わねぇんだ? 俺はしたいけど?」
「むっ……」
「玲児は?」
言えなくて俯く。
いや、言えないどころか隼人のしたいという言葉が気になって仕方なくなってしまう。
俺としたいと思うのか、隼人も。俺がするように、俺の身体のことや触れられていることを想像したりするのだろうか。
考えれば考えるほど心臓が痛いほど高鳴って苦しい。
「あーあ、寂しいな。玲児は俺としたくないんだ」
「断じてそんなわけでは……!」
「ふーん? 俺、愛されてないんじゃねぇの、もしかして」
「ち、違う……」
隼人はつまらなそうにそっぽを向いて後頭部をかいた。
しまった。自分が恥ずかしいからとはいえ、それは隼人を傷付けていい理由にはならない。隼人は正直に言ってくれたというのに。俺はなんてことを。
「隼人、すまん……」
膝に置かれていた隼人の手にそっと自分の手を重ねる。恥ずかしくて仕方なかったが、一生懸命隼人の目を見つめた。
「俺もちゃんと……隼人と、したいと思ってる」
隼人はしばらく俺を見つめていた。真顔で何を考えているのかわからない。恥ずかしくて目を逸らしたくて仕方がなかったが、謝罪をしている時に失礼だと思い、なんとか見つめ続けた。
「したいってなんだよ」
「む?」
「何したいの?」
こ、この男は! どれだけ俺に恥ずかしい思いをさせれば気が済むのだ!
「貴様! 調子に乗るな!」
「えー? わっかんねぇなぁ。なんもわかんねぇわ」
「嘘をつけ!」
「隼人とほにゃららしたいって言ってくんねぇとわかんねぇわー」
「このたわけが!」
俺が拳を握りしめて怒鳴ったところで、隼人は何処吹く風だ。ヒューッと口笛を吹いてへらへら笑っている。
なんでこんな男が好きなのだろうと思う。しかし何故か好きなのだ。
惚れている方の負けというやつだろうか。俺は再び隼人の懐に抱きつき、胸板に顔を埋めた。背中に回した手にぎゅっと力を込める。
「隼人と……えっちなことしたいと、俺も思ってる……」
恥ずかしい!
やっと言えたは言いが、もう穴に入りたいどころか死んでしまいたい。あーっと思い切り叫びたくなるほどに恥ずかしい。堪えられない気持ちを隼人にぎゅーっとしがみつく事で誤魔化した。
しかし隼人はいつまでたっても無言で。俺の気持ちが落ち着いてきても無言で。
何事かと思って顔を見上げようとしたら、大きな手で目を塞がれた。
「む?!」
「み、見んな」
「何故だ?」
「ニヤけてめちゃくちゃ変な顔してるから……」
そう言うと、隼人はふーっと長く息を吐いた。自分を落ち着かせようとしてる、という感じだ。
隼人が照れている。
それがわかったら、嬉しい気持ちと一緒にまたこちらまで恥ずかしくなる。でもその顔が見たくて俺は目を塞ぐ彼の手を退けた。
「隼人……真っ赤だぞ」
「だから見んなっつっただろ!」
「貴様にもそんな可愛いところがあったとはな」
「あーったく。頭と下半身に血が集まりすぎて死にそう。つか死んでもいい」
「馬鹿なことを言うな」
ぺちんと軽く頬を叩く。むーとむくれたような顔をしても隼人はカッコよかった。
「いやでも本当、俺のこと殺すやつがいるとしたら玲児だわ」
「ふん」
「すんげー好きー」
「む……」
ぎゅうっと抱きしめられると暖かくて嬉しい。
俺も信じられないほど隼人のことが好きだ。
抱きしめられているお返しに広く大きな背を撫で摩る。
俺達はそうして抱き合っていたが、ふいに隼人が俺の身体を自分から剥がした。そして目を細めて口の端をにやりと上げる。
「勉強するか」
「む? そうだな、今日の目的は試験勉強だ」
「そうじゃなくて。保健でやらないえっちな勉強をさ」
隼人がやたらと楽しそうな顔をしているので俺は嫌な予感がした。
そしてこの後、男性同士で行う性行為の仕方を……その信じられない実態を知ることになるのだった。
「嘘だな」
「嘘じゃねぇよ」
「いいや。貴様のことだ。俺を騙そうとしているに違いない」
男性同士で行う性行為の仕方を隼人から教えてもらったものの、それはあまりにも信じられない内容だった。俺の頑なな態度に隼人は苦笑しているが、まさか俺が本気にすると思っていたのだろうか。
まさか、まさか。
排泄器官に男性器を挿入するなんて。
「本気で話してるんだって。なんなら今してやろうか」
「ふん、できるものならしてみろ」
「じゃあ……」
隼人が何の迷いもなくこちらに手を伸ばすので、思わずその手を押し退けた。
「嘘なのだろう?」
「嘘じゃねぇって」
まさかと思い隼人を観察してみる。
確かにいつも俺をからかう時のニヤけた顔ではない。隼人は冗談を言う時にはわかりやすくニヤニヤとふざけるし、しつこくせずにすぐに切り上げる。
と、いうことは……
「本当のことなのか?」
「超マジだけど」
なんと。
なんという事だ。心底驚いた。摩訶不思議だ。信じられん。頭の中で火山が噴火しているレベルの衝撃的な事実であった。
自然と意識をして尻の穴に力が入ってしまうが、どう考えてもそんなものが入る余地はない。
「そんなことができるのか?」
隼人は俺の問に首を傾げ肩を竦めた。
「できるんじゃねぇの? 俺も男とはやったことねぇけど。女と男でもそういうプレイする人はいるらしいけどな」
「なんと……!」
きちんと挿入できる穴があるのにわざわざ排泄器官を使うのか。信じられん。
「何故そんなことをするんだ?」
「気持ちいいからじゃねぇの?」
「気持ちいいのか……」
排泄する場所なのに?
全く想像もつかないし、疑問が次々と浮かんでいく。考え出したら切りがない。そもそも性行為自体したことがないのだからわからなくて当然なのかもしれない。
顎に手を当てたまま、しばらく考え込んでしまった。そんな俺を見て隼人は優しくため息を吐く。
「まぁ、あんま気にすんなよ。今すぐしようってんじゃねぇんだし」
「まぁ、そうなんだが……」
しかし、一つ気になることがあった。男女でするのならば必然的に役割は決まっている。けれど俺達の場合は?
「どちらが……入れるんだ?」
この質問に隼人は目を丸くした。
「どっちが? そりゃあ……俺が玲児に入れるでしょ」
「何故だ?!」
「俺がその方がいいから。玲児はどっちがいいんだよ?」
そんなこと聞かれても、入れるのも入れられるのも全く想像がつかずわからなかった。
でも、なんというか、入れるより入れられる方が怖い気がする。あんなところに(しかも本来使わない場所に)勃起した状態の男性器を入れるなど、どう考えても不可能だ。きっと痛みもあるだろう。とても恐ろしいことのように思える。
「無理だ。入るわけがない……」
「大丈夫だろ? そりゃ準備は必要だけど」
「そうなのか?! 何をするんだ?」
「だからそれは実際したくなったら教えてやるって」
「そうか……」
確かにすぐどうこうというわけではない。しかしやはり気になってしまうし、不安は拭いきれん。
隼人といつかは深い仲になりたいからこそ考え込んでしまう。
「俺が入れる方では駄目なのだろうか……」
恐る恐る問いかけると、隼人は顔を顰め手を左右に振った。
「無理無理。俺、身体固いし。玲児柔らかいだろ」
「関係あるのか?!」
「あるだろ。あとお前身長いくつ?」
「177センチだ」
「俺の方が5センチ高いじゃん! 俺の勝ちー」
「意味がわからん……」
腕を組み、ベットを背もたれ代わりにしてまたも考え込む。よくわからないし、怖いし、不安だ。入れるということすらよくわかっていない。
これ以上ないほど眉間に皺を寄せて首をかしげていたら、隼人がふわりと俺の頬に触れた。その顔も手もとても優しくて見惚れていたら、唇を重ねられる。舌を入れるのではなく、上唇と下唇を順番に啄み、ちろりと舐めるだけだ。
気持ちがいい……
不安な気持ちが少しずつ取り除かれていく。
隼人は唇を離すと、耳元に熱い唇を宛てた。ふっと息を吹きかけられ、耳たぶをちゅっと吸われる。
「あ……あっ……」
そのまま唇は降下して首筋を舐めたり吸ったりした。気持ちよくて腰のあたりがそわそわする。ビクビクと身体が震える。
「玲児、気持ちいいか?」
「あ、きもち……きもちいい……」
「やべ……すげぇ可愛い」
「ふ……んぅっ……」
鎖骨あたりまで舌が這っていったと思ったら、また上へと滑っていき耳たぶにキスされる。はぁっと吐息をかけられると、何故か腰が浮いた。
頭に薄いもやがかかったようになり、声が自然と漏れ、自分がどうなってしまったのかと怖くなる。でももっとして欲しい。
それなのに隼人は俺の首元から顔を上げてしまった。
顔を見合わせ、隼人がチラッと自分の口の端を舌で舐めると、途端に恥ずかしくなってくる。変な声を出してしまった自分がいたたまれなくて隼人の胸に抱きつく。こんなのばっかりだ。
でも頭を撫でてもらうととても嬉しくて。でもやっぱり恥ずかしくて。
「え……えっちなことをしたな! 急にこんなことをして変態め!」
「悪い悪い。別にそんな意味じゃなくて」
「じゃあなんだと言うのだ」
「えーと。だからさ」
隼人は優しく頭を撫でたまま、顎に触れ俺の顔を上げさせた。まだ見つめ合うなんて無理と目を逸らすと、頬にキスをされる。
「今、気持ちよかっただろ? こういうのの延長線上にある行為なんだよ。俺だったら、玲児可愛い、もっと触れたいって。もっともっとって。玲児も思ってくれた?」
隼人のその言葉は素直に嬉しかったし、頷くことができた。
キスをしてたって抱きしめられていたって、満足はしているのだけどもっと欲しいと思ってしまう。隼人も同じことを考えていたのだ。なんだか嬉しい。
「それならそんなに不安がることねぇよ。男だからとか女だからとかじゃないだろ。玲児が入れてもいいって思う時まで何もしねぇから。怖いことじゃないさ」
「隼人……」
大きな手が俺の頬を撫で、そこに自分の手を重ねる。あたたかくて、とても気持ちがいい。
隼人に触られると、それだけで気持ちがいい。
その手や眼差しの心地良さに自然と笑みが漏れた。俺を見て隼人も笑い、その顔には少し赤みが差していて可愛いと思った。
しかしそんな風に油断をしているとまた耳元で囁かれる。
「だからその時がきたら、入れさせろよ?」
ああもう、顔が熱くなる。
座っている場所もじんわりと熱くなる。やっぱり俺は入れられる方なのだろう。少し悔しく思いながらも抱きついて頷いた。
しかし同い年だと言うのに隼人はなぜこうも手慣れているのだろう。隼人は引っ越してきたばかりなのにもう女子にモテているようだし、なんだか少し面白くない。
「なぁ隼人」
「ん? なに」
「今までの恋人とも……やはりそういう気持ちになったのか? もっと触れたいと思ってそういうことを……」
「お前、俺とどっかの知らない女の話なんか本当に聞きたい?」
隼人の声が低くなり、まずいことをしたと思った。あまり話したくないこともあるはずだし、確かに今隣にいる恋人とそんな話をするものではない。
「すまない……」
自分を悔いて、隼人に抱きつく手に自然と力がこもる。けれども次に話したらもういつもの隼人の声に戻っていた。
「いいよ、別に。まぁ正直に言うとさっきのは俺の経験の話じゃないから」
「そうなのか?」
「玲児のこと好きになって……本当はそういうものなんだろうなって思った」
頭頂部に隼人の唇が触れる。頭皮がじんわり熱くなり、不思議な感覚だ。でも嫌じゃない、心地いい。
胸板に頬擦りすると、心臓の音が早いことに気付いた。俺にドキドキしてくれているようだ。過去の恋愛のことなど気にしないでおいてやろうとちょっと上から目線に思っていると、太もものあたりで何かあたっているのに気がつく。
「む?」
隼人のポケットになにか入っているのかと、興味本位に下を探ってみた。しかし握り、摩って形を確かめている途中、その正体に気がついて思わず隼人の身体から大きく一歩飛び退いた。
目をぱちくりさせて見つめると、バツの悪そうな顔をして頬杖をつきながらそっぽを向いてしまった。
「いや、そりゃお前さ。そんなくっつかれたらさ。つか触んなよ?!」
「すすすすすまん! 何かと思ったのだ」
「お前だってついてんだからわかるだろ?! 次握ったら襲うからな」
「いや駄目だ! 無理だ! だって、そんな……」
手に残る感触を頼りに思い出し、輪っかを作るようにして見る。握った形を再現した自分の手を見て背筋が凍るのを感じた。
「無理だ! 絶対に無理だ! こんなの入るわけがない!」
「はぁ?! なんだよまたか」
「まさかこんなに大きいと思わなかった! 大きかった……」
取り乱して言った自分の言葉に、次の瞬間赤面した。顔を隠すために俯くと、まだ自分の手がその大きさを再現していることに気がついてもういっそ殺してくれと思った。
恥ずかしい! 恥ずかしすぎるぞ!
「玲児さ……お前さ……ほんっと……!」
「む!?」
片手をついて身を乗り出してきた隼人に額を人差し指でツンと(いやツンなんてものではないズンという感じだ)突っつかれた。痛くて額を摩る。
「可愛すぎてムカつく」
顔の赤い隼人に頬を抓られ、こいつ攻撃をしすぎではないかと思った。仕返しに俺も両方の頬を抓ってやる。いつも綺麗に上がった口角が下に引っ張られて三角みたいな形に歪み、吹き出した。
「変な顔だぞ」
「玲児だってブッサイクな顔してんぞ?」
お互いにそう言い合って声を出して笑い出す。すると隼人は脇腹をくすぐってさらに笑わせようとするので、俺も反撃する。そんなことの繰り返しで二人で大笑いして、最後には床に並んで寝転んで息を整える始末だった。
顔の筋肉が痛いなと頬を擦り、なんとなくもう一度“あの”手の形を作る。
「やはり絶対に入らないな……」
呟くと、隼人は笑ってまた俺の頬を抓った。
今だってそうだ。
ローテーブルを挟んで直角に座り、勉強を教えていたはずなのに、隼人の顔を見ていたら裾をくいっと引っ張りたくなる。そうすればキスしてくれるから。
けれどもいつもと違ってこちらを向いてくれない。ノートに目を落とし、ペンを走らせ数式を解きながら答える。
「なんだよ、今日は先生してくれるんじゃねぇの?」
「む、そうだが」
「甘えん坊なの?」
「むぅ?! ち、違う! その……隼人は理解力があるからな。教えるのも楽だ。だからだな……だから、その……」
自分が言おうとしている事を頭の中で繰り返し、そんなこと言えるわけがないと俯いた。顔が熱くてたまらない。
「なに? なんだよ」
隼人が手を止めちらりと上目遣いにこちらを見る。自分の顔が赤くなっていることはわかっていたので焦って片手で顔を隠しながらそっぽを向いた。
「なんだよ、玲児せんせー。褒めてくれただけ?」
「いやあの。ほ……」
「ほ?」
顔は背けたままだったが視界の端に、隼人がペンを置いて頬杖をつきながらこちらを覗きこんでくるのが見えた。このままだと肩を掴まれ無理矢理にでも顔を向かされそうだ。顔を見たら絶対に言えない。いや言うのをやめようか。しかし勉強中だというのにキスをする口実が思いつかない。
死ぬほど恥ずかしいとは思ったが、後にも引けない。俺はなんとか声を絞り出すが、手で口元を抑えていたためにくぐもっていて本当に蚊の鳴くような声となってしまった。
「ほうび、を……褒美に…………してやろうか」
「え? ご褒美? なにしてくれんの?」
「いや、だから……」
「なんだよ、こっち向けよ?」
結局、身を乗り出した隼人に両肩を掴まれて向かい合ってしまった。俯いて目をぎゅっと瞑るが、顔はさっきよりも火照っていて。もうこんなの拷問だ、恥ずかしくてたまらん。
両腕を顔の前で交差させて顔を隠すが、手首を掴まれて顔の横まで下げられ、もう逃げ場がない。
「何してくれんの?」
優しいけど、ちょっと意地の悪さもこもった声で問われる。この声を聞くといつも下の方がきゅんとするのは何故だろう。キスしたくてたまらない。
「ご褒美くれるんだろ? くれよ」
挑発してくる意地悪な隼人の唇に、自分の唇を押し付けた。
ああ、熱い。
はぁと吐息が漏れる。その隙にすぐに隼人は舌を入れてきた。ざらつきが口内を這い回る。両の手首を掴まれているため逃げることもできず、しばらくの間舌を吸われたり上顎から頬の裏まで舐められたり、好き放題されてしまった。
下の方に何か感じるきゅんきゅんとした疼きが止まらない。もっとほしい。もっともっと。
けれども何がもっとなのかわからない。何をすれば満たされるのだろう。
唇が離れた時には息が荒くなっていた。隼人の薄い唇が俺の唾液で光ってる。
「ご褒美ってなに?」
唇の端にちゅっと口付けながら隼人は言う。
「こ、これ……」
「これ?」
「キス……」
「え? それをあんなに躊躇してたの? マジかよ!」
隼人はそう言うと俺を抱きしめながら声を上げて笑い出した。あはははと豪快に笑う声を聞いているとますます自分が恥ずかしくなってくる。
「キスだって嬉しいけどいつもしてるじゃん!」
「む?! た、確かにそうだが……さっきしてくれなかっただろう?!」
「あーそれで? 口実?」
「む、むぅ……」
恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
もう穴があったら入りたい気持ちで隼人の胸に完全に顔を埋めた。頭を優しく撫でられるが、まだ笑っている隼人にも腹が立つ。そんなに人を笑って嫌な奴だ!
「じゃあ御褒美にキスしてあげるって言えばいいだろ?」
「い、い、言えるかそんなこと!!」
「あんまり躊躇うからエッチなこと期待しちまったじゃん」
「えっちなことだと?! たわけ! そんなこと……」
言いかけて、思考が停止した。
えっちなこと?
つまり、性交か。
性交? 性交とはつまり……
性的なことなど、保険の授業で習ったことと妹が見ている恋愛ドラマくらいの知識しかない自分の頭をフル活用するが、疑問が解消されることはなかった。しかし時代劇では男色というものもある。
どういうことだ。意味がわからない。
自分の中で答えが出ず、血の気が引いていくのを感じた。隼人ともっと触れ合いたいと思うのに、キスまでしかできない……のか?
「どうした玲児?」
黙り込む俺を心配して隼人は俺の身体を自分から剥がそうとしたので、自ら頭をあげた。
「大変だ。隼人」
「どうしたんだよ」
「えっちなことなどできないぞ」
「はぁ?」
「貴様も保健で習っただろう。男性器と男性器では何もできないぞ」
言った瞬間、隼人はぶはっとまた笑い出した。嘘だろと呟き肩を震わせていると思ったら、俺から離れ腹を抱えて笑い出す。そんな隼人を呆然と見つめていたが、いやいや笑い事ではないと気を取り直した。
「隼人、笑うな。大変なことだぞ。普通ならば付き合っていたら段階を踏んでいくものを、俺達は踏めないのだ」
「玲児、ほんと、も、やめろ……笑い死ぬ……」
「笑えないぞ?!」
「ほんと、ちょい待てって……」
「人が真面目に話しているというのに!!」
ひーひー言いながら笑っている隼人に腹が立ったが、仕方ないので笑い終えるのを待つことにした。隼人から一歩離れて胡座をかき腕を組みながら落ち着くのを待つ。何がそんなに面白いというのだ。
「あーおかしかった。めちゃくちゃ神妙な顔して“大変だ、エッチなことなどできない”とか……」
また笑い出しそうな隼人を睨むと、片手をひらひらとさせてごめんごめんと謝った。
「玲児は大真面目なんだもんな。笑っちゃ悪いな」
「本当に貴様は失礼なやつだ」
「でも大変だってことは、玲児は俺とえっちなことしたいんだ?」
「む?! そ、それは……っ!」
そんなことを聞くのはずるい。
また顔が熱くなる。そんな俺を隼人はニヤニヤと見つめてくる。本当に本当にこの男は腹が立つ。
でも隼人といると胸が高鳴るし、キスをしたり、抱きしめられていると……いや、それどころか唇を見たり指を見ていると、腹のもっと下の方が疼いてたまらなくなるのだ。きっとそれは隼人とそういうことをしたい……ということなのだろうと思う。
でも素直に言えるわけなどなく。
「し、知らん……」
「えー言わねぇんだ? 俺はしたいけど?」
「むっ……」
「玲児は?」
言えなくて俯く。
いや、言えないどころか隼人のしたいという言葉が気になって仕方なくなってしまう。
俺としたいと思うのか、隼人も。俺がするように、俺の身体のことや触れられていることを想像したりするのだろうか。
考えれば考えるほど心臓が痛いほど高鳴って苦しい。
「あーあ、寂しいな。玲児は俺としたくないんだ」
「断じてそんなわけでは……!」
「ふーん? 俺、愛されてないんじゃねぇの、もしかして」
「ち、違う……」
隼人はつまらなそうにそっぽを向いて後頭部をかいた。
しまった。自分が恥ずかしいからとはいえ、それは隼人を傷付けていい理由にはならない。隼人は正直に言ってくれたというのに。俺はなんてことを。
「隼人、すまん……」
膝に置かれていた隼人の手にそっと自分の手を重ねる。恥ずかしくて仕方なかったが、一生懸命隼人の目を見つめた。
「俺もちゃんと……隼人と、したいと思ってる」
隼人はしばらく俺を見つめていた。真顔で何を考えているのかわからない。恥ずかしくて目を逸らしたくて仕方がなかったが、謝罪をしている時に失礼だと思い、なんとか見つめ続けた。
「したいってなんだよ」
「む?」
「何したいの?」
こ、この男は! どれだけ俺に恥ずかしい思いをさせれば気が済むのだ!
「貴様! 調子に乗るな!」
「えー? わっかんねぇなぁ。なんもわかんねぇわ」
「嘘をつけ!」
「隼人とほにゃららしたいって言ってくんねぇとわかんねぇわー」
「このたわけが!」
俺が拳を握りしめて怒鳴ったところで、隼人は何処吹く風だ。ヒューッと口笛を吹いてへらへら笑っている。
なんでこんな男が好きなのだろうと思う。しかし何故か好きなのだ。
惚れている方の負けというやつだろうか。俺は再び隼人の懐に抱きつき、胸板に顔を埋めた。背中に回した手にぎゅっと力を込める。
「隼人と……えっちなことしたいと、俺も思ってる……」
恥ずかしい!
やっと言えたは言いが、もう穴に入りたいどころか死んでしまいたい。あーっと思い切り叫びたくなるほどに恥ずかしい。堪えられない気持ちを隼人にぎゅーっとしがみつく事で誤魔化した。
しかし隼人はいつまでたっても無言で。俺の気持ちが落ち着いてきても無言で。
何事かと思って顔を見上げようとしたら、大きな手で目を塞がれた。
「む?!」
「み、見んな」
「何故だ?」
「ニヤけてめちゃくちゃ変な顔してるから……」
そう言うと、隼人はふーっと長く息を吐いた。自分を落ち着かせようとしてる、という感じだ。
隼人が照れている。
それがわかったら、嬉しい気持ちと一緒にまたこちらまで恥ずかしくなる。でもその顔が見たくて俺は目を塞ぐ彼の手を退けた。
「隼人……真っ赤だぞ」
「だから見んなっつっただろ!」
「貴様にもそんな可愛いところがあったとはな」
「あーったく。頭と下半身に血が集まりすぎて死にそう。つか死んでもいい」
「馬鹿なことを言うな」
ぺちんと軽く頬を叩く。むーとむくれたような顔をしても隼人はカッコよかった。
「いやでも本当、俺のこと殺すやつがいるとしたら玲児だわ」
「ふん」
「すんげー好きー」
「む……」
ぎゅうっと抱きしめられると暖かくて嬉しい。
俺も信じられないほど隼人のことが好きだ。
抱きしめられているお返しに広く大きな背を撫で摩る。
俺達はそうして抱き合っていたが、ふいに隼人が俺の身体を自分から剥がした。そして目を細めて口の端をにやりと上げる。
「勉強するか」
「む? そうだな、今日の目的は試験勉強だ」
「そうじゃなくて。保健でやらないえっちな勉強をさ」
隼人がやたらと楽しそうな顔をしているので俺は嫌な予感がした。
そしてこの後、男性同士で行う性行為の仕方を……その信じられない実態を知ることになるのだった。
「嘘だな」
「嘘じゃねぇよ」
「いいや。貴様のことだ。俺を騙そうとしているに違いない」
男性同士で行う性行為の仕方を隼人から教えてもらったものの、それはあまりにも信じられない内容だった。俺の頑なな態度に隼人は苦笑しているが、まさか俺が本気にすると思っていたのだろうか。
まさか、まさか。
排泄器官に男性器を挿入するなんて。
「本気で話してるんだって。なんなら今してやろうか」
「ふん、できるものならしてみろ」
「じゃあ……」
隼人が何の迷いもなくこちらに手を伸ばすので、思わずその手を押し退けた。
「嘘なのだろう?」
「嘘じゃねぇって」
まさかと思い隼人を観察してみる。
確かにいつも俺をからかう時のニヤけた顔ではない。隼人は冗談を言う時にはわかりやすくニヤニヤとふざけるし、しつこくせずにすぐに切り上げる。
と、いうことは……
「本当のことなのか?」
「超マジだけど」
なんと。
なんという事だ。心底驚いた。摩訶不思議だ。信じられん。頭の中で火山が噴火しているレベルの衝撃的な事実であった。
自然と意識をして尻の穴に力が入ってしまうが、どう考えてもそんなものが入る余地はない。
「そんなことができるのか?」
隼人は俺の問に首を傾げ肩を竦めた。
「できるんじゃねぇの? 俺も男とはやったことねぇけど。女と男でもそういうプレイする人はいるらしいけどな」
「なんと……!」
きちんと挿入できる穴があるのにわざわざ排泄器官を使うのか。信じられん。
「何故そんなことをするんだ?」
「気持ちいいからじゃねぇの?」
「気持ちいいのか……」
排泄する場所なのに?
全く想像もつかないし、疑問が次々と浮かんでいく。考え出したら切りがない。そもそも性行為自体したことがないのだからわからなくて当然なのかもしれない。
顎に手を当てたまま、しばらく考え込んでしまった。そんな俺を見て隼人は優しくため息を吐く。
「まぁ、あんま気にすんなよ。今すぐしようってんじゃねぇんだし」
「まぁ、そうなんだが……」
しかし、一つ気になることがあった。男女でするのならば必然的に役割は決まっている。けれど俺達の場合は?
「どちらが……入れるんだ?」
この質問に隼人は目を丸くした。
「どっちが? そりゃあ……俺が玲児に入れるでしょ」
「何故だ?!」
「俺がその方がいいから。玲児はどっちがいいんだよ?」
そんなこと聞かれても、入れるのも入れられるのも全く想像がつかずわからなかった。
でも、なんというか、入れるより入れられる方が怖い気がする。あんなところに(しかも本来使わない場所に)勃起した状態の男性器を入れるなど、どう考えても不可能だ。きっと痛みもあるだろう。とても恐ろしいことのように思える。
「無理だ。入るわけがない……」
「大丈夫だろ? そりゃ準備は必要だけど」
「そうなのか?! 何をするんだ?」
「だからそれは実際したくなったら教えてやるって」
「そうか……」
確かにすぐどうこうというわけではない。しかしやはり気になってしまうし、不安は拭いきれん。
隼人といつかは深い仲になりたいからこそ考え込んでしまう。
「俺が入れる方では駄目なのだろうか……」
恐る恐る問いかけると、隼人は顔を顰め手を左右に振った。
「無理無理。俺、身体固いし。玲児柔らかいだろ」
「関係あるのか?!」
「あるだろ。あとお前身長いくつ?」
「177センチだ」
「俺の方が5センチ高いじゃん! 俺の勝ちー」
「意味がわからん……」
腕を組み、ベットを背もたれ代わりにしてまたも考え込む。よくわからないし、怖いし、不安だ。入れるということすらよくわかっていない。
これ以上ないほど眉間に皺を寄せて首をかしげていたら、隼人がふわりと俺の頬に触れた。その顔も手もとても優しくて見惚れていたら、唇を重ねられる。舌を入れるのではなく、上唇と下唇を順番に啄み、ちろりと舐めるだけだ。
気持ちがいい……
不安な気持ちが少しずつ取り除かれていく。
隼人は唇を離すと、耳元に熱い唇を宛てた。ふっと息を吹きかけられ、耳たぶをちゅっと吸われる。
「あ……あっ……」
そのまま唇は降下して首筋を舐めたり吸ったりした。気持ちよくて腰のあたりがそわそわする。ビクビクと身体が震える。
「玲児、気持ちいいか?」
「あ、きもち……きもちいい……」
「やべ……すげぇ可愛い」
「ふ……んぅっ……」
鎖骨あたりまで舌が這っていったと思ったら、また上へと滑っていき耳たぶにキスされる。はぁっと吐息をかけられると、何故か腰が浮いた。
頭に薄いもやがかかったようになり、声が自然と漏れ、自分がどうなってしまったのかと怖くなる。でももっとして欲しい。
それなのに隼人は俺の首元から顔を上げてしまった。
顔を見合わせ、隼人がチラッと自分の口の端を舌で舐めると、途端に恥ずかしくなってくる。変な声を出してしまった自分がいたたまれなくて隼人の胸に抱きつく。こんなのばっかりだ。
でも頭を撫でてもらうととても嬉しくて。でもやっぱり恥ずかしくて。
「え……えっちなことをしたな! 急にこんなことをして変態め!」
「悪い悪い。別にそんな意味じゃなくて」
「じゃあなんだと言うのだ」
「えーと。だからさ」
隼人は優しく頭を撫でたまま、顎に触れ俺の顔を上げさせた。まだ見つめ合うなんて無理と目を逸らすと、頬にキスをされる。
「今、気持ちよかっただろ? こういうのの延長線上にある行為なんだよ。俺だったら、玲児可愛い、もっと触れたいって。もっともっとって。玲児も思ってくれた?」
隼人のその言葉は素直に嬉しかったし、頷くことができた。
キスをしてたって抱きしめられていたって、満足はしているのだけどもっと欲しいと思ってしまう。隼人も同じことを考えていたのだ。なんだか嬉しい。
「それならそんなに不安がることねぇよ。男だからとか女だからとかじゃないだろ。玲児が入れてもいいって思う時まで何もしねぇから。怖いことじゃないさ」
「隼人……」
大きな手が俺の頬を撫で、そこに自分の手を重ねる。あたたかくて、とても気持ちがいい。
隼人に触られると、それだけで気持ちがいい。
その手や眼差しの心地良さに自然と笑みが漏れた。俺を見て隼人も笑い、その顔には少し赤みが差していて可愛いと思った。
しかしそんな風に油断をしているとまた耳元で囁かれる。
「だからその時がきたら、入れさせろよ?」
ああもう、顔が熱くなる。
座っている場所もじんわりと熱くなる。やっぱり俺は入れられる方なのだろう。少し悔しく思いながらも抱きついて頷いた。
しかし同い年だと言うのに隼人はなぜこうも手慣れているのだろう。隼人は引っ越してきたばかりなのにもう女子にモテているようだし、なんだか少し面白くない。
「なぁ隼人」
「ん? なに」
「今までの恋人とも……やはりそういう気持ちになったのか? もっと触れたいと思ってそういうことを……」
「お前、俺とどっかの知らない女の話なんか本当に聞きたい?」
隼人の声が低くなり、まずいことをしたと思った。あまり話したくないこともあるはずだし、確かに今隣にいる恋人とそんな話をするものではない。
「すまない……」
自分を悔いて、隼人に抱きつく手に自然と力がこもる。けれども次に話したらもういつもの隼人の声に戻っていた。
「いいよ、別に。まぁ正直に言うとさっきのは俺の経験の話じゃないから」
「そうなのか?」
「玲児のこと好きになって……本当はそういうものなんだろうなって思った」
頭頂部に隼人の唇が触れる。頭皮がじんわり熱くなり、不思議な感覚だ。でも嫌じゃない、心地いい。
胸板に頬擦りすると、心臓の音が早いことに気付いた。俺にドキドキしてくれているようだ。過去の恋愛のことなど気にしないでおいてやろうとちょっと上から目線に思っていると、太もものあたりで何かあたっているのに気がつく。
「む?」
隼人のポケットになにか入っているのかと、興味本位に下を探ってみた。しかし握り、摩って形を確かめている途中、その正体に気がついて思わず隼人の身体から大きく一歩飛び退いた。
目をぱちくりさせて見つめると、バツの悪そうな顔をして頬杖をつきながらそっぽを向いてしまった。
「いや、そりゃお前さ。そんなくっつかれたらさ。つか触んなよ?!」
「すすすすすまん! 何かと思ったのだ」
「お前だってついてんだからわかるだろ?! 次握ったら襲うからな」
「いや駄目だ! 無理だ! だって、そんな……」
手に残る感触を頼りに思い出し、輪っかを作るようにして見る。握った形を再現した自分の手を見て背筋が凍るのを感じた。
「無理だ! 絶対に無理だ! こんなの入るわけがない!」
「はぁ?! なんだよまたか」
「まさかこんなに大きいと思わなかった! 大きかった……」
取り乱して言った自分の言葉に、次の瞬間赤面した。顔を隠すために俯くと、まだ自分の手がその大きさを再現していることに気がついてもういっそ殺してくれと思った。
恥ずかしい! 恥ずかしすぎるぞ!
「玲児さ……お前さ……ほんっと……!」
「む!?」
片手をついて身を乗り出してきた隼人に額を人差し指でツンと(いやツンなんてものではないズンという感じだ)突っつかれた。痛くて額を摩る。
「可愛すぎてムカつく」
顔の赤い隼人に頬を抓られ、こいつ攻撃をしすぎではないかと思った。仕返しに俺も両方の頬を抓ってやる。いつも綺麗に上がった口角が下に引っ張られて三角みたいな形に歪み、吹き出した。
「変な顔だぞ」
「玲児だってブッサイクな顔してんぞ?」
お互いにそう言い合って声を出して笑い出す。すると隼人は脇腹をくすぐってさらに笑わせようとするので、俺も反撃する。そんなことの繰り返しで二人で大笑いして、最後には床に並んで寝転んで息を整える始末だった。
顔の筋肉が痛いなと頬を擦り、なんとなくもう一度“あの”手の形を作る。
「やはり絶対に入らないな……」
呟くと、隼人は笑ってまた俺の頬を抓った。
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